第14話 生徒たちの覚醒


 十日の予定である修学旅行二日目。

 この日は、生徒たちにとって、待ちに待った行事がある。


『水盤の儀』 


 ここパンゲア世界では、十五歳で成人を迎えた者が覚醒をこころみる儀式だ。

 今のところ、地球世界からこの世界に来た者、特に黒髪を持つ者が高位の職業に覚醒すると知られている。

 それは、地球世界からこの世界への「道」がランダムポータルしかなかったことも関係があると推測されていた。

 だから、この日の『水盤の儀』は、宮廷魔術師はもちろん、数多くの魔術研究者にとっても注目の的だった。黒髪を持つ三十人もの人間が儀式を行うのは、史上初めての事なのだ。


 もはやアリスト王国にとって同盟国と言ってもよい西のマスケドニア王国、サザール湖を隔て北東に位置するキンベラ王国、そして南東に位置し魔術開発に熱心なソマリンド王国、それらの国が研究者をこの場に送りこんでいた。

 もちろん、タダではない。利権と引きかえにそれが許されたのだ。ソマリンド王国など、以前から争われていた国境地帯をアリスト王国が領有するのを認めたほどだ。


 そこまでして、各国がこの儀式に注目しているのは、『水盤の儀』の結果を意図的に操れるなら、大陸制覇も夢ではないからだ。何百人、何千人の勇者で攻めれば、落とせない国などないのだから。


 アリスト女王が前もってシローから知らされた報告には、『水盤の儀』の結果には干渉などできないとあった。けれども、彼女は、わざわざそれを他国に伝えることもしなかった。

 もしも、『水盤の儀』へ研究者を送ることで安くない対価を支払った国のトップが、そんなことを知ったなら、歯がみして悔しがったことだろう。


 儀式が行われる『王の間』では、なにくわぬ顔で各国の研究者を謁見する、女王の姿が見られた。

 体育館ほどある広間は、アリストの上級貴族や警備を担う騎士たちで混みあっている。


 やがて銅鑼の音が鳴ると、部屋の右後ろにある大扉が開き、異世界科の生徒たちがぞろぞろ入ってきた。

 先頭に立つ教師三人は、玉座の前まで来ると脇へ寄り、プリンスの騎士五人の後ろに控えた。

 生徒たちが全員片膝を床に着き、こうべを垂れると、筆頭宮廷魔術師であるハートンが、水盤を掲げ玉座の下に立った。


「では、始めよ」


 学級委員長である宇部が、制服のスカートをひるがえし立ちあがる。

 

「水盤に手をかざしなさい」


 ハートンの言葉で、少女が水盤へ手を伸ばす。

 水盤にたたえられた水が光ると、宙に白い文字が浮かびあがった。


「魔術師レベル30でございます」


 貴族たちから、その結果にどよめきが上がる。かなり良い覚醒のようだ。

 各国から派遣された研究者は、食いいるようにそれを見ている。

 儀式中は魔術の使用や筆記が禁じられているから、結果を聞きもらさないよう、それぞれが自分の両耳に手を当てている。

 それを目にした女王が、噴きだしそうな顔をしている。


 生徒たちは、次々に水盤に手をかざし、覚醒していった。 

 生徒たちの多くは、『剣士』や『魔術師』という一般的なクラスとなった。

 変わった所では、大和と小西が共に『拳闘士』、三宅が『写生士』となった。

 三宅の職業は、史上初めてのものだ。

 最後に白神が水盤に手をかざした。


「シロー様と同じ魔術師、魔術師、お願い!」


 目を閉じ、そんなことを祈るように言いながら、白神が手を盤上に伸ばした。

 水盤が、それまでにない光を放った。 

 

「こっ、これは!

 ……『賢者の卵:知者』です」


 光が落ちつき、浮かびあがった文字を読んだハートンが、驚きの声を上げる。

 

「「「おおーっ!」」」


 貴族や騎士たちから、歓声が上がった。

 ただし、研究者たちの表情には明らかに落胆の色が見てとれた。

 彼らは、『勇者』『聖騎士』『聖女』の誕生を期待していたのだ。

 その結果が出なかったことで、母国から降格の憂き目にあう者さえいるのだ。

 だが、中には気を取りなおし、白神に熱い視線を送る者もいた。


 ◇


 無事『水盤の儀』も終わり、広間から人が消える。

 ただ、通常の儀式と違い、なぜか玉座下に置かれた台の上に水盤が放置されたままだった。

 湖に臨む窓から、体にぴったり密着した迷彩服を着た人物が、ひらりと室内に入ってくる。

 目以外を覆うマスクを着けたその姿は、アメリカンコミックに登場するヒーローを思わせた。

 この人物が装着したゴーグルは、千時間の録画録音が可能なカメラに連動している。


 侵入者は、周囲を警戒しながら中腰で素早く動き、水盤まであと少しのところまでたどり着いた。

 しかし、そこで無様にも尻モチを着いてしまう。

 見えない壁にぶつかったのだ。

 彼あるいは彼女は手を伸ばし、そこにある透明な何かに触れた。

 腰のナイフで切りつける。

 

 キッ


 そんな音がして、ナイフは弾かれた。

 腰のポーチから、時限式の爆薬を取りだした侵入者が、それを透明な壁に着けようとする。

 しかし、壁はあまりにも滑らかで、粘土のような爆薬をとり着けることができなかった。

 仕方なく、透明な壁と床の境目に爆薬を設置する。

 タイマーをセットして部屋の隅に下がる。


 ところが、いくら待っても爆薬が発火しない。

 近よってみると、タイマーは確かに「00:00」を表示している。

 

「えーと、その爆薬ですが、ただの粘土と置きかえておきました」


 背後でのんびりした声がする。

 ばっと立ちあがった侵入者が、後ろを振りかえる。

 その手に握られた銃は、目の前に立つ青年の胸に向けられていた。


「リンダ先生、ご苦労様。

 その壁は、たとえその爆薬が正常でも、破壊などできませんよ」


 いつもどおりぼうっとした表情の青年は、向けられた銃が怖くないのか、左肩に乗せた白猫を撫でていた。

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