第28話 ハイキング(下)
異世界科の生徒たちが到着したのは、湖畔のゆるやかな斜面だった。
丈の短い草が生える斜面に、みんなが腰を下ろす。
「見て見て、テントウ虫!」
「どれどれ……銀色だけど、これ、ホントにテントウ虫?
「うわー、これ寝転がると、最高にキモチイー!」
「三宅、お前っていつもそんな感じだなあ」
「そういえば、お茶は水筒に入れて持ってきたけど、お弁当ってどうなるんだろ」
「帰ってから食べるんじゃないの?」
「えーっ!
もうオナカぺこぺこだよ~」
ここまで二時間近く歩いてきたが、生徒たちは元気いっぱいだ。
「みなさん、お弁当を配ります。
どうぞこちらへ」
弓師のミースが生徒たちを手招きする。
彼女は、あっという間に生徒たちにとり囲まれた。
「今日のランチは、シローから渡されたものです」
ミースは小柄な体から小さな背負い袋を降ろす。
彼女がその口を開き中に手を入れると、かなり大きな青い箱が出てきた。
どう見ても背負い袋より大きなサイズの箱が出てきたので、生徒たちが驚く。
「「「スゲー!」」」
さすがに箱が三つも出てくると、生徒たちは、驚くより呆れてしまったようだ。
「「「……」」」
ミースが箱の一つから蓋を取りさると、歓声が上がった。
「「「おにぎりだ!」」」
そろそろ和食が食べたくなってきた生徒たちにとって、それは何よりのご馳走だった。
「シローの家族がみんなで握ったそうよ」
言われてみれば、おにぎりの中に、いくつか小さなものが混じっている。きっとナルとメルが握ったものだろう。
「では、どうぞ」
ミースの声を聞く前から、生徒たちが箱に手を伸ばす。
「おい、順番に取れよ!
三宅、食べるのは、『いただきます』してからだぞ!」
争うようにおにぎりを取っていく生徒に、林がため息をつく。
「「「いただきまーす!」」」
「うまっ!
これ、オカカおにぎりだ!」
「俺、梅干し!
うめー!」
「明太子だ!」
「私、シャケ!」
箱三つ分あったおにぎりは、あっという間に姿を消した。
当然、林と聡子、『ハピィフェロー』の五人は、まだ食べていない。
林と聡子が顔を見合わせて苦笑いしていると、ナルニスが、背負い袋からもう一つ青い箱を出した。
「先生、一緒に食べましょう」
どうやら、全員が昼食にありつけそうだ。
◇
お腹いっぱい食べた生徒たちが、草の上でゴロゴロしていると、林が号令をかけた。
「みんな、ここへ集まれ!」
「えーっ、もう帰るの?
もう少しここにいようよ!」
「先生、これで帰ったらもったいないよ!」
「もっと草の上でゴロゴロしていたいー!」
生徒たちは、不満たらたらだ。
「誰が帰ると言った?
シローから、あるものを預かっててな。
みんながそれに慣れるように、練習してほしいってことだ」
林の言葉を聞いて、生徒たちの目がキラキラと輝きだす。
「なんですか、シローさんから渡されたものって?」
「うーん、俺も知らされてないんだ」
林がポケットから取りだしたのは、ピンポン玉くらいの青い玉だった。
玉にはボタンのような白い突起が一つある。
「ええと、ここをポチッと押せって言ってたな」
林が白い突起を押す。
ボンッ
そんな音がして、色とりどりの板がずらりと姿を現した。
「ええと、あいつが言ってた説明書ってこれだな」
板と一緒に姿を現した、タブレットのようなモノを林が手に取る。
「これは、『ボード』というものだそうだ」
「ボード!
先生、ホントにボードなんですか!?」
ほとんど叫び声に近い声を上げたのは、異世界マニアの白神だ。
「白神、お前、これが何か知ってるのか?」
「知ってます!
これは乗り物ですよ。
確か、体重移動でバランスを取る乗り物のはずです。
先生、他に何か書いてませんか?」
「ええと、後ろの先端辺りに小さな印があるから、そこに触れろって書いてあるな」
それを聞いた白神は、さっと板の一枚を手にする。長さ八十センチ、幅四十センチの板には、端に三角の印があった。
彼女が指先でそれに触れる。
ブン
そんな音がして、一瞬ボードが青く輝いた。
白神は、それをそっと下へ降ろす。
ボードは、地面から少し離れて浮いた。
「すげー!
宙に浮いてる!」
「なんだそれ!」
「倫子、どうやって乗るの?」
生徒たちの言葉に答えず、白神は恐る恐る板の上に両足を載せた。
「「「おー!」」」
林が、パレットに書かれた文字を読みあげる。
「ええと、まず肩幅ほどに足を広げる。
利き足が後ろだそうだ。
スピードを上げるには、前へ体重をかける。
左右に曲がりたい時は、そちらへ重心を移動させればよい。
ブレーキは、体重移動でボードを横に向けるか丸い印を踏めばよい、だと」
ボードに乗った白神が、ゆっくり前へ動きだす。
「「「おおー!」」」
「危険がないよう、初心者向けの設定にしてあるそうだ。
みんな、試してみるか?」
林がパレットから顔を上げると、すでにみんなボードに乗るところだった。
彼はため息をつくと、草に腰を下ろした。
隣に聡子が座る。
「危なくないかしら?」
ボードの上で、おっかなびっくりバランスを取ろうとしている生徒たちを見て、聡子が心配する。
「まあ、膝や手を擦りむくくらいはするだろうな」
林は、再びパレットを読んでいる。
「そんなことまで書いてあったんですか?」
「ああ。
その方が上達が早いそうだ。
生徒がケガをしたら、ブレット君に言えば、『ポーション』という薬をくれるそうだよ」
「シロー君、ソツがないわね」
「いや、あいつは、どっちかと言えば、ぼーっとしているイメージなんだがな」
「きっと、もう高校生の頃の彼じゃないのよ」
「そうだな。
君の言うとおりだ」
二人は、草の海を滑りはじめた生徒たちを眺めている。
その向こうには、陽光きらめくサザール湖が広がっていた。
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