第94話 神樹と巫女


 ルルと二人、お気にいりのカフェでマラアクジュースを楽しんだ翌日、朝寝坊してしまった俺は、王都からヘルポリへ、家族や仲間、王族をひっきりなしに瞬間移動させることになった。

 それぞれが手掛けている仕事もあったので、同時に瞬間移動させられなかったのだ。

 全員を送りおえたころには、もう陽が傾いていた。


 ナゼル邸の庭が聖地に指定されてから一度も開けられたことのない、金属製の黒い大扉の前に集合する。

 さすがに、みんな緊張の面持ちだ。

 緊張していないのは、エミリー、翔太、そして、ナルとメルくらいだ。

 珍しく俺も緊張している。


 聖地に入る順番は、もう決めてあった。

 最初が俺、次にルル、コルナ、コリーダの三人。

 そして、陛下、王妃、シュテイン皇太子、ルナーリア姫。

 ミミ、ポルはギルドを通した護衛の指名依頼を国から受け、陛下たちにつき添う。

 次が、黒騎士、ハーディ卿、ショーカ。

 最後に扉を潜るのは、今回重要な役割を担うエミリーと、彼女の『守り手』翔太、そして、リーヴァスさんだ。


「みなさん、用意はいいですか?

 それでは、聖地に入ります」


 俺はそう言うと、点魔法を使い、巨大な黒い金属製の扉を向こう側に開いた。

 いよいよ、この旅の目的を果たす時が来た。


 ◇


「「「おお!」」」


 街の中とは思えないほど緑豊な庭を見て、俺の背後を歩く家族や仲間からそんな声が上がった。

 この庭に入るのは、みんな初めてだからね。

 

 聖地には、森が持つ、くつろげる雰囲気に加え、人を厳粛な気持ちにさせる何かが漂っていた。

 キュー、コリン、ブラン、ノワールの魔獣組は、まるでこの場からエネルギーをもらっているかのように、弾むような足取りで歩いている。

 マナが見える俺の目には、様々な光の粒が、大気中を流れるように、そして、踊るように漂うのが映っている。

  

 木立を抜け、少しひらけた場所に出る。

 その中央に、黒い巨木が立っていた。

 その表面は凸凹しており、まるで溶岩が流れた後のように樹皮がうねっていた。

 これが旅の目的、ヘルポリの神樹様だ。

 以前の美しいお姿を知っている俺は、こうなってから一度目にしているのに、再び強い衝撃を受けた。

  

 それは聖樹様になるはずだった偉大な存在が、己を捨てポータルの神樹となり、この街やそこに住む人々、そしてこの世界を救った結果だった。

 俺がひざまずくと、弱々しい念話が伝わってきた。


『シロー、来てくれたんだね』 


「遅くなりました」


『人が遠くまで来るのは、大変なんだろう?

 無理をしなかったかい?』


「とんでもないです。

 またお目に掛かれて嬉しく思います」


『聖樹様と話して、君たちが来るのは知っていたよ。

 来てくれてありがとう』


「神樹様……」


 点ちゃんが、神樹様とみんなを念話のネットワークで繋いだのだろう。

 背後で誰かのすすり泣く声が聞こえる。


「エミリー、来てくれるかい?」


 一人前にいた俺の右横に、エミリーと翔太が歩みよる。

 彼らにつき添っていたリーヴァスさんが、俺の左に膝を着いた。


「神樹様、こちら『聖樹の巫女』です」


『おお! 

 聖樹様がおっしゃっていた巫女は、あなたですか!』 

 

 神樹様の念話に力が戻ったように感じた。


『はい、エミリーです。

 あなたに会えて嬉しいですよ』 


 神樹様からの温かい波動が、周囲に満ちる。

 しかし、それはすぐに乱れ、消えていった。


『ごめんね。

 すぐに力が無くなるんだ』


 申し訳なさそうな神樹様の言葉に心を打たれる。


「実は、巫女様がここまでいらっしゃったのは、神樹様のお身体を癒すためなのです」


『ボクの……体を……癒……』


 神樹様の念話が途切れがちになる。

 エミリーが俺と目を合わせ頷いたのを合図に、とり決めてあった手順を始める。


「翔太、頼むぞ!」


「はい!」


 翔太が、エミリーの横からぱっと跳びだすと、神樹様の根元を回りながら、魔術を連続で発動する。

 その魔術により、神樹様近くの地面に、ちょうど人の腕が入るくらいの穴がいくつも開いた。


「では、みんなさん、お願いします!」


 翔太の号令で、あらかじめ渡されていた『光る木の神樹』の欠片を、みんなが穴に入れていく。

 それが終わると、翔太が再び魔術を唱え、全ての穴を埋めた。

 みんなは、再び元の位置に戻り、ひざまずいた。

 全員、胸の前で手を合わせ祈っている。

 

「巫女様、お願いします」


 俺の言葉でエミリーが巨木へ近づく。

 彼女は曲がり重なる根を避けながら、太い幹のところまでたどり着いた。

 右手を伸ばし、黒い幹に触れる。


 エミリーの右手が白く輝きだす。

 光は彼女の体を覆うと、神樹様の幹、根、枝へと伝わり、やがて葉に至るまで、その全体が輝きだした。

 時間の感覚が無くなったころ、やっとその光が収まっていく。


「「「おおお!」」」


 みんなの声は驚きだろうか、感動だろうか。

 目の前にある神樹様の姿は、かつて見た美しさを取りもどしていた。

 スラリと伸びた白い幹。

 ふわりと広がる、多くの枝。

 ツヤツヤ光る、緑の葉。


 そして、地表に現れ、のたくっていた根はその姿を消していた。 

 きっと地下に根を張ったのだろう。


 エミリーは、いったどれほどの力をつかったのか……。

 心配になって彼女の方を見ると、驚いたことに、笑顔で翔太と握手していた。

 さすがに、この時ばかりは、ハーディ卿も、優しい目でそれを見守っている。

 

『うーん、気持ちよかった。

 なんだったの、今の?』 


 神樹様の念話が伝わってくる。


「巫女の力です。

 神樹様、お身体をお確かめください」


『……あれ?

 どうなってるの、これ?

 以前のボクに戻ってる!

 なんで!?』


「実は、神樹様を巫女様が癒してさしあげる、その手助けをするよう、聖樹様から頼まれていたのです」


『そうだったの。

 そのために、遥々ここまで来てくれたのか……』


「聖樹様に頂いたお力があるので、距離は問題になりませんから」


 俺は自分の額にある、セルフポータルのスキルを司る、小さな金色の突起に触れた。


『巫女様、シロー、点ちゃん、そして、みなさん、どうもありがとう』


『(^ω^) 元気になって良かったね!』 


『うん、もう大丈夫!

 あの娘が言った通り、ボクって『幸せの木』っていう名前がピッタリだね』


 神樹様が言う「あの娘」とは、まだ双葉の頃、彼を救ってくれた迷い人のことだろう。 


「確かにピッタリです。

 神樹様のお陰で、私たちは幸せに暮らせるのですから。

 民になりかわり、感謝申しあげます」 


 そう言う陛下の言葉には、万感の思いがこもっていた。

 神樹様の柔らかい波動が周囲に満ちる。


『みんな、本当にありがとう。

 また、いつでも会いに来てね』


「ははーっ!」


 あちゃー、陛下が平伏したから、みーんな平伏しちゃったよ。

 点ちゃん、これ、俺もしなくちゃいけない?


『(; ・`д・´)つ 自分で考えろー!』 

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