第20話 ミーティング


 異世界科の生徒たちが、自由行動を返上してまで、自分の職業について学んだ日の夕方。

 大和の発案で、生徒たちのミーティングが開れることになった。 

 そこには、今日一日で手に入れた情報を全員で共有しようという狙いがあった。

 迎賓館の広間で食事を終えた生徒たちは、夕方になって外出から帰ってきた林と聡子に案内され、教師が使っている部屋に集まった。


「な、なにこの部屋!?」


 部屋の中を見まわした女子生徒が驚きの声を上げる。

 このスイートルームは、大小二つの個室に加え、広い共有部分、専用の浴室などがついており、普通は国賓が利用する。

 翔太や『初めの四人』が異世界に来たばかりの頃、利用した部屋だ。


「ホントだね、この部屋どうなってるんだろう!

 自分が使ってる部屋でも、凄く豪華だと思ってたのに」


 部屋があまりにゴージャスなので、三宅は呆れているようだ。

 緻密に編まれたタペストリー、ふかふかの絨毯、芸術性の高い家具。

 いずれも、最高の職人が丹精込めて磨きあげた作品だ。


「みんな、ここを使ってちょうだい」


 聡子が指さしたのは、書斎コーナー前の共有スペースだ。そこからは、革の背表紙が並ぶ書斎の書棚が見える。

 三段ほど上がった位置に書斎コーナーがあるから、その階段に大和が座り、その前にぐるりと生徒たちが座った。


「では、ミーティングを発案した俺から、今日あった訓練の様子を伝えるぞ」


 大和は、『やすらぎの家』の庭で白騎士、黒騎士に訓練してもらった様子を話した。


「俺が覚醒した『拳闘士』には、上位職の『魔闘士』ってのがあるらしいんだが、百年以上、誰もなった者がいないらしい」


「ふーん、『魔闘士』ねえ。

 かなりキツイ練習だったみたいだね。

 ところで、『やすらぎの家』ってシローさんの家でしょ?

 どんな家だったの?

 ナルちゃん、メルちゃんには会えた?」


 女子生徒の質問に、大和が答える。

 

「馬鹿でかいというか、森林公園の中に家がある感じだな。

 大きな木に埋もれるように、いくつかの建物が建ってるんだ」


「うーん、ちょっと想像がつかないわねえ」


 生徒たちがみな首を傾げている。


「練習の後、すごく大きな温泉風呂に入ったよ」 


 小西の言葉に、温泉好きの女子生徒が飛びついた。


「温泉!

 いいなあ、入ってみたい!」


「俺たち、リーヴァスさんと一緒にギルドの温泉風呂に入ったぞ!」


 ギルドで『剣士』の訓練を受けた男子生徒が、思わず自慢してしまう。


「おい、あそこの風呂が温泉だってことは、秘密にしろって言われてるだろう!」


 突っこまれた生徒が青くなる。


「やべえ!

 みんな、今のは聞かなかったことにしてくれ」


「えーっ!

 そんな羨ましいこと、聞かなかったことになんかできるわけないでしょ!

 私もリーヴァス様とお風呂したいなあ!」


「おい、混浴希望かよ!」


「水着を着ればいいでしょ、フン!」


 大和が混乱した会話を元に戻す。


「じゃあ、次は『剣士』にバトンを渡すぞ」


 ギルドで訓練した生徒たちが、一人の方を向く。


「えっ!?」


 注目された原田少年が、ぎょっとした表情になる。


「原田、話は任せたぞ!」

「そうだ、お前しかいない」

「私もそう思うわ」


 生徒に押しだされるように、原田が書斎コーナーへの階段に座る。

 

「……」


 みんなから祭りあげられるような体験は初めてだから、原田は言葉が出てこないようだ。


「原田君、練習した事をそのまま話せばいいんだよ」


 彼と一緒にギルドで『剣士』の訓練を受けた女子が、励ますように声を掛ける。


「……え、ええと、ボクたちは、ギルドの訓練場で『剣士』としての練習をしました」


 原田は、なんとか話しはじめることができたようだ。


「先生はリーヴァスさんでした」


「うわっ!

 私、『剣士』に覚醒すればよかった!」

「あんた、魔術覚えてチョー喜んでたじゃないの」

「ま、まあそうだけど」


 生徒たちのざわつきが収まると、原田が言葉を続けた。


「木の剣、木剣ぼっけんと言うらしいんだけど、それを使って型の練習をしたよ」


「へえ、どんな型だ?」


『魔術師』の男子から声が飛ぶ。

 原田が戸惑っていると、『剣士』の男子が助け舟をだした。


「原田、剣を持ったつもりで、型を見せたらいいんじゃね?」


「そ、そうかな。

 やってみようか」


 恥ずかしそうに立ちあがった原田が、構えをとる。

 滑らかな一連の動きで、剣を突きだし、残身まできっちり決めた。


「「「おおー!」」」


 生徒たちは、運動音痴と思っていた彼が予想以上の動きをしたので、本当に驚いている。


「やるな!」

「凄いね!」


 武術の心得がある大和と小西も、見事な技に感心しているようだ。

 原田は、なおも恥ずかしそうな態度で元いた場所に座った。


「じゃあ、次は私たち『魔術師』ね」


 学級委員長の宇部が前に出る。

 彼女は立ったまま、右手を前に伸ばした。


「水の力、我に従え!」


 宇部の手に、水玉が浮かぶ。

 それはピンポン玉ほどの大きさがあった。


「えっ!?」


 思っていたより大きな水玉に、自分で驚いた宇部が声を上げると、手から水玉が落ちる。

 あらかじめ、それを予測していたのか、『魔術師』の男子が、ハンカチでそれを受けとめた。

 

