第4話 異世界クラブ


 三階建て校舎、最上階の一番奥、二つ分の教室をぶち抜いて作られた部室は、部活動のそれとしては、あまりにも立派だった。

 銀行並みにセキュリティーが行きとどいた資料室まで備えたこの部屋は、多額の国家予算が投入されている。

 最新式の情報機器は、一国の情報管理室を思わせるほどだ。


 一方、教室の一部には、なぜか茶室がある。

 これは、日本の文化を異世界に紹介しようとする試みの一環だ。

 

 いわゆる「黒板」もあるが、この部屋のそれは、電子式のもので、ディスプレイを兼ねている。この黒板だけで、億単位の予算が遣われている。

 そのディスプレイ前に置かれた半円形のテーブルには、数人の生徒が着いており、彼らの後ろにも、しっかりした背もたれが付いた、上等な椅子に座る生徒たちがいた。

 テーブルの生徒は、『異世界科クラブ』の二年生であり、彼らの後ろで座っているのが一年生だ。


 半円形テーブルの中心に立つ、クラブ担当である女性は、白人にしては小柄ながらもモデル体型で、目が大きくシャープな顔立ちは、そのままハリウッドでも通用しそうだった。

 二十四才にして、五か国語を流暢に操る米国生まれの才媛は、生徒たちの話を聞くと、深く考えこむようなそぶりを見せた。


「そう、修学旅行の行先に異世界をねえ」


 日本語でそう言った彼女の青い目が、部長である小西少年のそれを覗きこむ。

 彼女と目が合うたびに、心の中まで見透かされる心持ちになるから、小西は彼女が苦手だった。

 

「リンダ先生!

 先生なら私たちを応援してくれますよね」


 白神はテーブルに資料を山積みにしているが、それは全て異世界に関するものだ。

 いずれも、この部屋からの持ちだしが禁じられている。

 資料は全てのページに見えないバーコードが貼られており、それが破損したり、部屋から出ると警報が鳴る。

 なお、天井の数か所には、室内を隈なくスキャンする監視カメラまで設置されていた。


「白神さん……そうねえ。

 あなた方を応援するかどうか、ちょっと考える時間をくれるかしら」

 

 異世界科一年の教師でもある彼女は、合衆国から極秘に送りこまれたエージェントだ。そのため、こういった問題に、彼女独りの判断で動くわけにはいかない。


「なーんだ。

 リンダ先生なら力になってくれると信じてたのに」


 裏の事情を知らない白神は、リンダが生徒と親身に接していることに何か目的があるなど、露ほども疑うことはなかった。


「ごめんね。

 私にも立場というものがあるから」


 それは、リンダの本音だったかもしれない。


「先輩たちいいなあ。

 でも、どうやってシローさんと連絡を取るんです?

 異世界と地球世界は、通信ができないはずですよね」


 さすが異世界科クラブの生徒と言うべきか、事情通の一年生が、そんな質問をした。

 それに答えたのは、やはり白神だった。


「シローさんの会社、『ポンポコ商会』って言うんだけど、そこがウチと取引きがあるのよ」


「白神先輩のおウチって、『白神酒造』ですよね?」


「そうよ。

 アニキったら、ここのところ、『白神ワイナリー』って改名しようとしてるの。

 父さんは、由緒ある名前は絶対変えないって言ってるわ」


「ワイナリーって、白神んちって、ワインなんか造ってないだろう?

 酒造りも、ずい分前にやめたって聞いたけど」


 白神の隣に座る、同級生が訳知り顔でそう言った。


「ふふふ、実は、フランスでブドウ畑を管理することになったのよ。

 今、社員の三分の一は、向こうへ飛んでるわ」


「す、凄えな、お前んち!」


「伊達に『ポンポコ商会』と取引きしてないわよ」


「そうだよな。

 去年なんて、でっかいビル建てたもんな!」


 小西部長が口をはさむ。


「今は、修学旅行の話だろ。

 白神さん、お兄さんと連絡はついたの?」


「ええ、ばっちりよ。

 さっきの授業、私、教室にいなかったでしょ。

 あれ、兄さんに電話かけてたの」


「ええっ、そうだったの?

 叱られなかった?」


「兄さんはね、シローさんに関する事は最優先なの。

 かえって褒められたわよ」


 白神の兄は、なぜシローとコンタクトが取りたいのか、それをしつこく尋ねてきたのだが、彼女には、兄の詮索をここで明かすつもりなどない。


「白神先輩、さっきおっしゃってた『ポンポコ商会』ですけど、あのオークションへの出品で有名な会社ですか?」


 白神の後ろに座る、一年生の女子が肩越しに尋ねる。


「そうよ、小山ちゃん。

 オークションでは、丸に三角形二つのトレードマークが有るだけで、一千万以上の値がつくと言われてるわ」


「ひゃ~!」


 小山が悲鳴のような奇声を上げる。


「まあ、ウチの兄さんが扱ってる異世界のお酒なんて、ボトル一本で二千万以上するから」


「「「ええっ!」」」


 一年生から驚きの声が上がる。


「驚いたか?

 だから、ビルが建つんだよ」


 そう言った二年生の男子は、他人事なのに、なぜか得意げだ。


「とにかく、私たち一年生も、先輩たちを応援しましょう!」

「「「おー!」」」


 小山が言うと、一年生から気勢が上がった。

 後輩からの後押しを受け、二年生はみんな嬉しそうだ。


「難関は、先生たちだけではないよ。

 なんといっても、親をどうやって説得するかが一番の問題だね」


 落ちついた小西の言葉に、生徒たちの興奮が、すーっと引いていく。


「それなんだよなあ……」

「どう言って説明しようか……」

「マジ、難しそう……」


 二年生は、全員が頭を抱えてしまった。

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