第27話 ハイキング(上)


 シロー家のお宅訪問を楽しんだ翌日、異世界科の生徒たちは、朝早くから迎賓館の前に集合している。

 全員が体育の授業で使うジャージの上下を着ていた。この日のため、靴は歩きやすいものを用意してきている。それぞれが、小型のデイパックを背負っていた。

 

「温泉風呂、気持ちよかったなあ~」

「ここ触って。

 お肌がツルツルしてるの~」

「でっかいカニ焼いたの、旨かったなあ!」

「あれ、もう一回食べたいよねー!」

「私、ポポラちゃんに乗ってみたいなあ」

「コリーダさんのナマ歌ってサイコー!」


 みんな、昨日の話題で盛りあがっているようだ。


「林先生、温泉風呂にいませんでしたよね。

 どこ行ってたんです?」


「白神、お前、よく気づいたな。

 シローんの屋上にあるジャグジーバスに入ってたんだ」


「ええーっ!

 先生だけズルイ!

 聡子先生もいなかったから、一緒だってんでしょ?」


「そ、そうね……」


「イイナ、イイナ、私も彼氏作ってイチャイチャしたい!」


「おい、三宅!

 先生たちは、別にイチャイチャしてたわけじゃないぞ!」


「でも、二人きりでお風呂に入ってたんでしょ?」


「「……」」


「もう、二人して赤くなっちゃって!」


「おい、白神、三宅、先生をいじめるなよ。

 茹でダコのように赤くなってるだろ」


「おい、大和!

 お前の発言が一番困るんだが」


「ところで、先生、今日のハイキング、どこへ行くんですか?」    

 

「小西、俺もまだ知らないんだ」


「ええー!

 先生、いいんですか、そんなので?」


「まあ、こっちはこの世界のことは不案内だからな。

 その辺、シローに任せてるから、大丈夫だろう」


 林たちがそんな会話をしているところに、カチャカチャと鎧の音をさせ、いかにもベテランと言う感じの騎士がやって来る。 


「ハヤシ先生でいらっしゃいますか?」


「え、ええ、林は私ですが」


「どうぞこちらへ」


 長身の騎士に案内され、一行がやってきたのは、巨大な城門だった。

 彼が呪文を唱えると、音も無く城門が開いていく。

 異世界科の生徒たちは、迫力の光景に圧倒されている。


 門の外には、二人の衛兵と五人の若者が立っていた。


「あっ、あなたはあの時の!」


 聡子が驚いたのは、一人の若者に見覚えがあったからだ。


「こんにちは。

 今日、みなさんを護衛する『ハピィフェロー』です」


 その若者、パーティリーダーのブレットが自分たちの役割を告げた。


「誰あれ!」

「かっこいー!」

「赤い髪の女の人、凄い体してる!」

「あの盾、すげえ!」


 騒ぎだした生徒たちを聡子が注意する。


「みなさん、きちんと話を聞きましょう。

 自分たちの安全に関わることですよ」


「せ、先生、ありがとう。

 えー、私、ブ、ブレットと言います。

 ええと――」


 生徒たちを前に、口ごもるブレットを見かねたナルニスが助け舟を出す。


「今日は、ボクたちがみなさんの護衛をします。

 まず、パーティメンバーの紹介をしますね。

 さっきのが、リーダーのブレット、剣士です。

 ボクはナルニスと言います。

 見ての通り、魔術師です」


 ナルニスは、右手に持つ白い杖の先を、白いローブの胸に当てる。


「こちら、背の高い女性がビーチ、剣士です。

 そして、大きな盾を持ったでかいのが、盾役のダン。

 弓を背負ってる女性がミースです」


 名前を呼ばれたパーティメンバーが、順に手を挙げる。

 

