第19話 職業指導『賢者の卵:知者』


 少し時間はさかのぼり、ここは王城の迎賓館。

 一人だけ部屋に残っていた白神をメイドが呼びにくる。


「どうぞこちらに」


 白神が案内されたのは、この世界に転移したとき現れた城内の森だった。

 噴水横のベンチに座らされた彼女が辺りをぼうっと眺めていると、目の前にいきなりシローが現れた。

 彼の後ろには、小柄な人物が立っている。その人物は、長い木の杖を持ち、白いローブに身を包んでいた。


「白神の妹さんだよね。

 ステキな職業クラスへの覚醒おめでとう。

 君には、特別に会って欲しい方がいるんだ。

 紹介するよ。

 こちら――」


 シローの説明は、白神の大声でさえぎられた。


「猫賢者様!!

 もしかして、猫賢者様ですか!?」


 白神の剣幕に押され、シローがタジタジとなる。


「シラカミ殿か?

 その通り、私が猫賢者じゃ。ニャ」


 長く白いあごヒゲを生やした猫賢者が、軽く頭を下げる。


「きゃーっ、『ニャ』を生で聞けたーっ!

 生きててよかったー!

 もう最高ーっ!」


「「……」」


 シローと猫賢者は、白神の反応に呆れている。

 猫賢者に近より、その全身をジロジロ見はじめた彼女に、シローから待ったがかかる。


「白神さん、賢者様から少し離れて。

 あそこで座りましょう」


 シローが、噴水の近くにある東屋を指さす。

 この東屋は石造りに見えるが、彼が土魔術で造ったものだ。

 白神は、スキップしながら、そちらに向かった。

 残されたシローと猫賢者は、顔を見合わせ苦笑いした。


 ◇


 東屋でベンチに座った白神は、マシンガンのように質問を繰りだした。


「お尻に敷いてるこのクッション、なんか凄い素材入ってません?」

「猫賢者様の服って、特別な素材で織られてますよね!」

「猫人族の寿命ってどのくらいですか?」

「このお茶って、エルファリア産のものですか?」

「猫賢者様ってグレイル世界出身ですよね?」


 質問に答えようにも、その隙間がない。


「白神さん、質問は一つずつ。

 いいですね?」


 シローにしては珍しく、強い口調でそう言ったのは、彼が白神の態度に対して少しイラついたからかもしれない。


「分かりました。

 私の事は、リンコって読んでください」


「分かったよ。

 おや、コルナからの呼びだしか。

 俺はちょっと席を外すけど、猫賢者様とお話ししてごらん」


「はい!」


 ◇


 猫賢者と二人だけになると、白神は頭を下げた。


「ごめんなさい。

 私、異世界のことになると、色々知りたくて。

 どうしても止まらなくなっちゃうんです」


「ほほほ、よいことじゃよ。

 じゃからこそ、その職業クラスに覚醒したのではないか。ニャ」


 言葉の語尾にピクリと反応しかけた白神だが、なんとか衝動を抑えたようだ。


「あのー、猫賢者様は、『賢者』という職業なんですよね」


「そうだ。ニャ」


「私のは『賢者の卵:知者』という職業なんですが、どこが違うんですか?」


「それをお前さんに伝えるのが今日、ワシがここへ来た目的だよ。

 ワシらが持つ『賢者』という職業だが、これは少しばかり珍しいものでな」


「どう珍しいんですか?」


「職業が成長するのだよ」


「職業が……成長?」


「その通り。

 ワシの場合、『賢者の卵:知者』から『賢者の弟子:智者』、そして『賢者』へと変化した。ニャ」


「すっ、凄い!

 どうすれば、二番目の職業に成長できるのですか?」


「それは簡単なのだよ。

 真の意味で、賢者の弟子になればよい。ニャ」


「なーんだ、簡単なんですね。

 じゃあ、私を弟子にしてください!」 


「ホホホ、シロー殿が言うておった通り、面白い子よ。

 知ることに、ためらいがないの。ニャ。

 よかろう、弟子にしよう」


 猫賢者の弟子となるのがどれほど特別なことか、白神にはその自覚がなかった。

 

「これで、晴れて私も、『智者』ですね!」


「これこれ、早まるでない。

 先ほどワシはどう言うたかの?」


「ええと、『真の意味で賢者の弟子になればよい。ニャ』ですね?」


 猫賢者の目がキラリと光った。


「ほう、一字一句、そのまま覚えておったか。

 まあ、『ニャ』は余分じゃが。ニャ」


 それを聞いて普通なら笑うところだろうが、白神は真剣そのものだった。


「どうすれば、真の意味で弟子になれますか?」


「ほほほ、それを自分で考えるのが修行だのう」


「えっ!?

