第29話 お土産を買おう

  

 アリストの城下町、その目抜き通りを歩きながら、白神は隣の友人に話しかけた。


「昨日のハイキング楽しかったなあ! 

 私、またボードに乗ってみたい!」


 一日たっても興奮が収まらない親友に、三宅は生暖かい視線を送っている。


「倫子、あんた、あれだけ身体中擦りむいたのに、まだアレに乗りたいの?」


「乗りたい、乗りたい!

 だって異世界の乗り物だよ!」


「ふう、あんた、異世界の乗り物って言ってるけど、この街で乗ってる人、誰もいないじゃん。

 あれって、シローさん家(ち)だけの乗り物じゃないの?」


「それでもいいのよ!

 宙に浮いてるってのが、いかにも異世界じゃない!」


「やっぱり、あんたが考えるのはそこよね。

 だけど、今だけは忘れてちょうだい。

 私、家族に買うお土産で頭が一杯なんだから」


「あんたん、仲がいいもんねー!

 私もカワイイ妹が欲しいなあ。

 ウチなんか、ダッサイ兄貴一人だもん」


「そんなことないよ!

 倫子のお兄さん、シローさんの友達なんでしょ?

 それに『ポンポコ商会』とも取引があるって、ホント羨ましい!」


「萌子、あんたも分かってきたわね。

 やっぱり異世界最高よね」


 それを聞いた三宅が頭を抱える。


「あちゃー、藪蛇だったかー!」


 その時、一軒の店先に出てきた初老の女性が、二人に目にとめた。


「お嬢さんがた、あなたたち黒髪だけど、チキューって言う世界から来たのかい?」


 白神と三宅が言葉を聞きとれるのは、この女性が多言語理解の指輪をしていたからだ。


「はい、そうです」


「じゃあ、シローさんが言ってた、学院の後輩だね」


「はい、学院じゃなくて高校の後輩ですけど……」


「ポンポコさんに息子がお世話になっててねえ。

 ウチの品物、ぜひ買っていきな」


「「はい!」」


 店に入ると、素朴な素焼きの品物が並んでいる。

 

「あっ、この置物、ウサギみたいですね!」


 三宅が小さな置物を手にする。

 それだけは、白く彩色されていた。


「ああ、それは神獣様だよ。

 最近は獣人世界からのお客さんも多いからね。

 あそこから来た人は、まず買ってくね」


 女性は、嬉しそうに話している。

 

「あっ、もしかして、この焼き物って……おばさん、黒騎士って人に売りました?」


 白神は、素焼きの一つを見て何かに気づいたようだ。


「ああ、黒髪の騎士さんだろ?

 たくさん売ったよ」


 白神が三宅の耳元で囁く。


「ねえ、萌子、知ってる?

 この焼き物、オークションで一つ二千万円の値段がついたんだよ」


「えっ!?

 にっ、二千万!?」 


 三宅のくりくりした目がキラリと光る。


「わ、私、ここの焼き物、買えるだけ買う!」


「えっ、だけど、あんたカワイイものいっぱい買うんだって言ってなかった?」


 白神が言うとおり、この店の焼き物は、見る人が見ればそれなりに味があるが、カワイイといった類のものではない。


「これを売って儲けて、目指せ第二の『ポンポコ商会』よ!」


「う~ん、その考えどうなんだろう……」


 いかにも安易だと思ったが、白神は黙っていた。

 三宅が、あまりにもヤル気になっているからだ。


「おばさん、これ、私の全財産!

 これで買えるだけ買います!」


 三宅は小さなカウンターにバーンと硬貨を叩きつけた。


「ほほほ、元気のいいお嬢さんだね。

 じゃあ、気に入ったのから持っておいで。

 包んであげるから」


 店主らしい初老の女性は、人の良さそうな顔をほころばせた。

 ものすごい勢いで品物を選んでいく友人を、白神は、ただ黙って見ているだけだった。


 三宅は知らなかったが、地球のオークションで高値がついた品には、ポンポコ商会のトレードマークがついていた。彼女が買った素焼きの容器や置物は、地球に持って帰っても価値がないものだ。

 帰還後ネットオークションに出品された品々は、落札者なしという結果に終わることになる。


 ◇


 大和と小西は、目抜き通りにある武器屋を訪れていた。

 

「ええと、これ、値段間違ってない?」

 

 値段に関する文字は地球で学習してきた小西が、値札を見て首をひねっている。

 

「小西、どうしたんだ?」


「大和君、ちょっとこの剣、見てよ。

 どう見ても、金額まちがってない?

 これだと金貨五枚、日本円で五百万だよ」


「そりゃ、確かに高いなあ。

 だけど、日本刀の値段にくらべたら、そんなもんじゃないか?」

 

「うーん、資料だと、武器屋には実際に使うための剣が売ってる、って書いてあったんだけど。

 どれもこれも、値段がすごく高いんだよね」


 無念の表情を浮かべていた小西が、ぱっと顔色を変えた。

 店の扉を開け、外へ飛びだす。

 

「なんなんだ、あいつ」


 大和が呆れていると、ある人物を連れ、小西が店に戻ってきた。


「あっ、ルルさん?」


 この店は、アリストでは珍しく、木窓のかわりにクリスタルガラスをはめ込んでいるから、小西は、店の外を歩くルルの姿が見えたのだろう。

 

「こんにちは、ヤマト君」

 

「こんにちは。

 一昨日は、ご馳走になりました」


「どういたしまして。

 君たちが来てくれて、私たちはもちろん、ナルとメルがとても喜んでいたわ」


「ルルさん、この剣の事についてお尋ねしてもいいですか?」


 小西が待ちかねたように、話しかける。


「ふふふ、いいわよ。

 私、こう見えても冒険者だから、剣にはちょっと詳しいの」


「じゃあ、お尋ねしますが、この剣の値段って高くないですか?」


「見せてくれる?」


 ルルは剣を手に取り少し調べた後、店員と話していた。

 ルルと店員とで交わされた会話は、小西と大和には理解しづらいものだった。

 それは、二人が魔術についての専門用語をつかっていたのと、多言語理解の指輪をしているルルの言葉はある程度理解できたが、店員が早口で話す現地の言葉がほとんど聞きとれなかったからだ。

 

「この剣の金額は妥当よ。

 むしろ、少し安いくらい。

 この剣が高いのは、魔術が付与してあるからなの」


 ルルの言葉は、小西の予想を裏切るものだった。


「ええっ!

 その値段で安いんですか!?」

 

 小西ががっくりと肩を落とす。

 お土産として、剣が買いたかったのだろう。


「あなたたちが使うようなナイフや小剣ショートソードなら、いいお店を知っているから、連れてってあげる」


 この後、大和と小西の二人は、ルルに案内された裏通りの店で、それぞれロングソードとショートソードを買うのだが、地球に帰る直前、それを林に没収されることになる。二人は、日本に『銃刀法』という法律があるのを、すっかり忘れていたのだ。

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