第21話 魔術学院見学(上)


 異世界科の生徒たちが自由行動を捨て、彼ら自身の職業訓練に取りくんだ日の翌日。

 あらかじめ予定されていた、アーケナン魔術学院への訪問がおこなわれた。

 この学院は、アリスト城下にある、この国最大の魔術師養成学校だそうだ。


 学校の制服を着た異世界科生徒たちが石畳の道をぞろぞろ街を歩くと、家や商店から外に出てきた住人が彼らの方を食いいるように見つめていた。    

 住人はヨーロッパの片田舎で見られるような、素朴な衣服を身に着けた者が多かったが、貴族だろうか、軍服のような上着を着て胸に飾りをつけた者の姿も見られた。

 

「まさか、あれが学校だって言うんじゃないでしょうね?」


 めったに口を開かない前田という女子生徒が、両目が隠れる長い前髪の隙間から、目の前に広がる建物を見て、呆れたように言った。 

 大通りを歩いてきた生徒たちの前に広がっていたのは、レンガのような茶色の素材でできた低い壁の連なりと、その向こうに見える大きな建物だった。

 建物の周囲には木々が植えられており、この世界ではあまり見ない、ガラスのような窓が朝の光を反射してキラキラと輝いていた。


 ここまで生徒たちを案内してきたのは、プリンスの騎士五人だ。 

 魔術学院の場所については、彼らが以前この地を訪れた時に確認していた。


「さあ、みなさん、何をためらっているの?

 中へ入らなきゃ」


 巨大な正門の前で立どまっていた異世界科の生徒たちを、白騎士がうながし中へと入る。

 

「ようこそ、アーケナン魔術学院へ」


 白いローブを着た女性が姿を現した。三十台と思えるその女性は、ブロンドの髪を頭の上でまとめていた。


「初めまして、私はこの学院で教師をしておりますマチルダです。

 今日は、学院長から当校を案内するよう申しつかっています。

 施設を見てもらうだけでなく、授業も体験していただく予定です」


「「「おおー!」」」


 最初、学院の偉容に呑まれていた異世界科の生徒たちだが、ようやくいつもの調子が戻ってきたようだ。

 彼らは、マチルダに案内され、校舎の中へ入っていった。 


 ◇


 二階にある魔術科二回生の教室に案内され異世界科クラスの生徒たちは、教室の横と後ろに並び、授業を見学していた。

 

「今日は、水魔術について学びましょう」


 教壇に立ったマチルダが、授業を始める。


「四属性のうち最も唱えやすいと言われている水魔術ですが、熟練すれば非常に強力なスキルが多いのです。

 偉大な魔術師であるヴォーモーンも、次のような言葉を残しています。


   『魔術は水に始まり水に終わる』


 みなさん、一回生の時、セラス先生から水魔術の実技を習ったと思います。

 二回生では、さらに高度な水魔術を習います。

 目標は、氷魔術です」


 学院生からどよめきが起こる。

 マチルダが言葉を続けた。


「もちろん、氷魔術までたどり着くのは、並大抵のことではありません。

 まずは、創れる水玉を少しでも大きくすること、そして、それを自在に動かすことができるようになってください」


 マチルダが手を二つ叩くと、学院の生徒たちが机の上に小型魔法杖ワンドとタライのようなものをとり出した。


「では、まず、その容器に半分の水を出しましょう」


「「「水の力、我に従え!」」」


 ワンドを手にした生徒たちが、水魔術の詠唱を始める。

 異世界科の生徒たち、特に『魔術師』に覚醒した者にとって、それはとても刺激的な光景だった。


 学院の生徒たちが次々に水玉を創りだす。

 中には、バレーボールほどの水玉で、一気に水を溜める者もいた。

 

「はい、ドロシーさん、素晴らしいですよ。

 ジーナさんは、ワンドの持ち方に気をつけて」

   

 マチルダは各机をまわり、生徒たちにアドバイスをしている。

 そんな中、一人だけ動かない生徒がいた。


「翔太様は、どうして練習しないのかしら」

「水魔術は得意だったはずだけど」

「プリンスの魔術が見られると思ったのに……」


 見学している異世界科の生徒たちからそんな声が聞こえてきた。

 マチルダが、再び手を叩く。


「はい、そこまでです。

 まだ水が半分に満たない人は、しっかり練習しておきましょう。

 プリンス、模範実技をお願いします」


 マチルダの声で、翔太が教壇に立った。

 

「キャー、翔太様ー!」

「プリンス~!」

「がんばってー!」


 学院の生徒からも、異世界科の生徒からも、黄色い声援が飛ぶ。

 目を閉じた翔太がゆっくり腕を広げる。

 生徒たちは、固唾をのんでそれを見まもった。

 

 翔太は広げた両手を止めると、握っていた両手をそっと開いた。

 二十人ほどいる学院生の前に、テニスボール大の水玉が一つずつ浮いた。

 異世界科の生徒たち、特に『魔術師』となった生徒たちは、驚きの声を上げたが、学院生は黙ってその水玉を見つめている。

 広げていた腕を、翔太がじわじわ下げると、水玉がゆっくりと容器中に降りた。


 まず、学院生が拍手し、それに異世界科の生徒たちが続いた。

 しかし、異世界科の生徒たちは、まだ翔太の凄さが分かったとは言えなかった。


「プリンス、素晴らしい模範演技ありがとうございました。

 水魔術だけでなく、氷魔術の実演でした」


 異世界科の生徒たちの顔に「アレ?」という表情が浮かぶ。

 

「氷魔術?」

「翔太様、そんなことしたっけ?」

「うーん、してないと思う」


 ざわついている異世界科の生徒たちを見て、学院の女子生徒が容器を持って立ちあがる。

 彼女は、水が入った容器を両手で掲げ、異世界科生徒の所へ持っていった。

 容器をのぞきこんだ生徒たちが驚きの声を上げる。


「「「ああっ!」」」


 容器の水には、氷のボールが浮かんでいた。


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