第33話 帰還(上)


 その日の午後、異世界科の生徒たちは、アリスト城内の森に集まっていた。

 東屋の脇には大きな荷物が並べられており、様々な形の包みがその横に置かれている。アリストの街で生徒たちが買ったお土産だ。

 

「リンダ先生、すっごく痩せたね!」

「転移酔い、もう大丈夫ですか?」

「この方は?」

「リンダ先生のお母様さんだってさ!」

「こんにちはー!」


 リンダとその母デボラをとり囲み、生徒たちが輪になっている。

 

「リンダ先生、お土産が買えなかったでしょ?

 これ、私たち全員からのプレゼントです」


「……あ、ありがとう」


 三宅から渡された小箱を手に、リンダが感極まって涙をこぼす。


「先生、そんなに喜んでくれるなんて……」

「街まで入ってプレゼントを選んだかいがあったな」

「喜んでくれてよかったあ!」

「買だしに行った四人、よくやった!」

「くう、私もプレゼント選びたかったなあ」


 泣いている娘の背中をデボラが細い手で撫でている。


「みなさん、娘のためにありがとう!

 本当に幸せだよ、お前は」


 母親の言葉に、涙で声の出ないリンダが首を大きく縦に振った。


「あっ、女王陛下!」

「プリンスと騎士もいるわ!」

「あれ、猫賢者様だよね!」

「勇者と聖女様も来たぞ!」


 見送りに出てきた人々が、噴水の近くにずらりと並ぶ。

 そちらを見ていた生徒たちは、自分のすぐ後ろに迫る大きな影に気づけなかった。


「お、お、おい、お前たち!

 う、後ろ、後ろだ!」


 林が絞りだした恐怖に震える声で、生徒たちが一斉に後ろを向く。


「「「……ぎゃーっ!」」」


 そこには、地面から頭の先まで三メートルはあろうかという、まっ白な魔獣がいた。


「あ、ウサ子、あんたも見送りに来てくれたの?」


 女王畑山の砕けた口調で、パニックになりかけた生徒たちが、少しだけ落ちつきを取りもどす。


「ウサ子ちゃん、久しぶりだね~」


 聖女舞子が、うさ子の胸に体を埋める。

 続いて勇者加藤が撫でようとすると、ウサ子は巨体に似合わぬ素早さで、後ろに下がった。


「おい、ウサ子、もういい加減、許してくれてもいいだろう?」


 加藤の情けない顔が、畑山、舞子の笑いを誘う。

 かつて異世界転移直後に、彼はこの巨大な魔獣を打ちのめした前科があるのだ。

 それからずい分たつのに、ウサ子はまだそれを覚えているのだろう。


「お姉ちゃん!

 見てあれ!」


 翔太が指さした木立には、ウサ子よりやや小さいが、やはり大きなウサギがいた。

 うかがうようにこちらを見ているようだ。 

 そして、驚いたことに、その足元に小型犬ほどの白いウサギが数匹いた。


「うさ子、もしかして、あんた子供産んでたの!?」


 女王畑山のびっくりした顔は珍しい。

 そして、なぜか加藤がその顔に見とれている。


「「「かわいー!」」」


 生徒たちが声を上げながら、そちらへ駆けよろうとする。

 しかし、なぜか彼らは前に進めなくなる。

 その場で足がグルグル動いているだけの彼らは、まるでアメリカの古いアニメに登場する猫のキャラクターのようだった。 

 

「神獣の子供たちには、まだ触っちゃだめだよ」

 

