第30話 誕生パーティーとサプライズ(上)
プリンス翔太の誕生日を祝う舞踏会が王城で開かれ、異世界科の生徒たちも、それに招待された。
夕方からアリスト城の大広間で始まった舞踏会は、とても華やかなものだった。
着飾った貴族たちが、男女一組で踊る。
部屋の隅に座り弦楽器を扱うは、一流の奏者たちだ。
学生服で参加した生徒たちも、男女でペアを組み踊りに挑戦していた。
「白神さん、そこ、右足引いて。
遅れてる。
左足もっと早く」
「小西、あんた、ちょっと習っただけで、どうしてそんなに踊れるのよ」
「いや、合気道の型みたいな感じで覚えたんだけど……痛っ!」
「あ、ごめん、足踏んじゃった、てへ」
白神、小西ペアは、まだマシな方だ。
「だから、そこは違うって言ってるだろう!」
「あんたとは歩幅が違うんだから、こっちに合わせなさいよね!」
身長差がある三宅、大和ペアは、二人とも喧嘩腰だ。
「宇部さん、踊らないの?」
「原田君、あれってお互いに無理じゃない?」
「だけど、お皿に料理、そこまで盛らなくても――」
「ま、まあ、いいじゃない!
異世界料理なんて、二度と体験できないかもしれないんだから!」
宇部、原田ペアのように、早々に踊りを諦めた生徒もいる。
生徒たちは、それぞれの形で舞踏会を楽しんでいた。
ところが、彼らの知らないところで、トラブルの種が動きだしていた。
◇
「ゴブリンが跳ねまわっているみたいね」
「まさにおっしゃるおりです」
壁際に並んで立ち、異世界科の生徒たちを憎々しげ視線を送るのは着飾った娘と青年だ。
青年は、先日開かれた晩餐会で、小西に突っかかったブライトンだった。
娘は彼の主家筋にあたる、サプライズ子爵家の娘リーザだ。
「リーザ様、やつらに思いしらせてやりましょう!」
「いいわね、ゴブリンはゴブリンらしく、巣穴にこもってればいいのよ!」
二人は手を取りあい、広間中央へ出ていく。
踊りはじめた彼らは、あっという間に周囲の目をひきつけた。
幼少から厳しいレッスンで磨きあげてきた彼らのダンスは、異世界科の生徒たちのそれとはレベルが違った。
気おくれした生徒たちが、一組、また一組、踊りをやめていく。
最後に残った白神、小西ペアに、踊りながらリーザたちが近づく。
「田舎者は、踊りも知らないのね。
邪魔だから、さっさと壁際にお下がりなさい」
リーザの言葉を聞いて、さすがに白神と小西も足を停める。
二人がすごすご壁際に下がろうとしたとき、広間の入り口付近で歓声が上がった。
美しく着飾ったルル、コルナ、コリーダを連れ、シローが入ってきたのだ。彼らの前には、それぞれ、緑と赤のドレスを着た、銀髪の少女ナルとメルもいる。
「英雄よ!」
「綺麗ね!」
「素晴らしい!」
シローたちを誉めそやす声が貴族たちから上がる中、シローがルルの手を取る。
拍手に押されるように、二人が広間の中央で踊りだした。
それは、つまり、リーザとブライトンのすぐ横ということになる。
視線を合わせたリーザとブライトンは、頷きあうと、いっそう早く華やかに踊りだした。
しかし、人々は彼らなど見ていなかった。
ルルとシローの踊りは、リーザとブライトン自慢の踊りが、幼児の遊戯に見えるほどレベルが違った。
二人は滑るように、いやまるで宙に浮いているように、優雅と言う言葉を体現して舞っている。
誰からも注目されていないと気づいたリーザとブライトンが、慌てて踊りを止める。
彼らの顔は、悔しさに醜く歪んでいた。
そんな彼らも、シローがコルナと、次いでコリーダと踊る頃には、諦めに似た表情を浮かべていた。
自分たちが、なにもかも劣っていると気づいたのだ。
楽曲がテンポの速い明るいものに変わると、シローがナル、メルと踊りだす。
慣れないながらも楽しそうに踊るナルとメルを目にして、生徒たちが再び踊りはじめる。
広間は、笑い声と拍手で満たされた。
◇
舞踏の時間が終わり、人々は食事や会話に興じている。
そんな中、貴族の子女とおしゃべりしている小西めがけ、ブライトンがつかつかと歩みよる。
彼が小西の肩に手を掛け振りむかせると、近くにいた貴族は、ぱっと距離を取った。面倒事に巻きこまれるのを恐れたのだ。
「おい、挨拶ぐらいしないか?」
ブライトンに声を掛けられた小西は、キョトンとした顔をしている。
「ええと、君、誰だっけ?」
間の悪いことに、この時、多言語理解の指輪は小西の指にあった。
「ついこの前、舞踏会で名乗ったぞ!