「目的地まで安全な道は選んでありますが、魔獣が突然現れることもあります。

 隊列は絶対に崩さないこと。

 一人で離れると安全の保障はできませんよ。

 ボクら五人は、魔道具の指輪でみなさんの言葉が分かります。

 聞きたいことがあれば、いつでもどうぞ。

 では、出発しましょう」


 ナルニスから「魔獣」という言葉を聞いた生徒たちは、それぞれが緊張した面持ちで城門から出ていく。

 若い騎士と、二人の衛士がそれを見送った。


 ◇


 アリストがある地域は、夏と冬はあるものの、寒暖の差が少なく一年中温暖な気候だ。

 一行は、緑の大地キャンバスに白く引かれた草原の道を、ゆっくり歩いていく。

 左手に広がる森から、右手遠くにある湖へ向け、そよ風が流れていく。


「気持ちいいなー!」

「だねー、異世界に来てまでハイキングって思ってたけど、これならまたやってみたいなあ」

「なんか、こっちに来てから夢の中にいるようだね」

「ホント、楽しすぎて帰りたくなくなっちゃいそう!」


 隊列が急に停まる。


「みなさん、左を見てください。

 森の方です」


 ナルニスの声で、生徒たちが森に目をやる。


「あっ、あそこ、何かいない?」

「うーん、何かいるのは分かるけど、遠すぎて見えないなあ」

「私、双眼鏡持ってきてるんだ。

 ええとね、なんか、猪みたいなのが二匹いるよ」


 隊列の右側にいたミースとナルニスが左側に移り、魔獣と生徒たちの間に『ハピィフェロー』五人の「壁」ができる。


「あれはスモールボアだな。

 おとなしい魔獣だから、大きな音さえ立てなければ襲ってはこないだろう」


 そう言ったブレットは、落ちついた様子で周囲を眺めている。 

 

「なるほど、この世界では、ハイキングにも護衛が必要なんですね」


 感心したように言う聡子は、少し緊張しているようだ。


「ははは、『ハイキング』って何かはシローから聞いていますが、この国にはそういったものはありませんね。

 草原や森を通るのは、他の街へ行く時か、薬草を採るときくらいです。

 冒険者はその限りではありませんが」


「ナルニスさんたちも冒険者なんでしょ?」


 一歩前に出た白神が目をキラキラさせて尋ねる。

 ナルニスは、杖を持たない左手で彼女を隊列に押しもどしてから、それに答えた。


「そうですよ。

 ボクたちのパーティ『ハピィフェロー』は冒険者として依頼を受けています」


「今日、私たちを護衛してくださるのも、その依頼なんですか?」


「そうですよ。

 今回は、女王陛下から、指名依頼の形でボクらに仕事が来ました。

 ここだけの話、ギルドにお金を払ったのはシローみたいですけど」


 それを聞いた林が困ったような表情を浮かべた。


「依頼料をシローが払ったんですか?

 そういえば、ビーチさんが、あなた方の依頼料は高いって言ってましたよね」


「そうですね、安くはないかな」


「シローは、いくら払ったんですか?」

 

「うーん、普通、依頼料を教えたりしないんですが、質問には、なんでも答えるようにというのも依頼の条件ですからね……。

 今回の依頼料は金貨五枚ですね」


「金貨五枚と言うと……「「「五百万円!」」」


 あまりの高額に、林だけでなく聡子と白神も驚いている。


「まあ、そういうこともあって、この世界ではハイキングというものがありません」  

 

「なんでそんなに高いんですか?」


 異世界の事なら、なんにでも関心を持つ白神にとって、これは当然の質問だろう。


「護衛依頼というのは、護衛対象を命がけで守ることになりますから。

 それにボクたち、金ランク冒険者のパーティなんです。

 ランクが高い冒険者ほど、依頼料は高くなります」


「あいつに負担かけちまったなあ……」


 林が暗い表情になる。


「ははは、大丈夫です。

 シローって『ポンポコ商会』の経営者なんでしょ?

 あの会社、馬鹿みたいに儲けてるそうですから」


「私たちも、金貨百枚でこれ買いましたよ」


 弓を背負った小柄な女性ミースが、背負っている袋を指さす。 


「えっ!? 

 そのカバンが、ええと、い、一億円!?」


「このカバン、マジックバッグっていって、見かけより多くのものが入るんです。

 金貨百枚でも安いくらいです。

 今までは、最低金貨五百枚以上はしてましたから」


 ナルニスが言う金貨五百枚は、およそ五億円だ。


「「「高っ!」」」


「このバッグを持ったことで、俺たちのパーティも、胸を張って一流って言えるようになりました」


 ブレットが革鎧を着けた胸を張る。


「スモールボア、いなくなったんだな」


 額に広げた手を当て、森の方を見ていたダンが、さも安心したという口調で言った。


「目的地までは、もう少しです。

 さあ、進みますよ」


 ブレットの合図で、再び隊列が動きだす。

 天頂近くまで昇った、パンゲア世界の太陽に照らされ、草原が緑に輝いていた。

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