 いつの間にか、生徒たちの後ろに、腕組みをしたシローが立っている。

 肩に白猫ブランを載せた彼の後ろには、ナルとメル、そして、ルル、コルナ、コリーダがいた。

 ナルとメルの二人が近づくと、ウサ子は頭を下げ、姿勢を低くした。

 二人は、するするとその背によじ登る。

 ウサ子が立ちあがると、ナルとメルが歓声を上げる。


「「わーい、高ーい!」」


 生徒たちは指をくわえ、それを眺めている。


「ナルちゃん、メルちゃん、いいなあ。

 私もおっきなウサギの頭に乗りたい!」

「ふかふかだろうなあ!」

「あのお腹でモフモフしてみたい!」


 その時、後ろから声が聞こえた。


「ははは、神獣様の頭に乗るなど、ポータルズ世界群広しといえども、あの子たちだけですぞ」


 生徒たちが振りかえると、いつの間に現れたのか、リーヴァスの姿があった。

 彼の後ろには、手を繋いだヒロ姉とマスケドニア王がいる。  

 そのマスケドニア王は、ウサ子の前に片膝を着いた。


「神獣様、お初にお目にかかります。

 マスケドニアの王、ジーナスでございます」


 神獣の由来を知らない生徒たちは、いやしくも一国の王が、いくら大きいとはいえウサギごときに頭を下げる光景が、にわかには信じられなかった。


「その妻、ヒロコでございます」


 夫と並び、同じように膝を着いたヒロ姉のすまし顔を見て、シローが思わず噴きだした。


『(*'▽') 不謹慎!』


 ご主人様をたしなめてはいるけれど、どうやら点ちゃんも面白がっているらしい。


「し、失礼しました」


 マスケドニア王からジロリとにらまれ、シローが慌てて謝っている。


「みなさん、そろそろ準備してください」


 聡子が生徒たちに声を掛ける。

 夕暮れ時が近づき、空が茜色に染まりはじめていた。

 荷物を抱えた生徒たちがシローの周りに集まる。

 

「あれ?

 騎士さんたちは?」


 来る時は一緒だった五人の騎士が見送りの人たちと並んでいるから、白神はそれを不思議に思ったのだろう。


「ああ、騎士たちは、『ポンポコ商会』の社員でもあるから、今日から三日ほど休暇を兼ねた異世界滞在だね」


「うわー、いいなー!

 シローさん、私も騎士さんたちと一緒に残っちゃダメ?」


「ダメ!」


 シローの答えは早かった。


「くう! 

 残念!

 ダメ元で言ってみたんだ」


 厚かましい白神に、三宅が話しかける。


「それより倫子、あんたお師匠の猫賢者様に挨拶しなくていいの?」


「ふふふ、それはねえ、秘密なの」


 白神は意味ありげな笑みを浮かべた。


「もったいぶっちゃってえ、このこの!」


 三宅が小さな握りこぶしを、白神の頭にぐりぐり押しつける。 

 

「頭はダメ、賢者、頭大事!」


 賑やかな悲鳴を上げる白神に、林がため息をつく。

 

「じゃあ、シロー、地球世界まで送ってくれるか?」


 林の言葉に答えたのは、シローでなく舞子だった。


「あっ、林先生、ちょっと待ってください!」


「どうした渡辺?」


「ええと、ちょっと聡子先生にお話が……」


「私?

 なにかしら、渡辺さん」


 舞子は、聡子の耳元に顔を寄せると、何か囁いているようだった。


「……」


 舞子が離れると、聡子の顔が赤くなっている。

 林はそれを不審に思ったが、陽が落ちた今、周囲はすでに暗くなりかけている。

 転移を急ぐべきだろう。

 

「渡辺、話は済んだか?」


「はい、済みました、先生」


「よし、シロー、こんどこそよろしく頼むぞ」


「分かりました」


 シローがそう言った途端、生徒たちが手にしていた大きな荷物とお土産が消える。

 すでに一度それを体験している生徒たちは、それを見ても驚かなかった。

 どうやらみんな、シローの「非常識」に慣れてきたらしい。


「じゃあ、みんな手を繋いで」


 生徒たちが大きな輪を作る。


「みんな元気でねー!」


 これはヒロ姉。


「しっかり学ぶといい。ニャ」


 言わずと知れた猫賢者。


「また来てください!」


 翔太の元気な声が響く。


「「パーパ、おこー!」」


 ナルとメルは、シローにお好み焼きのお土産をおねだりしている。

 

「「「よい風を!」」」


 見送る人々が声を合わせる。

 

「「「よい風を!」」」


 生徒たちの声が聞こえた途端、彼らの姿は夕闇に溶けるように消えた。 

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