第26話 異世界科生徒のお宅訪問(下)


 食材を焼いているデロリンの前には、目を輝かせた生徒たちが並ぶ。

 

「これ何ですか?」


「ええと、『フルフル』だったかな。

 君たちの世界で『イカ』ってのに似た味らしいよ。

 確か、『結び世界』で獲れた食材だよ」


 生徒からの質問にデロリンが答えた。


「この肉、なんの肉ですか?」


「ああ、そっちは、『アイアンホーン』だね。

 君たちの世界だと『ウシ』ってのに似てるそうだよ。

 これは、『ボナンザリア』世界の食材だね」


「この貝柱っぽいのは?」


「そいつは、『メード』っていう貝だね。

 ええと『ドラゴニア世界』産かな」

 

 デロリンの太く短い腕は、生徒の質問に答えながらも淀みなく動き、食材を焼きあげていく。

 生徒たちが、あっという間にそれを自分の皿にかっさらっていく。

 

「このイカっぽいの、柔らかくてチーズみたいな味がする!

 うまいわー」

「なんだ、この肉!

 今まで食べた肉と全然違う!

 柔らかくて、うまうまー!」

「それより、この貝柱、コリコリしてて最高ー!」


 生徒たちの空腹が少し収まったところで、シローが取っておきの食材を出した。

 一抱えありそうな、白く大きな塊が網の上に載る。


「でっかい!

 これ、何ですか?」


「まず、食べてみてよ」


 デロリンが、炭火で焼けて赤くなった部分をナイフでこそぎ取る。   

 彼はそれにソースを掛け、生徒の皿に載せた。

 それを口にした少年が叫ぶ。


「お醤油だ!

 それにこの味……カニですね?」


「当たり!

 これは『田園都市世界』に棲む『岩蟹いわがに』だよ」


 シローは、がっつく生徒を見て微笑んでいる。


「うわっ、カニの旨味がぎゅっと詰まった感じですね!

 こんなの食べたことない!」


 それを聞き、生徒たちによるカニの争奪戦が始まる。

 見かねた林が、生徒を一列に並ばせた。


「シロー、迷惑かけるな」


「あははは、喜んでくれてるんですから、俺は嬉しいですよ。

 それより、生徒たちは、あれ、持ってきてますか?」


「おお、ちゃんと持ってきてるぞ。

 だけど、あんなものどうやって使うんだ?」


「あそこで使います」


 シローが指さしたのは、母屋から少し離れて建つ、大きな平屋だ。

 

「あと、先生と聡子先生には、特別な場所を用意してありますから」


「そ、そうか?」


 シローの言葉を聞き、ちょっと気おくれする林だった。

  

 ◇


 食事の後、生徒たちはシローの新しい家族を紹介された。

 庭の奥にある『ポポの家』からピンクのカバが二匹、近づいてくる。

 初めはギョッとした生徒たちだったが、カバの上に、それぞれナルとメルが乗っているのを見て安心したようだ。


 その後、生徒たちは、シローの家族を囲んで車座に座りおしゃべりを楽しんだ。

 動物好きは、ポポや猪っ子コリン黒猫ノワール白猫ブランを撫でて笑顔を見せている。

 楽しい時間はあっという間に過ぎて、夕方となった。


「みなさん、水着は持ってきていますね?」


 シローの言葉に小西が飛びつく。


「もしかして、例の温泉風呂ですか?」


「そうだよ。

 せっかくウチに来たんだから、自慢の温泉風呂を楽しんでいってね」


「「「おおー!」」」


 生徒たちは『くつろぎの家』で水着に着かえると、屋根つきの回廊を渡り、温泉がある建物に入った。


「なんだ、これ!?

 まさかこれがお風呂?」

「プールよ、プール!」

「ウオータースライダーがある!」


 天井が高い、平屋の大きな建物の中には、湯気を立てている三日月型のプールがあった。

 

「シロー、このプールみたいなのが、温泉風呂か?」


 プールを目にした林は、呆れ顔だ。


「ええ、温泉水を生成するアーティファクトを手に入れたので、ここを造ってみたんですよ」


「えっ?

 これ、お前が造ったのか?」


 林の表情が呆れから驚きへと変わる。


「ええ、かなり苦労しましたよ」


「いや、そういう問題じゃないだろう!

 いったいどれだけ金と時間掛けたんだ?」


「ええと、俺一人で造りました。

 完成まで三日ほどですね」


「み、三日!?」


 驚きの声を上げたのは、聡子だ。


「ええ、三日で造って、ちょこちょこ改良中です」


「「……」」


「それより、生徒さんたち、もう入ってもらって構いませんよ。 

 かけ湯をしてから入ってください」


 生徒たちは全員が林を見て、彼の合図を今か今かと待っている。


「おまえら、入っていいぞ。

 かけ湯してから入るんだぞ。

 タオルを湯船につけるなよ」


「「「はーい!」」」


 ザブン、ザブンとプールのような湯舟に飛びこむ生徒たち。


「おい!

 かけ湯してからと言ったろうが!」


 こうなると、生徒たちは林の声など聞いていない。


「ふわ~、キモチイー!」

「ホントだ、このお湯、温泉だよ!」

「お肌ツルッツルになりそう!」

「うわっ、ここ、すっごく深いぞ!」

「キャー!

 どこ触ってんのよ!」


 生徒たちの騒ぎをよそに、シローが林に話しかける。


「先生、ウチには、もう一つ自慢のお風呂があるんですよ。

 体験してみませんか?」


「それはありがたいが、生徒たちがコレだからなあ。

 見張っとかんとなあ」


「あー、生徒たちのことは心配いりませんよ。

 全員に『・』がつけてありますから。

 点ちゃんが見守っていますから、間違っても溺れるようなことはありません」


「そうか?

 じゃあ、少しだけそのお風呂ってのにお邪魔させてもらうかな」


「分かりました。

 聡子先生も、準備はいいですか?」


「え、準備?」


 次の瞬間、林と聡子は、『くつろぎの家』屋上にいた。

 手すり越しに下を見ると、夕日に染まりかけた庭の芝生が広がっている。

 生徒たちが食事した辺りを箒で掃いているチョイスの姿が見えた。


「こ、ここはあいつんの屋上かな?」


 林はすぐに落ちついたが、瞬間移動に慣れていない聡子は驚きで固まっている。


「ど、どういうこと?」


「シローが、俺たちをここへ瞬間移動させたんだよ。

 たぶん、目の前の建物が、あいつが言う自慢の風呂ってやつなんだろう」


 二人は、屋上の隅にある東屋に入る。


「おいおい、なんだこりゃ!」


 東屋の中には、激しく泡立つ湯をたたえた円形の湯舟があった。


「ジャグジーバスね!

 シロー君、やってくれるわ!」


 湯船の脇にある小さな丸テーブルには、冷えて水滴を浮かべた二つのグラスが載っている。


「あなた、せっかくだから、お風呂いただきましょう」


「そうだね。

 ここまでお膳立てしてもらったんだから、二人で楽しむか」


 林と聡子はジャグジーバスに身を沈めると、その気持ち良さに目を閉じ、身を寄せあうのだった。 

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