第34話 帰還(下)


 異世界科の生徒たちが、パンゲア世界への修学旅行から帰ってきて二日後。

 それぞれの家庭で思いきり土産話を吐きだした彼らは、晴れやかな顔で高校へやって来た。

 いつもより早めに登校した生徒が多かったのは、顔を合わせて異世界の話をしたかったからだ。


「エルファリアのお茶、美味しかったなあ!」

「そうだよね!

 私、あの白いスープ、また食べたいなあ」

「それより、シローさんの家で飲んだジュース、すっごく美味しくなかった?」


 異世界で食べたものの話で盛りあがる生徒たち。


「ねえねえ、この服いいでしょ!

 でも、どこで着ようかな、これ……」

「私は、これ、ストラップにしたんだ!」

「このネックレスどう?」

「あんた、それ校則違反だよ」


 異世界のファッションを見せあう生徒たち。


「おい、原田、俺の動き見てくれないか?」

「俺もあれから練習したんだぞ!

 ちょっと見てくれよ」

「私のも見て、原田君!」

「これ見て、水玉、大っきいでしょ!」

「あんた、学校で魔術使わないよう言われたでしょ!」


 覚醒で身に着けたスキルに喜ぶ生徒たち。


 そんな生徒たちで騒がしい教室を前に、入り口で立ちどまっている者がいた。

 修学旅行先として異世界を選ばなかった、曽根、上原、田中だ。

 異世界の話であまりにも盛りあがっている教室に入りかねているらしい。

  

「おい、お前ら教室に入らないのか?」


 教室をのぞきこんでいる三人に、背後から声を掛けたのは、遅れて登校してきた大和だった。


「今、入るところだったんだよ!」

「そうだよ!」

「急かすなよ!」


 そんな三人に、小西が話しかけた。


「お早う!

 あ、お土産渡しとくね」

 

 小西は、用意していた布袋を曽根たちに渡そうとした。


「いらねえよ、そんなもん!」

「俺も、いらない!」

「俺も!

 だいたい、こっちは、お前らに土産なんか買ってないし!」


 小西は、そんな三人を見て、無理にお土産を渡そうとしなかった。


「そう?

 じゃあ、これ、普通科の先生たちにでも配るね」


 それを聞いた三人の顔が引きつったが、小西はさっさと話しの輪に戻っていった。


「もらっとけばいいんだよ。

 ヤセ我慢はみっともねえぞ」


 大和が掛けた言葉は、曽根たちの神経を逆なでしたようだ。


「土産なら自分で買ってんだよ!」

「俺もだ!

 あんなもん、いらねえよ!」

「なんだよ、偉そうに!」


 そう怒鳴ったが、それを聞いていたのは大和だけだった。

 

「まあ、そう言うな。

 みんな、悪気があってお前らに土産を買ったわけじゃない。

 小西も、無理に渡したりしなかっただろうが」


 大和の低い声を聞いて、三人は少し冷静になったようだ。

 

「俺たち、ビーチで金髪のお姉ちゃんたちと遊んだしな!」

「そうそう、あの娘、俺にベタボレだったし!」

「また行きたいよなあ!」


 曽根たちは強がってみせたが、本当は滞在先で天候が荒れ、ビーチになど一度も行けなかったのだ。けれど、ホテルの部屋から出ず、ずっと三人でトランプをしていたなどと言えたものではない。


 三人は、自分の席に着くと、異世界の話題で盛りあがるクラスメートから目をそらし、不貞腐れた顔で窓の外を眺めていた。


「おい、席に着け」


 朝礼のために林が教室入って来たが、誰も席に着こうとしない。

 

「シローからお前たちに土産を渡されてるんだが、要らないみたいだな」


 林は奥の手を出した。


「えっ!?

 お土産?」

「シローさんから?!」

「先生、何ですか!?」


 さっそく飛びつく生徒たちをいなすように、林が話を続ける。


「お前らが席に着いたら渡すからな」


 コマネズミのような動きで、全員があっというまに席に着く。

 林は、肩から掛けていた、帆布のような素材のバッグを教壇の机に置いた。

 生徒が固唾をのんで見守る中、彼がカバンの口を開く。

 そこから出てきたのは、一枚のボードだった。


「ど、どういうこと?」

「なにそれ!?」

「どうなってんの!?」


 生徒が驚いているのは、明らかにカバンのサイズより大きなボードが出てきたからだ。

 林は、次々にボードを取りだしていく。

 彼の脚元に積みかさねられたボードを見て、生徒たちの目がキラキラ輝く。


「先生、まさか、シローさんのお土産って――」


 白神の言葉を林が続けた。


「ボードだよ」


「「「うおーっ!」」」


 教室中から爆発したような歓声が上がった。

 あまりの騒ぎに異世界科一年の担任が、教室をのぞきに来て、林が彼に謝るという一幕があった。


「じゃあ、ボードが欲しい者は、出席番号順に一人ずつ取りにこい」


 さっきの馬鹿騒ぎに懲りた林が、小さな声でそう告げる。

 生徒は次々にボードを受けとっていく。中にはそれに頬ずりしている生徒もいる。


「どうした、曽根、上原、田中、お前たちの分もあるぞ」


 林から声をかけられた三人は、黙ったまま知らん顔を決めこんでいる。


「そうか、いらんのか。

 じゃあ、これは俺がもらうぞ」


 林の言葉を聞いた曽根がガタリと立ちあがったが、顔を歪めるとすぐ腰を下ろした。


「一年生の教材に使わせてもらうからな」


 そう言った林が三枚のボードをカバンに入れるのを、曽根たち三人は、指をくわえて見ているしかなかった。

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