「「「おおー!」」」


 水魔術に対する歓声か、男子のファインプレーに対する歓声か、分からなくなったが、とにかく生徒たちに受けたようだ。


「あんなに大きな水玉ができるなんて思ってなくて、ホント驚いちゃった」


 そう言う宇部に、『剣士』の女子が質問する。


「凄いね!

 先生は誰だったの?」


「翔太様よ」


「えっ?

 もう一度言って」


「翔太様が、魔術を教えてくれたの」


「「「……」」」


『魔術師』以外の生徒から、羨望と非難の目が宇部に向けられる。


「ずるい!

 私も翔太様から教わりたかったー!」

「私も、リーヴァス様から教わりたかったわよ!」


 宇部と『剣士』の女子、二人の少女がにらみ合う。


「ま、まあまあ、二人とも落ちついて。

 さあ、次は白神さんの番だよ。

 お願いね」


 苦労人の小西が、場を取りもとうとする。

 白神が階段に座ると、さすがに女子二人のにらみ合いは終わった。


「私が覚醒したのは、みんなも知っての通り、『賢者の卵:知者』だよ。

 先生は、驚くなかれ、猫賢者様だよ!」


 白神は鼻息荒く告げたが、生徒たちはキョトンとした顔をしている。


「ええと、ネコなんとかって誰?」


 そう言った小西に、白神が馬鹿にしたような視線を送る。


「去年、シローさんの家族が特別授業してくれたとき、コルナさんとポル君が猫賢者様の話をしてたじゃない」


「ええと、半年以上前だから忘れちゃった」


 白神が、まるで幽霊でも見たかのような顔をする。


「し、信じられない!

 あの猫賢者様の事を忘れてるなんて!」


 異世界マニアの白神にしてみれば、小西の発言は許せなかったのだろう。


「ご、ごめん!

 とにかく、何をしたか教えてよ」


 突きだした両手をひらひら振りながら、小西がそう言った。


「……異世界クラブの部長のあんたには、副部長として後で言いたいことがあるから。

 私の訓練は、先生と話すことだったよ」


「先生って、ネコの賢者?」


 女子生徒からの茶々に、白神は冷静に対処した。


「猫賢者様だよ。

 本当にためになる話だったの。

 あと、私、猫賢者様の弟子になったから」


「「「……」」」


 猫賢者が誰かさえおぼつかない生徒たちには、白神の話が伝わってこない。


「もういいわ!

 私の話は以上よ!」


 機嫌を損ねた白神が座ると、横に座る親友の三宅が彼女の肩に手をのせ慰める。


「最後、三宅さんどうぞ」


 小西の言葉で、三宅が慌てて立ちあがる。

 彼女の左手には小型魔法杖ワンド、右手には小型のキャンバスがあった。


「ええと、私の職業『写生師』は、初めてのものみたいだから、どんなスキルがあるかコルナさんと一緒に検証しました」


 そう言いながら、三宅は左端に黒猫が描かれたキャンバスをみんなに見せる。  


「黒猫の絵だね」


 小西の説明は身もふたもない。


「だけど、その猫、まるで生きてるみたいね」


 三宅の絵を見慣れている白神が、その違いに気づいた。


「見ててね」


 三宅の持ったワンドの先が、黒猫の絵に触れる。

 そのとたん、黒猫がイキイキと動きだした。

 猫はキャンバスの右端から外へ消えたかと思うと、左端から現れる。

 何かを追うような仕草でジャンプすると、キャンバスの上へ消え、下から現れた。


「「「スゲー!」」」


 生徒たちの声が揃う。


「おい、それホントに絵なのか?」


 大和の疑問はもっともだ。


「ええ、間違いなく私が描いた絵よ」


「高く売れそうね」


 白神がそんなことを言った。


「ええと、これ、もう売れてるの」


「「「ええっ!?」」」


「誰が買ったの?」


 白神が驚いた顔で尋ねる。


「ええと、『ポンポコ商会』だよ。

 シローさんの会社だね」


「「「スゲー!」」」


 生徒たちの声には驚きと羨望が混ざっていた。

  

「明日は、いよいよ魔術学院訪問だね」

「楽しみー!」

「どんな服を着ていこうかしら」

「馬鹿ね、制服って指定があったでしょ」

「私、『剣士』だから、騎士学校にしてほしかったなあ」

「あんた、知らないの?

 魔術学院には、翔太様が通ってるのよ」

「えっ!

 うわっ、絶対魔術学院で正解!」


 生徒たちのミーティングは、林から声が掛かるまで続いた。

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