 修行?」


「そうだよ。

 賢者への道は、修行の果てにある。ニャ」


「よーし、では、修行しちゃいますよー!」


 白神は両手を握りしめ、気合いを入れる。

 小柄な彼女がそうすると、どこか小動物のような雰囲気があり、可愛かった。


「ほほほ、よいよい。

 まず、弟子になった記念に、この菓子を食べようではないか」


 テーブルの上には、シローが置いていった、お茶とケーキがある。

 さっそくケーキを食べはじめた白神に、猫賢者が問いかける。


「それはどこのモノか分かるかな?」


「えっ!?

 シローさんが出してくれたものだから、地球から持ってきたんじゃないですか?」


「果たしてそうかの?

 では、地球のどこから持ってきたのかの?」


「ええと、クリームやバターは、元が牛乳のはずだから、北海道かな?」


「ホッカイドウとは初耳じゃが、地球世界の地名かの?」


「はい、そうです。

 私が住んでる国、日本にある地名です」


「では、ホッカイドウのどこかの?」


「ええと、酪農が盛んな地域はどこだっけ?」


「それにこの赤い実はイチゴと言うのじゃろう?

 これはどこから来たのかの?」


「ええと、イチゴはどこが有名だっけ?

 静岡?」


「リンコ、知るにもいろいろあっての。

 名前だけ知るのも、その由来まで知るのも『知る』じゃ」


「なるほど、どこから来たか、それを調べればいいんですね?」


「ほほほ、早合点するでない。

 ワシが言いたいのは、『知る』までの過程が大事だということなのだ」


「……」


「それに、先ほどワシは『それはどこのモノか分かるかな?』と、問わなかったか?」


「……はい、確かにそう尋ねられました」


「リンコは、どうしてこの菓子のことを答えたかの?」


「えっ?

 でも、ケーキについて尋ねられたかと思ったから……」


「それは、お前さんが食べたいと思うておったからではないか?

 そのカップや皿がどこから来たか、どうして、それに考えが至らなかったのだ?」


「……」


「分かったであろう。

 我々は、この世にある現象のほんの一部しか見ておらぬ。

 視野が狭いのだ。

 まずはそれを広げてみよ」


「……凄い。

 猫賢者様の言うとおりだわ。

 私、視野が広げられるように頑張ってみます」


「お互い、賢者の道を歩む者。

 分からないことがあれば、なんでも尋ねなさい」


「でも、私、もう少ししたら、地球世界に帰っちゃうんです」


「ほほほ、シロー殿なら、きっと何とかしてくれるであろう」


「そんなことができるでしょうか?」


「ふむ、リンコは、兄上がシロー殿のご友人であったな。

 関係が近いからこそ、シロー殿の姿はなかなか見えてこんよ」


「そ、そうなんですか?」


「彼がどんな人物か、それが見えてきたなら、リンコはすでに『智者』だろうて」


「分かりました!

 シローさんをしっかり見てみます!」


「ほほほ、よい意気込みじゃな。

 せっかくなので、もう一つヒントをやろうかの。

 シロー殿の家には、神樹様がいらっしゃる。

 てん殿に頼み、念話しておくとよいだろう」


 異世界について知りたいという気持ちで、ここまでつっ走ってきた白神だったが、『賢者』というはっきりした目標ができたことで、情熱はさらに高まった。


「猫賢者様、今日は、初めて会った私に心からのご指導をたまわり、本当にありがとうございます」


「ほほほ、リンコは、感謝の気持ちが持てるようだのう。

 それを大切にするのだよ。

 感謝の心は賢者への近道だ。ニャ」


 猫賢の言葉は、最後のところでどこか締まらなくなってしまったが、白神の表情は真剣そのものだった。


「はい、そういたします、先生」


 白神の口から、自然に「先生」という言葉が出る。

 噴水の水音と小鳥の鳴き声に包まれ、冷めてしまったお茶をゆっくり味わう二人だった。

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