第11話 歓迎


 異世界科の生徒たち、つき添い役の教師である林、彼の妻聡子、リンダの三人、そして、五人の騎士は、木々に囲まれた広場に到着した。

 目の前にあるのは、白い石造りの噴水だ。

 人の背丈ほどの水を吹きあげている噴水の近くには、石造りのあずま屋が建っている。


「ここ、どこ?」


 生徒の一人が口にしたのも無理はない。

 周囲の光景は、日本のどこかにある公園だと言われても違和感がなかった。


「シローはどこだ?」


 林が珍しく不安げな顔になった。

 しかし、時間をおかず、噴水の前にシローが現れた。

 その後ろには、白銀の鎧を着たブロンド髪の男性、黒いローブを羽織った小学校高学年くらいの少年、そして、光沢ある紫色のドレスを着た、長い黒髪の美女がいた。


「ようこそ、パンゲア世界アリスト王国へ!」


 美女が、いかにもという美しい声でそう言った。

 シローと白銀の鎧を着た白人っぽい男性が、彼女の前に片膝を着き頭を下げたので、教師や生徒、五人の騎士もそれにならった。


「陛下、地球世界よりの客人三十九名、まかり越してございます」


 異世界科の生徒に、日本にはない身分制度があると知らせるため、シローは、ことさら丁寧な言葉をつかった。


「うむ、案内あない、大儀であった」


 そして、それに気づいた女王畑山も、ふさわしい言葉で返した。

 白銀の鎧を着た近衛騎士長レダーマンが立ちあがり礼をすると、女王の左後ろに控えた。その横には、黒髪の少年翔太が立っている。

 それに合わせ、五人の騎士たちは、白騎士を先頭に立ちあがると、異世界科の生徒たちの方を向き、一列に並んだ。騎士たちのキラキラした目は、プリンス翔太に釘づけだ。 

 

「次の者、名前を」


 レダーマンの重々しい言葉で、林がうやうやしく名前を述べる。 


「拝謁を賜り、光栄に存じます。

 地球世界は、日本から参りました。

 林と申します。

 こちら、妻の聡子、そして職場を同じくするリンダでございます」


 多言語理解の指輪を着けた林は、アリストで遣われる言語で挨拶した。

 一方、それが理解できない異世界科の生徒たちは、何が起こっているかよく分からないまま、林の姿勢をマネるだけだ。

 少しの間をおいて、白神が続く。


「同じく、拝謁を賜り、光栄に存じます。

 わたくし、白神倫子と申します」


 驚いたことに、彼女は指輪を持たないのに、現地の言葉で挨拶をこなした。


「みんな、自己紹介して」


 そう囁いた彼女に続き、緊張した面持ちの生徒たちが、一人ずつ日本語で挨拶していく。 

 挨拶が終わると、再び女王陛下が生徒たちに言葉を掛けた。

   

「以後、礼を気にせずともよい。

 気楽にしていいわよ」


 口調を変えた女王に戸惑った生徒たちだが、林、聡子、リンダがゆっくり立つと、彼らもそれにならった。


「ボー、ご苦労様」


 女王の仮面を外した畑山がシローに話しかける。


「いや、こちらこそ、無理を頼んで悪いね」


 シローは聖樹からもらった虹色の玉を使うことで、次元の壁を超え、あらかじめ城への来訪を伝えていたようだ。

 

「畑山先輩!

 白神の妹、倫子です!」


 目をキラキラさせた白神が、畑山に近よりすぎて、白銀の騎士にさえぎられた。


「レダーマン、気にしなくていいわ。

 なにかあるはずないでしょ?

 彼がいるのよ」


 畑山がシローを指さし現地語でそう告げると、近衛騎士レダーマンは渋い顔をして後ろへ下がった。

 許可を得たと思ったのだろう。

 白神が畑山のすぐ前に立つ。


「そう、白神の妹さんかあ、懐かしいなあ。

 お兄さんは元気?」


「はい、元気にしてます!

 シローさんのお陰で、すっごく稼いでるみたいです」


「へえ、そうなの?

 後でボーに訊いておかなくちゃね」


 それを耳にしたシローが、体をビクリと震わせる。

 彼は女王陛下が怖いらしい。

 白神の言動を見た女子生徒たちが、わらわらと畑山の周囲に集まる。

 

「先輩、綺麗です!」

「うん、すっごく綺麗!」

「写真で見てたけど、実物の方がもっと綺麗!」


 さすがの畑山も、後輩たちから手放しの称賛を受け、顔が赤くなっている。

 男子生徒たちは、遠巻きにそれを眺めて羨ましそうにしている。

 

『(*'▽') みなさん、こんにちわー!』


 生徒たちは、急に聞こえてきた声に戸惑う。


「な、なに、今の?」

「頭の中に声が!?」

「俺、大丈夫かな?」


 シローの魔法キャラクターが、生徒たちとの間に念話のネットワークを繋いだようだ。


「あー、怖がらなくていいよ。

 その声、『点ちゃん』だよ。

 俺の友達なんだ」

 

 男子生徒がシローをとり囲む。


「シロー先輩!

 なんで頭の中に声が?」

「ええと、『点ちゃん』ってどこにいるんです?」

「俺、おかしくなったんじゃないんですね?」


『(*'▽') 点ちゃんはね、ご主人様の中にいるの』 

 

「また聞こえた!」

「『ご主人様』って言ってたよ!」

「だけど、『ご主人様』って誰のこと?」


 シローが笑いながら説明する。


「点ちゃんって、俺のこと『ご主人様』って呼んでるんだ。

 俺の中にいる魔法キャラクターってところかな。

 君たちがアリストに滞在している間、本当に困ったことがあれば、心の中で点ちゃんに話しかけるといいよ。

 きっと助けてもらえるから」


「シローさんスゲー!」

「魔術師って、そんなこともできるんですか!?」

「これって、先生が言ってた『念話』ってやつじゃない?」


 異世界科の生徒たちは、口々に騒ぎだした。

 ところが、一人だけ青い顔をしている人物がいる。

 この修学旅行のつき添いとして参加しているリンダだ。


(もしかして、私が潜入エージェントだってバレてるかもしれない)


 地球にはない『念話』などというものがあるなど、予想もしていなかった彼女は、うろたえた表情を隠すのに必死だった。


『(*'▽') リンダさん、こんちはー!』


 そのタイミングで名指しで念話が飛んできたので、リンダは絶望してしまった。


「あれ?

 リンダ先生、顔色が悪いですよ。

 どうかされました?」


 学級委員長の宇部が、心配そうにリンダの顔を覗きこむ。


「異世界転移する時、まっ暗闇でふわふわしたから、私もちょっと酔いそうになりましたよ」


 宇部は、リンダが転移酔いしたと思ったようだ。


「え、ええ。

 も、もう、大丈夫よ」


 リンダが言ったが、その声は震えていた。


「本当に大丈夫ですか?

 なんならシローさんに――」


「だ、だ、大丈夫、大丈夫です!」


 慌てて言ったリンダの顔色は、先ほどより悪くなっている。


「本当ですか?

 かなり具合悪そうだけど……」


「……」


 異世界流の歓迎は、リンダにショックを与えたようだ。

 

(こちらに来てすぐ、こんなことになるなんて……)


 リンダ先生ルビを入力…にとって、異世界旅行は前途多難なものになりそうだ。   

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