第31話


「ワシの弟子に、何か用か? ニャ」  


 白いローブを身にまとった、長い白ヒゲの小柄な獣人が、白神の横に立っている。

 彼の素性を知るリーザの父親と兄は、さっと片膝を着き礼を示した。

 ところが、リーザ自身は、そちらに背を向けているから、それが見えない。


「あ、あんた誰よ!」


 頭一つ分は背が低い猫賢者を見おろすと、彼を怒鳴りつけた。


「ば、馬鹿者!」

「リーザ!」


 父親と兄がリーザに声を掛けるが、頭に血が昇っている彼女には聞こえていないようだ。


「ワシは、『猫賢者』と呼ばれておる。ニャ」


 それを聞いてリーザが驚く。

 獣人世界に住むという猫賢者の名前は、この世界でも有名なのだ。


「ど、どうして賢者様が、こんなところに!?」


「先ほど言うたじゃろう。

 この子はワシの弟子じゃ」


 猫賢者が白い杖の先で、白神を指す。


「「「おー!」」」


 周囲に集まっていた貴族から、驚きの声が上がる。


「あの子、賢者様のお弟子さんなんですって!」

「猫賢者様が弟子を取るなんて!」

「あの少女は誰なんだ?」


 そんな騒ぎを背に、猫賢者が白神に話しかける。


「リンコ、プリンスへのお祝いを忘れておらぬか? ニャ」 


「あっ、そうでした!

 魔術組のみんな、集まってー」


 白神の声に、魔術師に覚醒した十二人の異世界科生徒たちが集まる。

 リーザは完全に置きざりにされた形だ。


「練習通りいくわよ!」


「「「おー!」」」


 彼らは、大広間の外、テラスへと出ていく。 

 このテラスは、そこでダンスができるほど広いものだ。

 その外縁に沿って、生徒たちが等間隔に並ぶ。


 五人の騎士に伴われた翔太が、広間からテラスへ出てくる。

 それに続きシローと彼の家族、そして驚いたことに、勇者加藤、大聖女舞子、そしてマスケドニア国王夫妻が現われる。

 最後に、猫賢者と女王陛下が続く。

 白神の合図に合わせ、魔術師となった生徒たちが空へ手を伸ばす。


 パン

 パン

 パン

 ……。


 一斉に唱えられた呪文の後、魔術花火の花が、次々と夜空に咲いた。

 テラスに出てきた貴族たちから、一斉に拍手が上がる。


 ドドドーン!


 最後に色鮮やかな大輪の花がみだれ咲く。

 これはシローの仕業だ。


「「「プリンス翔太様、お誕生日おめでとう!」」」


 ここにいる全員が、翔太の誕生日を祝った。


 ◇


「スゲー!

 本物の『初めの四人』が勢揃いだ!」

「あんた、本物ってなによ!

 偽物がいるみたいじゃない」

「勇者加藤、かっけー!」

「あ、あれが聖女様……素敵!」


 女王陛下が用意してくれた広い談話室には、黒い木彫りの丸テーブルが六脚用意されていて、それぞれに生徒が五、六人ずつ着いている。

 シローたち『初めの四人』は、部屋の前に置かれた長テーブルの向こう側に座っていた。


「先生! 

 みなさんに質問してもいいですか?」


 白神が鼻息荒く手を挙げるが、林は首を横に振りシローに話しかけた。


「ちょっと待て。

 今更だが、まずは自己紹介してくれるかな」


「改めて自己紹介するわね。

 私は『聖騎士』である、畑山麗子よ」


 紫色のドレスを着た女王は、この場を無礼講と決めたらしい。

 砕けた言葉をつかった。

 

「じゃ、次は俺だな。

 加藤雄一、『勇者』をやってる。

 君たちの先輩になるのかな?

 卒業はしてないんだけど」


 本物の勇者が話すのを聞き、生徒たちが再び騒ぎだした。


「卒業してないってのは余計よ。

 次、舞子お願い」


 女王畑山がそう言っただけで、生徒たちは急に静かになった。

 

「渡辺舞子です。

 私は『聖女』です。

 みなさん、はるばる地球世界から、よくいらっしゃいました」


 清楚な威厳とでもいうべきものを漂わせた、白いドレス姿の聖女は、男子生徒たちのハートを撃ちぬいたようだ。


「俺が最後か……。

 魔術師のシローです。

 みんな、この前はウチに来てくれてありがとう!

 家族が喜んでたよ」


 肩の白猫を撫でながらシローがそう言うと、彼の横に座っている女性が突っこんだ。

 

「史郎君、あなたが最後じゃないでしょ」


 抜けるような青色のドレスを着た女性は、どこか不満げだ。


「もしかして、加藤さんのお姉さんじゃないですか?」


 小西からの質問にヒロ姉が頷く。


「君、小西君ね。

 道場で何度か見かけたことがあるわ」   

  

 ヒロ姉は、小西と合気道の同門だ。ただ、年が少し離れていることもあり、稽古の日が違っていたから、顔見知り程度だ。


「博子さんは、マスケドニア王と結婚されて、今は王妃様なのよ」


「「「?!」」」


 畑山の説明を聞いても、生徒たちは、まだピンと来ないようだ。

 彼女の言葉に一番驚いたのは林だった。


「おい、本当か!?

 まさか畑山だけでなく、お前までそんなことになっていたとはな……」


 ヒロ姉にとっても恩師である林が、そんなことを言った。


「先生、お久しぶりです。

 ええ、成りゆきでそんなことになっちゃって。

 今はマスケドニア王宮に住んでいます」


「「「おーっ!」」」


 やっと話が頭に入ってきた生徒たちが、歓声を上げる。


「お転婆なお前が、王妃様とはなあ」


「先生、それは高校生のときですよ。

 私、もう一人前の大人なんですから」


 ヒロ姉の言葉を聞き、シローが首を横に振りながら肩をすくめる。


「あっ、史郎君、その態度は何よ!」


「ふぃ、ふぃろふぇえ、ふゃめれ!」(ひ、ヒロ姉、やめて!)


 ヒロ姉がシローのほっぺたを、両手で左右に引っぱる。

 驚いた白猫ブランがシローの肩から跳びおりた。


「姉ちゃん、頼むから後輩の前で恥ずかしマネはやめてくれ!」


 悲鳴のような加藤の声で、ヒロ姉がシローの顔から手を離す。


「そう言えば、あんたたち四人がこちらに来てからのこと、もう一度詳しく聞かせてよ」


 ヒロ姉の言葉に、異世界科の生徒たち全員が頷いた。

 こうして始まった『初めの四人』それぞれが異世界で体験した物語は、夜が更けるまで続くのだった。 

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