第13話 晩餐会


 異世界科生徒を歓迎する晩餐会が、迎賓館の広間で開かれた。

 生徒たちが英雄シローの関係者ということもあり、公爵家をはじめとした上級貴族も多数参加している。


 立食形式の晩餐会は、しかし、盛りあがりには欠けていた。

 異世界科の生徒たちは、アリストでつかわれている言葉をほとんど話せないから、現地の貴族と会話が成りたたない。林と聡子、リンダたち三人の教師は、壁際で生徒たちの様子を見守っているだけだ。

 カタコトの言葉がつかえる異世界クラブの数名が、なんとか現地の人と会話しようと頑張っているが、せいぜい挨拶程度といったところだった。

 ただ一人、かなりのレベルで現地語が話せる白神の周囲に、貴族たちが集まっていた。


 しらけた場の雰囲気を吹きとばしたのは、翔太だった。

 彼と彼を守る五人の騎士が部屋に入ってくると、貴族から拍手が起こった。

 タキシードっぽい白服を着た彼の周囲だけ、まるでスポットライトが当たっているかのように華やかだった。

 彼のファンである生徒たちが、すぐに駆けより、彼をとり囲んだ。

 貴族の中には、この国では礼儀に欠ける彼らの行動に、眉をしかめる者もいた。 


「みなさん、お話ができずに困っていると思います。

 滞在中は、班ごとに多言語理解の指輪を貸しだしますから、受けとってください」


 翔太が軽くうなずくと、彼の後ろに控えていた若い侍従が、持っていたケースを差しだした。

 そこには、銀色に光る三つの指輪が置かれていた。 

 

「大きさは、指輪が勝手に調整してくれます。

 地球に帰る時、返却してください」


 生徒たちが喜びの声を上げ、三人の班長、大和、小西、白神が指輪を手にする。

 大和少年、小西少年は、すぐそれを自分の指に着けたが、白神はそれを三宅に渡した。


「えへへ、翔太様からの指輪……」


 三宅は薬指に着けた指輪を、よだれが垂れそうな顔で眺めている。

 多言語理解の指輪を手にした事で、生徒たちは、積極的に貴族と話しかけている。

 それによって、場が賑やかになった。

 貴族たちは、指輪を着けた三人の生徒をそれぞれとり囲んだ。

 指輪がない生徒たちは、プリンスの騎士五人と話したり、たどたどしいながら貴族に話しかけたり、それぞれが動きだした。


「どうやら、はるばる次元を超えてここまで来た甲斐があったようだね」


 壁際に立つ林が笑みを浮かべ、そう言った。


「本当だわ。

 あの子たち、凄くイキイキしてる」


 生徒たちの姿を眺める聡子も、笑顔が浮かんでいる。  


「翔太君には、後でお礼を言っておかなくちゃね」


「ふふふ、私にも、いつかあんな息子が……」


 聡子の言葉を聞き、林が赤くなる。


「ちょ、ちょっと、聡子さん!」


「でも、私たちにとって、これは新婚旅行でもあるんでしょ?

 坊野君、あ、シロー君か、彼がそう言ってたじゃない」


 そう言うと、聡子は林の腕に抱きついた。

 元々、この旅行の付きそいは、林とリンダの二人だった。

 そこに聡子が加わったのは、そういう意図でシローが動いたからだ。


「さ、聡子さん、ほら、生徒たちがこっちを見てる」


「そう?

 じゃあ、もっと見せつけてあげましょうか」


「ひ、ひいっ!」


 結婚前は、どちらかと言うとこういったことに控え目だった聡子は、入籍を機にぐいぐい夫に迫るようになった。


「リ、リンダ先生!」


 林が聡子の隣に立つリンダに助けを求めるが、彼女は異世界に来てから元気がない。

 何か悩みがあるといった様子だ。

 

「リンダ先生、お身体の具体でも?」


 夫の腕を放した聡子が、リンダに話しかける。


「あ、ああ、も、もう大丈夫です。

 きっと転移酔いだと思います」    

 