平民のくせに、なぜ貴族の名前を覚えていないんだ!」
その時になって、やっと小西はブライトンの顔を思いだした。嫌な思い出とともに。
彼に背を向け、さっきまで話していた相手を探す。
しかし、その相手はどこかへ行ってしまったようだ。
「おい、無視するな!」
小西の肩に再び手を掛けたブライトンが、大声を上げる。
「小西、どうしたの?」
騒ぎを聞きつけた白神が、小西に声を掛ける。
「いや、この人、変なんだよ。
何か興奮してるみたい」
小西が白神の耳元でささやいた言葉は、しかし、ブライトンに聞こえてしまった。
「なっ、なにを!
ボクが変だって!?
も、もう我慢ならない!」
まっ赤な顔をしたブライトンが、近くのテーブルに飾られていた白い花をグシャリと鷲掴みにすると、それを小西の顔に突きつけた。
ブライトンの手から、白い花びらがはらはらと床に落ちる。
小西が手を広げ、その花を受けとめようとした。
「ダメ!」
叫んだ白神が、小西の手を掴む。
「それ受けとったら、決闘を受けたことになるよ!」
白神はそれを日本語で言ったが、ブライトンには彼女が決闘の邪魔をしたと分かったようだ。
「なんだ、お前は!
邪魔だ!
どけっ!」
白神を突きとばそうと、ブライトンが伸ばした手は、パシリと小西に受けとめられた。
その瞬間、ブライトンの体が弧を描き宙を舞う。
ズシン
「ぐはっ!」
背中から床に叩きつけられたブライトンが、痛みでエビのように身体を反らす。
騒ぎを聞きつけた貴族や生徒が、そこへ集まってくる。
その中には、先ほどダンスでブライトンとペアを組んだリーザもいた。
「いったい何事ですの!?」
彼女は、床で身体をねじりながらうめいているブライトンに屈みこむ。
「あ、あいつらが、け、決闘を邪魔しました」
ブライトンは、震える指で白神と小西へ向ける。
それを聞き、さっと立ちあがったリーザが、後ろを振りむく。
そこには、太った中年の男性と若者が並んで立っていた。
「お父様、お兄様!
この二人が、私たちを侮辱しました!」
自分まで被害を受けたことにしたリーザは、白神と小西を指さした。
「お兄ちゃん、どうしたの?」
「お姉ちゃん、どうしたの?」
そこに現れたのは、緑のドレスを着たナルと赤いドレスを着たメルだった。
二人の少女を目にしたリーザの父親と兄が、まっ青な顔になる。
リーザの兄は、以前、あろうことかナルとメルに決闘を仕掛け、完膚なきまで打ちのめされたことがあった。そして、それをもみ消そうとした父親も、決闘の立会人である女王陛下からこっぴどく責められたのだ。
それを知らないリーザは、父親と兄がなぜ青い顔で黙りこんでいるか、理解できない。
彼女は立ちあがると、白神に指を突きつけた。
「私があなたに決闘を申しこみますわ!」
小さなころからお転婆で、兄から剣の手ほどきを受けてきたリーザは、同い年の男子なら誰にも負けないほどの腕前だ。
兄の腰にある剣へ手を伸ばしかけたリーザが聞いたのは、この場に似つかわしくない、のんびりした声だった。
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