第18話 職業指導『拳闘士』『写生師』

 

 異世界科生徒の内、『拳闘士』に覚醒した大和少年と小西少年、そして、『写生師』に覚醒した少女、三宅は、黒騎士と白騎士に案内され、城からある場所までやって来た。


「ここ、なんの施設です?」


 学生服姿の小西が尋ねたのも無理はない。

 街の一区画全部を個人が所有しているなど、普通は考えないからだ。


「あ~ら小西ちゃん、ここはリーダー……じゃなかった、シローちゃんの家よ」


 薄い灰色のスーツを着こなした、白騎士が口ひげを撫でながらそう答える。


「「「えええっ!」」」


 小西、三宅、大和の三人が、声に出して驚く。

 大木に囲まれた公園のような場所が、まさかシローの家だとは思いもしなかったのだ。


「あそこ、シローさんが住んでる」


 黒騎士が指さしたのは、木々の隙間から見えている、三階建ての建造物だ。

 

「あれ、鉄筋コンクリートか?

 いや、どうも違うな」


 三階部分から出た、太いパイプのようなものが、建物に巻きついている。

 建築家志望の大和が家の造りを分析するが、彼の知識には当てはまるものが無かった。

 

「あの家、シローちゃんが魔術で造ったらしいわよ」


「「「ええーっ!」」」


 白騎士の説明を聞き、再び三人が驚きの声を上げた。


 ◇


 玄関に出てきたルルに案内され、小西と大和は広い庭にやって来た。


「おい、ここ、本当に個人の住居なのか?!

 サッカーコートより広いぞ、この庭」


 大和が呆れるのも無理はない。実際にサッカーコート以上の広さがある庭は、芝に似た草に覆われ、まるでエメラルド色をした絨毯じゅうたんのようだ。


「さあ、それじゃあ、練習をはじめるわよ。

 二人とも、『拳闘士』に覚醒したのよね。

 実は私も『拳闘士』なの。

 でも、最初は、彼女に相手をしてもらうわ」


 そう言って白騎士が後ろへ下がり、黒騎士が前に出る。


「あなたの力とスピード、上がってるから気をつけて」


 短くアドバイスした黒騎士が、まず大和を相手にする。


「大和ちゃん、本気で掛かってもいいわよ」


「え、でも……」


 黒騎士が華奢な女性に見えるので、大和は白騎士からのアドバイスに、二の足を踏んだ。


「油断」


 黒騎士の声が聞こえた時、すでに大和は青空を見ていた。

 少し間をおいて、彼は、自分が一瞬で投げられたのだと気づいた。

 すぐに立ちあがり、空手の構えで黒騎士に向きあう。


「せいっ!」


 スキが見えたと思い、突きだした右手がくうを切る。

 先ほどより強く地面に叩きつけられ、肺の空気が吐きだされる。 

 強い。

 しかも、どのくらい強いかすら分からない。

 ここまできて、彼は、ようやく相手との力量差を自覚した。


「……」


 十五分後、草の上に横になり、荒い息をする大和少年の姿があった。


「大和ちゃんは、『拳闘士』の体にまだ慣れていないようね。

 次は、小西ちゃん、どうぞ。

 思いきっていくのよ」


 白騎士から声を掛けられ、小西少年がはきはき答えた。


「はい!」


 小西と黒騎士の練習は、大和の時とまるで違っていた。

 大和が「動」なら小西は「静」だ。

 黒騎士と小西は、自然体で立ったまま、二人とも動かなかった。

 十五分ほども、そうしていただろうか。

 先に仕掛けたのは、小西だった。


 二人の体が交錯し、一人の体が宙を舞った。  

 立っていたのは黒騎士だった。

 しかし、汗の滴るその顔に余裕はなかった。


「凄く強くなってる」


 同じ合気道の道場で、先輩後輩の間柄でもある、黒騎士と小西は、今まで何度も組み手をしたことがある。

 覚醒して身体能力が上がった小西は、もし彼がそれに慣れていたなら黒騎士を凌駕していたかもしれない。   


「小西ちゃんは、私が相手するわ」


 白騎士が黒騎士と入れかわる。


「さあ、掛かってきなさい」


 小西、大和、二人の訓練は、まだ始まったばかりだ。


 ◇


「うーん、なんだろうね、これ?」


 シローとルルが所有する敷地内には、家族が住む『くつろぎの家』とゲスト用の『やすらぎの家』がある。

 ここは、『やすらぎの家』の広いラウンジの一角だ。

 神樹と草花が見えるテーブルに、『写生師』に覚醒した三宅と、それを指導するコルナの姿があった。


 二人は絵を描く練習をしているのだが、三宅の引く線が全て二重になるという奇妙な現象が起きている。

 三宅は地球から持ってきたキャンバスに黒いチョークで線を引いているのだが、その線に重なるように、銀色の線が引かれるのだ。


「あっ?

 三宅さん、これ、銀色の方が、形を捉えていると思わない?」


 コルナが何かに気づいたようだ。


「ホントです!

