第104話 招き猫と冒険者 


 どうしてこうなった……。


 支店長会議を手伝ってくれたお礼は何がいいか、それをルルたちに尋ねたら、こうなたのだ。

 ここは、『くつろぎの家』の屋上にある東屋だ。

 かなり大きなジャグジーバスに、六人が入っている。

 ルル、コルナ、コリーダ、舞子、女王シリル、そして、俺だ。

 なんだ、この状況?


 女性全員が水着だとはいえ、これ、いたたまれないよね。

 俺はみんなの方を見ないように、屋上越しにアリストの街を眺めている。

 ああ、沈みゆく夕日が眩しいなあ。


『(・ω・)ノ ブランちゃん、ご主人様、完全に逃避してるよね?』 

「みみみゅ」(してるね)


「この水着というのは、悪くないのう。

 それに、この『ジャグジャグ』とかいう風呂、二度目じゃが、やはり最高じゃな!」


 背後でシリルのはしゃぎ声がする。

 彼女は、ナルに水着を借りたそうだ。


「ところで、シローはなぜこちらを見ようとせんのじゃ?」


「シリル様、シローは恥ずかしがり屋なんです」


「おう、ルルとやら、そうであったか。

 しかし、こちらを見ると恥ずかしいというのが、よく分からんのじゃが……」


 いや、シリルの水着なら見ても恥ずかしくないんだけどね。


「そういえば、先ほどの会議じゃが、シローのことに反対しておった男は、なぜ、急に意見をとり下げたのじゃ?」


「そういえば、シローが上流階級を狙った商品を売ろうと言ったら、ダンが反対してたわね。

 ねえ、シロー、どうしてダンは意見を変えたの?」


 コリーダも気づいたか。


「超高級コケットのことだろ。

 あれ、金貨百枚(※約一億円)するからね」


「き、金貨百枚!?

 そんなの買う人いるのかしら!」


 コルナが驚いてるね。

 きっと尻尾が太くなっているだろう。

 後ろにいるから、見えないけど。

 

「金持ちはね、自分が他人と違うっていうのが好きなんだ。

 誰も持ってないから持ちたいんだね」


「なんか悲しいね」


 舞子の声は、本当に悲しそうだった。

 まあ、彼女の言うとおりなんだけどね。


「それで、シロー、どうしてダンさんは考えを変えたんです」


 ルルもそのことに興味があるのか。


「あのコケットだけど、売った資金を孤児院に回す予定なんだ。

 あと、身分制度が無い学校も作る予定だよ」


「へえ、それを知って、ダンさんは考えを変えたんですね」


 彼が考えを変えたのは、形は違うが超高級コケットと同じものを、孤児院のベッドとして使うと、俺が知らせたからだ。

 上流階級が自分たちは特別だと思い、大枚を払って手に入れた商品を、実は彼らがもっとも見下している者がタダで使っているという、そのイメージが、ダンの琴線に触れたらしい。 

 冒険者として魔獣を倒し、その素材を市井に流すことでみんなの役に立つことと、上流階級からうまく金を絞りとり、それを社会に還元するのは、それほど違いはないように思える。


「各支店が出した利益は、従業員へ還元するのはもちろん、孤児院の充実や、学校の設立に投資する予定だよ」


「へえ、お兄ちゃん、普段、ぼーっとしてるのに、そんなこと考えてたのかあ」


 コルナが意外そうな声を出す。その声は、なんだか嬉しそうにも聞こえた。


「シロー、私にもお手伝いさせてください」


 背後からルルの真摯な声が聞こえる。


「私は、旦那様の手足となって働くぞ」


 コリーダの声が右耳をくすぐる。


「ひいっ、コ、コリーダ!」


 彼女の息が触れた部分から、ぞわぞわが全身に広がり、思わず悲鳴を上げる。


「コリーダ、ずるい!」

「わ、私も!」

「史郎君!」


 なにやら、背中にムニムニと当たりだす。

 慌てた俺は、瞬間移動で自分の部屋へ跳んだ。



 危ないところだった。

 一緒にお風呂に入ったということが知られだけで、シリルのつき添いで『やすらぎの家』の一階で待機している、侍女ローリィに殺されかねない。

 彼女は竜人で、銀ランクの冒険者程度では歯が立たないほど、身体能力が高いからね。

 支店長会議を手伝ってもらったお礼としては、高くついたなあ。


 そんなことを考えているうちに、いつの間にか眠りに落ちていた。


 ◇


 翌朝、『やすらぎの家』一階のラウンジに集まった支店長たちは、みな顔がツヤツヤだった。

 昨夜、ご馳走をたらふく食べ、ウチ自慢の大温泉風呂に入ったからだ。

 

