第14シーズン 異世界クラスの修学旅行編
第1話 黒騎士の報告
ここは地球世界、日本。
瀬戸内海を臨む地方都市にある、カフェ『ホワイトローズ』では、
すでに店を閉めた後なので、お客は誰もいない。
このカフェのオーナーであるだけでなく、あと二つの仕事をかけ持ちする男は、目の前に一人座る、小柄な女性に話しかけた。
「ねえ、桃騎士~、黒騎士ったら遅くないかしら?」
男らしい見かけとは違い、その口調は女性のものだった。
カウンターのストールに一人だけ座っている女性が、それに答える。
「白騎士は心配性ね。
異世界をあちこち巡るんでしょ。
遅くもなるわよ」
小さなピンクのベレー帽を頭にちょこんと載せた女性は、ローブのような服装もピンクだった。
彼女の前、カウンターの上には、なぜか先端にハートが付いたオモチャの魔法杖が置いてあった。
「それにしても遅すぎない?
もう、一か月よ」
女性から「白騎士」と呼ばれた男性が、形良く手入れされた眉を寄せている。
「だから――」
桃騎士がそこまで言った時だ。入り口に近い空間がゆらりと波うつと、三つの人影が現われた。
「黒騎士!
おかえりー!
リーダー、ハーディさん、お疲れ様!」
白騎士の言葉に続き、ストールからさっと降りた桃騎士が、魔法ステッキを振った。
「愛の治癒魔術で、あなたの疲れを~ぽぽいのポ~イ♡」
黒に近い紺色のスーツをスラリと着こなした女性は、桃騎士の変な呪文を耳にしても、整った表情を全く動かさず、軽く頷いただけだった。
一方、大柄な初老の白人男性は、ちょっとためらう表情で片手を上げた。
残る一人、頭に茶色の布を巻き、カーキ色の長そで長ズボンを身に着けた青年が、肩に乗る白猫を撫でながら口を開いた。
「白騎士さん、桃騎士さん、お仕事ご苦労様」
のんびりした口調で言った彼は、どこか眠たげだった。
それを見た桃騎士が、青年に声を掛ける。
「向こうの世界、『パンゲア世界』だっけ?
あっちは夜だったの?」
「いや、まだ朝方だったよ」
「ふーん、それより、柳井ちゃんたちは?」
白騎士が尋ねる。
「ああ、『異世界通信社』の三人なら、せっかくの機会だからってアリストに残ってるよ。
それより、桃騎士さん、新しい魔法杖を買ったんだね?」
「魔法杖は、買うもんじゃないわよ!
これは、エンジェルから私への愛が形を取ったものなの」
「なるほど、雅文君からのプレゼントか」
青年が言う「雅文君」とは、まだ小学生である桃騎士の息子だ。
「ねえねえ、それより、そっちに座って旅行中の話を聞かせてちょうだい」
白騎士が、カウンター越しにテーブル席を指さす。
「ハーディ卿、どうされます?」
頭に茶色の布を巻いた青年が、大柄な白人に尋ねる。
「ええ、ご一緒しましょう」
こうして五人は、テーブル席に落ちついた。
◇
「な、な、なんですって!」
テーブル席で、黒騎士から話を聞いていた白騎士が、ガタリと立ちあがった。
「そ、そんなぁ!
恨めしそうな涙目のイケメンが、白いハンカチを口にくわえ、きーっと引っぱっている。
「白騎士、ウザイ!」
すかさず黒騎士が突っこむが、珍しく白騎士に助太刀が現われた。
「黒騎士、本当にプリンスと一緒だったの?」
桃騎士には珍しく、真剣な地声だ。
「一緒だった」
それを聞いた桃騎士が、背もたれに体を預け呆然となる。
「シローちゃん、こんなことなら、私たちも一緒に行ったのに!」
白騎士の声は悲鳴に近い。
『
「まあまあ、お二人とも、今回は旅行といっても『ポンポコ商会』の仕事が忙しかったですし、黒騎士さんも、いつも翔太君と一緒という訳ではありませんでしたから」
世慣れたハーディ卿が、固まった場をほぐそうとする。
「そうだよ。
黒騎士さんは、いそがしくしてたからね。
翔太は、いつもエミリーと一緒にいたし――」
「な、なんですって!?」
「ええっ!?」
白騎士と桃騎士が、悲鳴を上げる。
シローと呼ばれた青年は、自分の言葉がひき起こした事態にもかかわらず、何食わぬ顔で膝の白猫を撫でている。
「つ、次は私が
シローちゃん、いいわね、
「愛の転移魔法、ぴろろろろ~ん!」
そう言った白騎士と桃騎士を見て、黒騎士、ハーディ卿が肩をすくめ、お手上げのジェスチャーを取る。
「その内にね」
そう言っものの、シロー自身、その時が間もなく訪れるとは思ってもみなかった。
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