 コルナさんが言うとおりです!」


 練習を始めた時は、コルナの三角耳が気になって仕方なかった三宅だが、今は描くことに集中している。

 

「あれならどうかしら?

 ちょっと待ってて!」


 ラウンジを出ていったコルナが、五分もせず帰ってくる。

 その手には、指揮棒を少し太くしたような小型魔法杖ワンドがあった。

 

「三宅さん、絵を描くつもりで、これで紙をなぞってみて。

 強く押しつけないでね」


「わ、分かりました」


 筆記具と言うには長いワンドを持った三宅が、その先端をキャンバスに滑らせる。

 すると滑らかな銀色の線が引かれた。


「「おー!」」


 思わず、二人から同じ声が上がる。


「あ、ちょうどいいわ。

 彼を描いたらどう?」


 コルナが窓の外を指さす。

 そこには、神樹の根元をのんびり散歩する小さな黒猫ノワールがいた。

 可愛いモノに目がない三宅は、コルナに言われるより先に、自然と手を動かしていた。


 白いキャンバスに、淀みなく銀色の線が引かれていく。

 そして、その線が猫の形に閉じた瞬間、驚くべきことが起きた。

 銀色の線で囲まれた猫に色が着いたのだ。

 しかも、それは本物のノワールが持つ、黒い毛の艶まで表現している。

 そして、その絵がまるで生きているかのように、滑らかに動いている!

 それは、まさに、今しがたノワールが見せた動きだった。

 

「ど、どういうこと!?」


 ガタリと椅子を鳴らし、コルナが立ちあがる。


「……」


 ただ、なんといっても一番驚いたのは、絵を描いた本人だ。

 三宅は右手にワンドを持ったまま、目と口を大きく開け動かなくなっている。

 その間にも、本物のノワールが動くと、キャンバス上の「ノワール」も同じ動きをなぞっている。


「あっ!」


 キャンバスの右端からはみ出した、絵のノワールが左端から現れる。

 本物が虫か何かを見つけジャンプすると、絵の方も同じようにジャンプした。そして、キャンバスの上から飛びだし下から現れる。


「シロー、ちょっと聞いて!」


 コルナが誰もいない空間に向け、話しかける。

 本来、念話は口にしなくても通じるのだが、あまりの出来事に、彼女はそれを忘れているらしい。


 コルナの念話からそれほど待たず、シローが姿を現した。

 キャンバスに描かれた黒猫の絵は動きを停めていたが、三宅がワンドの先で軽くそれに触れると、また動きだした。

 絵の黒猫は先ほどと全く同じ動きをなぞり、やがてピタリと停まる。


「これ、アニメそのものじゃない?

 三宅さん、絵の黒猫に違う動きをさせられる?」


 シローは、興味深そうに動く絵を見ている。  


「ええと、ちょっと無理みたいです」


「そうか。

 もしかすると、レベルが上がれば、そんな事もできるかもね。

 コルナ、君が魔力を加えても絵は動くの?」


「やってみるね……あっ、動いた!」


「こりゃ、凄いことになったなあ」


「お兄ちゃん、何が凄いの?

 絵が動くのは、そりゃ凄いと思うけど……」


「魔力がある人なら動かせるとすると、これ売れると思わない?」


「ああっ!」


 コルナもそれに気づいたようだ。


『(・ω・)ノ ご主人様、またあくどい商売するつもりですね?』

 

「いや、点ちゃん、良心的な商売ですよ」


「いくらくらいで売るつもりなの?」


 コルナが、疑わしそうな流し目をシローに送る。


「うーん、そうだねえ、

 この絵一枚で、金貨十枚かなあ。

 絵本の形にするなら金貨百枚でいくかな」


「ええと、シローさん、金貨十枚、百枚って?」


 自分そっちのけで進んでいた話に、当人の三宅が割りこむ。


「日本円にすると、一千万、一億だね。

 いや、地球世界なら、もっと高くても売れる。

 その十倍でも大丈夫だろう」


 あまりの事に、三宅は目を白黒させている。


「ええと、そうということで、三宅さん、さっそく我が『ポンポコ商会』と専属契約を結びましょう」


 バシッ!

 

 ここまで来ると、さすがにコルナがシローの後ろ頭を叩く。


「お兄ちゃん!

 やり過ぎ!」


『(*'▽') コルナさん、ナイス突っこみ!』


「えー?

 なんで?

 とにかく、三宅さん、専属契約のこと考えておいて」


「はあー、お兄ちゃん、どこまでも本気なんだね」

『( ̄▽ ̄) 呆れるほかありませんねえ』


「えっ?

 えっ?」


 事態が呑みこめない三宅は、キョドキョドした動きを見せている。


「さあ、お兄ちゃんはほっといて、お茶でも飲みましょう」


 コルナが三宅の手を引き、ラウンジから出ていく。

 二人の姿が消えると、シローが点ちゃんに話しかける。


「利益配分は、ウチとあの子で、ハチニイくらいでいいかな?」


『(; ・`д・´) いい加減にしろーっ!』

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