第17話 職業指導『魔術師』 


 迎賓館の一室に集められた十二人の生徒たちは、『魔術師』に覚醒した生徒たちだ。


「ええっ!

 先生って……」 


 宇部学級委員長の驚いた声に続き、残りの生徒たちが声を合わせた。


「「「翔太様!」」」

 

 テーブルに着いた生徒たちの前に現れたのは、プリンス翔太だった。

 彼の後ろには、桃騎士、黄騎士、緑騎士の三人が控えている。


「こんにちは。

 ボクのことはご存じのようですね。

 魔術師になったみなさんに、ボクが魔術の基礎を紹介しますね」


「「「きゃーっ!」」」


 八人いる女子生徒が、悲鳴のような歓声を上げる。


「まず、それぞれの属性を伝えますね」


「翔太様、属性って何ですか?」


 男子生徒の一人が、さっそく知識不足を見せてしまう。


「ああ、そうでしたね。

 みなさん、魔術の事は、まだほとんど何も知らなかったんだ」


「そうなんです。

 今まで、異世界の文化概論の授業でした。

 魔術など各論ついては、来月から習う予定なんです」


 生徒を代表して、宇部が説明する。 


「へえ、異世界科って、なんだか面白そうですね!」


「えへへへ」

「うふふふ」

「ほほほほ」


 変な声を出しているものもいるようだが、生徒たちは、授業のことを褒められて嬉しそうだ。


「では、シローさん、お願いします」


「「「えっ?」」」


 生徒たちが驚いたのも無理はない。

 シローは、この訓練に参加していないのだ。

 そして、周囲の景色が一瞬で変わり、生徒たちが言葉も出ないほど驚く。


「……ここ、どこ?」


 十二人の生徒たちは、ドーム状の丘、その頂上にいた。足元は短い草に覆われており、丘の周囲は見渡す限り白い石柱が並んでいた。

 

「ここは、アリスト王国南西にある、センライという地域です。

 あの白い柱は、石灰岩だそうですよ。

 ボクも初めて見るんですけど、凄い風景ですよね!」


「しょ、翔太様、それより、私たち、どうやってここに?」


「あっ、説明するの忘れてました。

 シローさんが、瞬間移動でボクたちをここへ連れてきてくれたんですよ」


 翔太の言葉を聞いても、生徒たちはぼーっとしている。

 見かねた桃騎士が声を掛けた。


「みなさん、しっかりしてください。

 翔太様から、魔術を習うんでしょう?」


 それを聞いて、やっと生徒たちの硬直が解ける。


「翔太君、お願いします!」     

「魔術、楽しみだなあ!」

「私、魔術師になるのが夢だったの!」


 口々に騒ぎだした生徒たちに、翔太が声をかける。


「では、みなさんにどんな魔術適性があるか、ボクが調べてみますね」


 翔太はさりげなく言ったが、これは普通のことではない。

 本来、魔術の適性を見るには、専用の魔道具を使う。

 最初から属性を調べたりなどしないのだ。

 これは、マナが見える翔太だからこそできる芸当だ。

 

「あなたの属性は水、あなたは土、あなたは水、あなたは火ですね」 


 小さな先生は、生徒一人一人に魔術適性を告げていく。

 その結果は次のようなものだった。


 水 五名

 土 三名

 火 三名

 風 一名


「えーっ、俺、土かあ。

 なんか地味だなあ、火や風がかっこよかったのに」


 ぼやいた少年が、翔太に突っこまれる。


「ははは、土属性を残念がるなんてもったいないですよ。

 シローさんが得意なの、土魔術ですし。

 地球にあるシローさんの家、知ってるでしょ?

 あれ、シローさんが土魔術で建てたんですよ」


「ええっ!?

 凄い!

 俺、土魔術でよかった!」


 ついさっきまでがっかりしていた少年が、今は跳びあがって喜んでいる。


「それから、水、土、火、風という四つの属性なんですが、一つしか使えないっていうわけじゃないんですよ。

 さっきお伝えしたのは、あくまでも、一番使いやすい属性っていうだけですから」


「翔太君、いや、翔太先生は、どんな属性が使えるんですか?」


 目をキラキラさせた女子生徒が尋ねる。


「ええと、ここだけの話にして欲しいんですが、ボクは全部使えます。

 それと、他の人にスキルのことを尋ねるのはマナー違反なので、気をつけてください」


 本当は、聖魔術や闇魔術も使えるのだが、翔太はそれを秘密にしている。


「「「分かりました!」」」


 翔太に対し素直な生徒たちを見て、桃騎士、黄騎士、緑騎士の三人が微笑んでいる。


「では、実際に魔術を唱えてみましょう」


 こうして、翔太先生による魔術指導が始まった。


 ◇


 魔術詠唱の訓練は、まず、全員が水魔術の基礎中の基礎、水玉を創りだすところから始まった。 


「水の力、我に従え……だ、だめか」 


 宇部は人生始まって以来ともいえる挫折を体験していた。

 勉強もスポーツも、少し習っただけで人並み以上にこなしてきた彼女にとって、他の生徒が次々に水玉を創っていく中、自分が同じようにできないことでストレスが募るばかりだ。


実のところ、魔術杖を使わない詠唱は、宮廷魔術師でさえ簡単な事ではないのだが、先生役の翔太自身が杖を使わないから、そのことをすっかり忘れているようだ。


 途方に暮れた宇部は、草の上に仰向けに寝転がり、青空を行く雲を眺める。

 私、異世界まで来て何してるんだろう。

 彼女は、ぼんやりそんなことを考えていた。


「宇部さん、調子はどうですか?」


 すでに十二人全員の名前を覚えた翔太が、宇部に声を掛ける。


「え、ええ、まあまあ、かな?」


 本当は水玉ができる兆しすらないのに、宇部はそう答えた。


「ボク、最初は水玉ができなくて、苦労したんですよ」


 翔太のその言葉で、宇部は上半身を起こした。

 いつだったか、異世界科の教室で、彼が大きな水玉を自在に操っていたのを思いだしたのだ。


「嘘でしょ?

 翔太君、あんなに魔術が上手じゃない!」


「ははは、嘘じゃないです。

 本当に、なかなか水玉ができずに苦労したんですよ。

 シローさんが、『イメージを大切にしろ』ってアドバイスしてくれて、それでなんとかスランプを脱出したんです」


「えっ、本当に?」


「本当ですよ」


 翔太はにっこり微笑むと、その場を離れた。

 その小さな背中を見て、宇部は自分の考えちがいに気づいた。

 あんなに小さくても、一から順に積みあげたのね。

 イメージか。

 水玉ができるイメージをはっきりさせて、もう一度挑戦してみよう。

 いえ、もう一度じゃないわね。何度でも、できるまで挑戦するのよ。


 こうなると、宇部本来の負けず嫌いが闘志となって燃えあがった。

 右手を突きだし、はっきり水玉をイメージする。


「水の力、我に従え!」


 開いた右手の少し上に、ビー玉くらいの水玉が生まれた。


「やったーっ!」


 嬉しさのあまり、思わず飛びあがってしまう。

 いつもは感情を表に出さない宇部だが、今はそれを恥ずかしいと思わなかった。

 初めて魔術が成功して喜びあっている、生徒たちの輪に飛びこんでいく。


 先ほど宇部が寝ころんでいた場所に咲いている小さな白い花が、生徒たちを見守るように揺れていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る