第38話 ある生徒の決断


 体育館で異世界科二年生の発表がおこなわれている間、修学旅行で異世界に行かなかった三人、曽根、上原、田中は舞台とは反対側にある、体育館の更衣室に隠れていた。

 ドアを少し開き、そこからクラスメートの発表をのぞいていたのだ。

 発表でミスがあれば、そこから出ていってはやし立てるつもりだった。

 しかし、彼らがクラスメートを馬鹿にするチャンスは一度も訪れなかった。


 白神の魔術で会場が大騒ぎとなる中、三人は更衣室の窓を開けると、そこから外へ出た。


「曽根君?」

「どうしたの?」


 黙ったまま早足で歩きつづける曽根に、上原と田中が声を掛けるが、彼はそれに答えようとしなかった。

 運動場を横切った三人は、草に覆われた急斜面を登ると土手の道へ出た。

 曽根は土手を越え、河原へ降りていく。

 上原と田中は息を切らせ、そんな彼を追った。


 梅雨の曇り空の下、いつもより水量を増した川が流れていた。

 護岸のコンクリートに腰かけると、曽根は少しうつむいて水面を眺めている。

 やっと追いついた上原と田中が、そんな曽根に声を掛ける。


「どうしたんだよ?」

「あいつらを馬鹿にするんじゃなかったの?」


 曽根はしばらく黙っていたが、やがてしわがれたような声でこう言った。


「役立たずのクズ」


「「ふえっ?」」


 曽根の言葉が理解できず、上原と田中が間抜けな声を出した。


「俺は、役に立たないクズらしい」


「だ、だれがそんなことを言ったんだ?」

「そうだよ、だれだい?」


「俺のオヤジだよ」


「「……」」


「さっき、体育館で、あいつらを見てどう思った?」


「ありゃ、ただのカッコつけだ!」

「ちょっと魔術が使えるからって、自慢してるだけだよ!」


「……そうか、お前らにはそう見えてたんだな」


 曽根は、その辺にあった小石を幾つか手にすると、一つずつそれを川に投げいれはじめた。

 せせらぎの音に、ぽちゃん、ぽちゃんという音が混じる。


「あいつらは、イキイキしてたよ。

 すごく楽しそうだった。

 それに比べ、俺たちはどうだ?」


 そう問われた上原と田中は、答えられず黙っている。  


「俺たちが、海外のホテルでトランプしてる時、あいつらは、異世界でどんな体験してたんだろうなあ」


 それは、今まで体の中に溜まっていた何かを吐きだすような、曽根の言葉だった。


「異世界転移なんて、やったことねえよ。

 だから怖いよな。

 だけど、あいつらはそれに挑戦して、すげえ能力を手に入れた。

 俺たちは、何をしてる?」


「「……」」


「異世界に挑戦しているあいつらを、ひがんでるだけじゃねえか!」


 曽根の言い方は強かったが、それは自分自身にぶつけたものだった。


「俺は、捨てる」


「「捨てる?」」


「今までのくだらねえ、自分を捨ててやる!

 あんな父親おやじを尊敬していた、つまらねえ自分を欠片かけらもなく消しさってやる!」


「お、おい、どういうことだよ!?」

「曽根君、ど、どうしちゃったの?」


「上原、田中、今までつきあってくれてありがとうな!

 お前ら、親の会社がおやじんところと取引があるから、俺に気をつかってたんだろ?

 もう、俺のことは気にするな」


「なんだよそれ!」

「そうだよ、そんなこと思ってないよ!」


「ははは、まあ、そうだとは言えないよな。

 だけど、俺、知ってたんだ、お前らが、俺とイヤイヤつきあってたの」


「そ、そんなことねえ!」

「そ、そうだよ!」


「いや、そのことは、気にしなくてもいい。

 クズのような俺だ。

 誰が好きでつき合うか。

 思いかえせば、俺自身、俺みたいなやつとはつきあえん!」


「「……」」


 しばらく、曽根が小石を川に投げこむ音だけが続いた。


「だけど、曽根君、これからどうするの?」

「そうだよ、俺たちだけ、ろくな推薦や求人が来てないんだぜ」


 川を見つめる曽根は、憑き物が落ちたような顔をしていた。


「全て捨てる」


「どういうこと?」

「うん、全てって……」


「高校も辞める。

 家も出る。

 俺は今日から一人で生きていく」


「「ええっ!?」」


「そういうことだ。

 二人とも、今まで世話になった。

 ありがとうな。

 いつかまた会おうぜ!」


 曽根はそう言うと、まだ戸惑っている上原、田中それぞれと握手した。


「じゃあな!

 俺、行くところがあるから。

 林先生には、お前らから言っておいてくれ」


 曽根はそう言うと勢いよく土手を駆けのぼった。

 彼が土手の向こうへ姿を消すと、上原と田中は顔を見合わせた。


「あいつ、どうしちまったんだ?」

「曽根君らしくないよね」


 残された二人は、曇り空の下、他に誰もいない河原にたたずんでいた。

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