第3話 蜜月と修学旅行


 その頃、シローの姿は、母校の校舎その屋上にあった。

 しゃれたデザインのテーブルと椅子は、彼が『ボナンザリア世界』で手に入れたものだ。 

 今、そのテーブルには、彼の他に二人の人物が着いていた。

 

「シロー、助かったぞ」 


 頭を下げているのは、彼の恩師である林だ。


「ど、どうなってるのこれ?」


 青い顔をしているのは、林と同じくこの高校の教師で旧姓小林、今では林の妻だ。

 

聡子さとこさん、これはシローの魔法だよ」


 妻の問いに答えた林だが、すかさずシローに突っまれる。


「へえ、先生、奥さんをそんな風に呼んでるんだ」


「おい、大人をからかうもんじゃない!」


「そうよ、シロー君、なんで私まで?」


「だって、小林先生、あ、奥様、暇そうにしてたじゃないですか?」


「いきなり私がいなくなったから、きっと先生方が騒いでるわよ」


「奥様、それは大丈夫です。

 みなさん、先生がお手洗いに行ったと思ってるようです」


「……どうやってそれを調べたのか、知りたい気もするけど。 

 とにかく、こういうことは、もうやめて。

 心臓に悪いわ」


「分かりました。

 次はあらかじめ知らせてから、瞬間移動させます」


「おい、全然分かってないじゃないか!

 聡子さんが言ってるのはなあ――」


「あなたも、少し黙っていてください」


 シュンと黙りこんだ林の様子からは、彼がすでに妻の尻に敷かれていると分かる。


「シロー君、私の事は、そうねえ、聡子先生とでも呼んでちょうだい」


「ええ、そうしますよ、聡子先生」


「まったく調子がいいヤツだな!」


 林は妻とシローのやりとりが、お気に召さないようだ。


「ところで、新婚旅行のご予定などは?」


「それが困ってるんだ」

「今、悩んでるの」


 シローの問いかけに二人が同時に答えた。

 

「俺は、定番のハワイか、いっそもう国内でいいんじゃないかって思うんだが――」

「ダメよ!

 せっかくなんだから、本場を見てこなくちゃ!」


「本場?」


「ええ、この際だから、ヨーロッパへ行きたいの」


 林の妻は、音楽教師だ。

 音楽家を輩出したオーストリアやドイツ、フランス、イタリアを訪れたいのだろう。


「もういっそ、異世界にしたらどうですか?」


「ばっ、馬鹿を言うなよ!」

「坊野君、何てこと言うの!」


 二人が慌てて否定する。しかし、彼らは異世界科の生徒たちが、ある計画をくわだてていることを知らなかった。


 ◇


 世界遺産である教室で大騒ぎした異世界科の生徒たちは、激怒する教頭により、彼らの教室で自習するようきつく申しわたされた。

 本来なら、この時間は、世界遺産を見学した後の授業があるはずだが、肝心の林が姿を消したので、仕方なくそうなったのだ。


「おい、みんなちょっと聞いてくれ」


 大柄な大和やまと少年が、教壇に立つと、みんながそちらに注目した。

 このクラス、女子の学級委員長がいるのだが、ここぞという時は、彼がリーダーシップを取ることが多いのだ。


「昨日貰ったこれだが、もう書いた者はいるか?」


 彼が右手に持っているのは、A4サイズのプリントだ。

 それは、修学旅行の行先を決めるためのものだった。

 沖縄、北海道、グアムの三か所から選ぶようになっている。


「うーん、まだ悩んでる」

「沖縄と北海道、もう行ったことあるし」

「うわ、金持ちー!」


 生徒たちはそんなことを言いあってる。

 しかし、大和が口を開くと、みんな静かになった。

 どうやら、この少年、生徒たちからの人望が厚いようだ。


「ここを見てくれ」


 彼が指さしているのは、三つの目的地が書かれているその下だ。

 

『その他の希望(   )』

 

 そう書かれており、その下には理由を書く欄がある。

 大和が大人っぽくニヤリと笑うと、それだけで一部の生徒から歓声が上がった。

 何人かの生徒は、彼の意図を察しているらしい。


「シロー先輩がこの世界に帰ってきてるってことは、千載一遇のチャンスじゃねえか?」


 普通、「千載一遇」などという表現、高校生は使わないが、こういった言いまわしは、大和の癖でもある。


 ガタッ、ガンッ


 一人の少女が勢いよく立ちあがったせいで、彼女が座っていた椅子が、後ろの机にぶつかってしまった。

 それは異世界マニアの女子高生、白神だった。


「も、も、もしかして、異世界ってこと!?」


「そうだ。

 お前らに強制はしないが、オレはそう書くつもりだ。

 問題は、シロー先輩とどうやってコンタクトを取るかだが――」


「ふふふ、ははは、あーははははは!」


 突然、笑いだした白神に、クラス中がぎょっとする。

 まさに、「引く」という言葉を表した光景だ。


「ど、どうしちゃったんだ、白神……」


 ものに動じない大和も、さすがにたじたじとなっている。

 彼は少女の正気を疑った。


「私にまかせて。

 何としても、シローさんとコンタクト取ったげる」


 美人タイプの彼女が決然と言いきるその姿は、ジャンヌダルクを思わせた。

 数人の男子が顔を赤くしているのは、彼女のことが気になるのだろう。

 男の子は、いつでも冒険者だ。


「そ、それならいいんだが……。

 どう思う、宇部?」


 大和が声を掛けたのは、教室の隅に座っている小柄な女子生徒だ。

 彼女こそ、暴走しがちなクラスの安全弁として、林教諭が学級委員長に据えた生徒なのだ。


「うーん、そうだね。

 希望先の提出は、来週の金曜日まででしょ。

 その三日前、水曜日までに白神ちゃんが、シローさんとコンタクト取れてから考えればいいんじゃない?

 そうしないと、取らぬポル君の皮算用だから」


 異世界科クラスでは、「狸」というべきところを「ポル君」、「猫」と言うべきところを「ミミさん」などという言いかえが流行っている。

 ちなみに、「美人」の言いかえは「コリーダさん」だ。

 

「ようし、じゃあ、白神からの報告を待って希望者は行先を異世界にしてくれ。

 それまでに、希望理由を考えといてくれ」


「大和さんよぅ、別に他の希望から選んでもいいんだろう?」


 からかうように言ったのは、教室一番後ろの席で、ふんぞり返るように座っているがっちりタイプの少年、曽根だ。

 

「ああ、もちろんだ。

 自分の好きな旅行先を書いてくれ」


「ああ、好きにさせてもらうぜ」


 こうして、一部不協和音はあるものの、異世界科クラスが行動を起こした。

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