「いやあ、会議ってより、バカンスになっちまったなあ」


 そんなことを口にしたダンが、奥さんのドーラから尻尾で顔を叩かれている。

 彼女の横に置かれたベビーカーでは、二人の子であるホープが笑い声を立てている。

 ベビーカーに屈みこんでいる、翔太とエミリーのお陰だ。

 二人は会議中、ずっとホープの面倒を見てくれていた。



「母さんにも、あの温泉風呂を体験させてあげたいなあ」


 親孝行なルエランは、そんなことを言っている。

 彼はこれから『神薬』のことで忙しくなるから、そんなことができるのは、かなり先になるだろう。



「シローさん、この度は本当にありがとう。

 どれほど『南の島』が潤うか……」


 そう言って涙ぐむメリンダは、いつでも同朋の事を考えてるね。

 マジックバッグは、莫大な富を『南の島』にもたらすだろう。



「リーダーとルエランさんからの助力があれば、薬師のいなかった僻地まで薬が届きますよ」

「そうよね、楽しみだわ」


 ターニャさんとアマムさんは、笑いあいながらおしゃべりしている。

 ルエランの新しいポーションは、獣人世界でも、きっと多くの病人を救うだろう。



加藤ユウとも相談しますが、私たちも、学校や孤児院の運営にかかわりたいのですが……」


 ミツさんが、いつもの真剣な目で俺を見る。

 彼女も、儲けだけを追求したいわけではないんだね。



「シローさん、この旅に同行させてもらい、本当に感謝しています」


 ハーディ卿が目を輝かせ、俺の手を取る。


「商売の技術だけを見れば、地球世界はかなり進んでいると思います。

 けれど、何のために商売をするのかというビジョンが失われてしまった。

 金さえ儲けられたらいいという、傲慢で身勝手な考えが大手を振るようになってしまった。

 旅を終えた今、支店長の方々から、本当に多くを学んだと思っています」


「そうですね。

 たまたまそうなったのでしょうが、支店を任せた人たちは、他人の事を思いやれるようですね」


 リーダーとしては、本当にありがたいことだね。


「地球世界では、近頃、『他人を幸せにすることこそ、自分を幸せにする』という、当たり前すら見えない商売人が増えています。

 彼らには、一度、この方々を会わせたいですね」


「ははは、あなたからそう言ってもらえて嬉しいですよ。

 みんな、自慢の支店長です」


 ハーディ卿が差しだした手を握る。

 大きく温かなその手は、俺の手だけでなく、心まで包みこむようだった。

 父性に触れた事がない俺にとって、彼の存在は、これまでにも増して大きなものになっている。


 さて、そろそろみんなを送る時間だね。


 ◇


「みなさん、そろそろ出発しますよ。

 俺にマジックバッグを預けたら、庭に出てください」


 神樹の枝葉を通った木漏れ日が、草の先端についた朝露を磨き、広い庭はまるで光るエメラルドの舞台だった。

 そこに輪になり並んだ支店長たちは、それぞれが白い招き猫を手にしている。

 見送りに立つ俺の家族が、やはり招き猫を手にしている。


「「「にゃんにゃん!」」」

「「「にゃんにゃん!」」」


 みんな、招き猫の肉球に触れ、別れの挨拶をする。  

 

「みみゅ?」(なに?)


 ぬいぐるみを持たない俺が、ブランの肉球をぷにぷにすると、彼女はちょっと驚いたのだろう、右前足を挙げた。


『(*'▽') 猫と冒険者ですね』

「うふふ、ほんと、招き猫と冒険者ね」


 点ちゃんとコルナのそんな声を合図に、俺はセルフポータルを開いた。


――――――――――――――――――

 『招き猫と冒険者編』終了、『異世界クラスの修学旅行編』に続く。 

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