 その時、広間の反対側で、悲鳴が上がった。

 教師三人は、反射的にそちらへ駆けだした。


 ◇


「おい、お前、シロー殿の世界から来たのか?」


 後ろから背中に硬いものをぶつけられ、小西少年は痛みに顔をしかめ、振りかえった。

 そこには、金糸銀糸で飾った白い上着に、同色のズボンを合わせた格好をした、大柄な若い貴族が立っていた。

 彼の左右には、小柄な少年と、ひょろりとした少年が立っており、それを目にした小西は、異世界へ来なかった三人の級友を思いだした。

 

「おい、聞こえてるのか?」


 この時、多言語理解の指輪は小西の所に戻っており、彼には若い貴族の言葉が全て理解できた。

 若い貴族は、右手に提げていた一メートルほどある杖の先で小西の胸を突こうとする。

 杖の先には金属製の彫り物がしてあり、近づいてきた小西は、反射的にそれを右手で払った。

 バランスを崩し転びかけた若者を、背が高い方の少年が慌てて支える。

  

「無礼者っ!

 俺はプライド家だぞ!」 


 家名を出されても、小西にはチンプンカンプンだ。プライド家がどんな家格かも知らないのだから。


「ブライトン様のお父上は男爵様だぞ!

 叔父上は、かのサプライズ子爵だ!」


 小柄な少年からそんなことを言われ、小西はますます混乱する。授業で習った記憶では、子爵といえば、男爵の上、伯爵の下だったはずだ。

 だからといって、その階級に実感を持たない彼にしてみれば、少年の言葉は何の意味も持たなかった。


「へえ、そうですか」


 小西少年の言葉は、しかし、ブライトンを激昂させてしまったようだ。


「キ、キサマ!

 平民の癖に!

 そこに直れ、無礼打ちしてくれる!」


 指輪の翻訳機能のせいだろうが、「無礼打ち」などという古臭い言葉を耳にして、小西は噴きだしてしまった。


「ぶっ、無礼打ち!?

 ぷぷっ」


 それを聞き、顔をさらに赤くしたブライトンが杖の先を小西に向け詠唱する。


「風のマナよ、我に従え!

 ウィンド!」 


 杖の先から起こった風が、小柄な小西の体を吹きとばす。

 小西は、進行方向にいた数名の生徒を巻きこみ、床に倒れた。

 女子生徒の数人が、甲高い悲鳴を上げる。


「う、ううっ……」


 飛ばされたとき、宙で何度か回転した小西は、乗り物酔いのような症状が出ている。


「ハハハ、これに懲りたら、平民は平民らしくするんだな。

 たとえ『稀人まれびと』といえど、身分を弁えよ!」


 踵を返し、その場を離れようとしたブライトンの前に、大和が立った。

 長身のブライトンだが、大和に比べると背が低い。

 何より、鍛えぬいた大和の体からにじみ出る風格が、ブライトンを圧倒していた。


「じゃ、邪魔だ!

 どけっ!」


 そう言ったブライトン青年だが、静かな怒りを湛えた大和の迫力に押され、一歩下がった。

 ブライトンの両脇にいる少年二人は、びびってヘッピリ腰になっている。

 そんな彼らは、鎧を着た騎士たちが近づく姿を見て、こそこそ逃げだしてしまった。

 ブライトン自身も、二人の後を追う。


「大丈夫ですか?」


 騎士の一人が、小西の腕を取り立たせようとする。

 小西はお礼を言ってそれを断り、自分の力で立った。

 まだ少しふらついている彼を見て、大和が声を掛ける。


「どうして、投げとばさなかった?」


 大和は、目の前にいる小柄な少年が、合気道の天才と言われているのを知っていた。

 まともに立ちあえば、空手の有段者である彼でも敵わないだろう。

 ちなみに、小西が通っている道場の先輩には、マスケドニア王妃ヒロコ、黒騎士も名前を連ねている。


「師範から、道場外での技の使用は禁じられているから」


 小西少年は首を振りながら、落ちついた声でそう言った。


「おい!

 何があった?」


 人垣をかき分け現れた、林がそう尋ねる。


「別になんでもありません」


 小西の言葉を聞いた林が、問いかけるように大和を見る。


「何もありませんでした」


 大和は小西の意思を尊重するようだ。


「そうか。

 驚かさんでくれよ。

 寿命が縮まったぞ」


「先生、寿命が縮むのは、若い奥様もらったからじゃありませんか?」


 女生徒の一人がそんな声を上げる。

 耳まで赤くした林を見て、生徒たちが笑った。

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