第15話 願い



 ゴーグルを左手で外したリンダは、マスクをアゴの下まで降ろした。


「う、動くなっ!」


 そう叫ぶリンダの右手から、音もなく銃が消える。

 

「林先生、聡子先生、入ってきてください」


 シローの声で、今この時、リンダが最も会いたくない二人が扉を開け広間に入ってくる。

 

「や、やめて!

 こっちを、見ないで!」


 リンダが顔の前に両手を広げるが、そんなもので彼女の姿が隠せるわけもない。


「リンダ先生、その姿は?

 シロー、こりゃどういうことだ?」


 黙ってうつむくリンダを横目に、シローはハッキリ答えた。


「リンダさんは、アメリカから送りこまれたエージェントだったんですよ」


「シロー君、エージェントって……」


「聡子先生、そうです、スパイですよ」


「「……」」


 可能性としては考えていた事だが、こうしてありのままを見せつけられ、林と聡子は動揺していた。


「彼女の処分はお二人に任せる予定です。

 どうされますか?」


「どうするとは、どういう意味だ?」


「拘束して日本政府に突きだしてもいいですし、この地で騎士に任せてもいいでしょう。

 なんなら、俺が消しますよ」


「お、お前、何てことを!」


「そう言いますが、日本政府や騎士に任せれば、彼女、先生が想像できないほどひどい目にあいますよ」


「……だからといって、消すとはどういうことだ!

 殺すということだろうが!」


 林は、今にもシローに掴みかからんばかりだ。


「だから、お二人に任せると言ってるんです。

 彼女をどうしたいですか?」


「リンダ先生、いや、リンダさん、あんたが生徒に教える姿を見ていて、その情熱は本物だと思っていた。

 それは俺の間違いだったのか?」


 リンダに話しかける林の声は低く、まるで唸っているように聞こえた。

 少しの間、沈黙が続いたが、やがて血を吐くようなリンダの声が響いた。


「できるものなら、あなたのような教師になりたかった!

 でも、どうすればいいのよっ!

 私にはこうするしかなかったの!」


 石張りの床を叩く彼女の手が切れ、床が血で汚れた。

 さらに床に叩きつけられようとした、彼女の手を停めたのは聡子だった。

 彼女はハンカチでリンダの手を巻き、それでも血が止まらないのを見て、ためらいなく自分のスカートを破き、それを使った。


「教えている時のあなたは、生徒と正面から向きあっていたわ。

 あなたは教師になるべき人よ」


 手当てした手を握ったまま、聡子がかけた優しい言葉は、リンダを打ちのめしこそすれ、救いはしなかった。


「生徒を騙していた!

 私、生徒を騙していた――」


「甘えるなっ!」


 リンダの言葉を絶ちきったのは、林が初めて聞いた、シローの厳しい声だった。

 心の奥底につき刺さるような声に、思わずはっとシローを見たリンダが目にしたのは、この世のものとは思えない美しい顔だった。

 

「あなたに自分のこれからを決める権利などない。

 林先生と聡子先生が決めることだ」


 静かなシローの声に押されたように、リンダは床に伏せ、子供のように泣きじゃくりはじめた。

 

「シロー、なんとかなるのか?」


 林が話しかけたとき、シローはちょうど自分の顔を手で撫で、いつものぼうっとした表情に戻るところだった。


「シロー君、お願い!

 リンダ先生のこと、何とかしてあげて!」


 両手を合わせ、それを胸に当てた聡子が、シローに懇願する。


「林先生、聡子先生、お二人とも、彼女の人生を背負う覚悟がありますか?」


 シローの問いは、二人が予想しないものだった。


「ああ、あるとも!」

「ええ、もちろん!」


 林と聡子が同時に答える。

 

「……いいでしょう。

 後は俺に任せてください」


 シローが指を鳴らすと、リンダは床に倒れ動かなくなった。


「おいっ、シローっ!」


 林が叫ぶが、ぼうっとした顔の青年は落ちつきはらっていた。


「彼女、寝てるだけですよ」


 シローが指を鳴らすと、リンダの姿が一瞬で消えた。


「瞬間移動か。

 彼女をどこへやった?」


 林の表情は、まだ硬いままだ。


「今頃、自分のベッドで夢を見てますよ。

 それより、話していたように、これ、試してみてもらえます?」


 シローが指さしたのは、台に載った水盤だった。


「だが、二十五才過ぎると、覚醒しないんだろう?」

「ええ、私もそう聞いてるけど」


 林と聡子は、シローの提案に戸惑っているようだ。


「とにかく、ダメ元で手をかざしてみてくださいよ」


「まあ、お前がそこまで言うならやってみるけどな」


 林が水盤に手をかざすと、水が白く光った。

 その強さに、聡子が手で目を覆ったほどだ。

 

「やはり、出ましたね。

 先生が覚醒した職業クラスは、『導き手』です」


「ど、どういうことだ?

 なんで俺が覚醒するんだ!?」


「ええと、その説明は勘弁してください。

 それ知ると、先生、確実に命を狙われますよ」 


「な、なんだと……。

 せ、説明しなくていいぞ」


「了解です。

 では、聡子先生もどうぞ」


 また、水盤が白く光った。


「うおっ、まぶしい!」


 林が驚いている。


「ええと、はいはい、そうですよねえ。

 まったく、リア充はこれだから……」


 シローが、ぶつくさ言っているのを林が聞きとがめる。


「おい、リア充ってなんだよ。

 それより、聡子さんの職業は何だったんだ?」


「ふっ、『導き手』ですよ」


「おい、なんだその言い方は?

 聡子さんは俺と同じ職業なんだな」


「あ~あ、全く、リア充はこれだから。

 歴史上初の職業だと思います。

 ね」


「おい、シロー。

 お前、いい歳して、なにスネてるんだ?」


『(*'▽') ご主人様、スネてるー?』 

 

「ほら、点ちゃんも心配してるぞ」


 林の言葉で、シローはますます不機嫌になる。


「どうせ、新婚ホヤホヤのお二人には敵いませんよ」


「なっ、お前なんてことを……」

「もう、シロー君ったら……」


『(*'▽') ホヤホヤ~』


「点ちゃんが、変な言葉、また覚えちゃったよ」


「「あはははは!」」


 しょげたシローの言い方がおかしかったのか、林と聡子が声を揃えて笑った。


 この時、シローは、林と聡子には聞こえない念話回線で、点ちゃんと話していた。


『特別な職業に覚醒する条件、点ちゃんの予想通りみたいだね』


『(・ω・) ランダムポータルを潜った人との関係性のことですか?』


『うん、そうだよ。

 これまで覚醒した地球人の職業を見れば明らかでしょう』


『d(u ω u) ご主人様たち『初めの四人』と関係の深い、翔太君、ヒロコさん、エミリーが、特別な職業に覚醒していますからね』


『そういうこと。

 このことは、女王様にも内緒だよ』


『ぐ(^ω^) 了解です』


 点ちゃんは、ご主人様と二人だけの秘密が持てて凄く嬉しかったが、それを念話で伝えることはなかった。 

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