第93話 カフェでの商談
ヘルポリの中央広場には、かつてこの街を窮地から救った、シュテイン皇太子の像が立っている。その広場から石畳の街路を少し歩くと、俺がおススメするカフェがある。
重厚な木造二階建ての建物は、年月を感じさせる黒褐色の外観で、軒先に目立たない看板が一つ下がっているだけだ。
看板にはグラスの絵が描かれているが、それが無ければ飲食店とは気づけない店構えだ。
黒い金属製の取っ手を握り、表扉を開ける。
明るい屋外から入ったばかりだから、店内はかなり暗く感じられた。
これは照明を最小限に絞っている事と、壁や天井に茶色や黒色が使われているからだろう。
子供の頃、映画で見た、イギリスの古いパブの雰囲気に似ている。
テーブル席に何人か、そしてカウンターに三人のお客が座っていた。
「おや、見た顔だね。
久しぶり」
上品な初老の男性が、カウンターの向こうから声を掛けてきた。
空いているカウンター席にルルを座らせ、俺もその隣に座る。
「お久しぶりです。
今日は、例のジュースを飲みにきましたよ」
この街の名物でもある、そのジュースの味がずっと忘れられなかったのだ。
「ああ、そういえば、前に来た時、味を褒めてくれたなあ。
残念だけど、今、あれを切らしてるんだ。
なんでも、森で『エイク』っていう魔獣が暴れててね。
マラアクの果実を採る者が、森に入れないらしいんだ。
せっかく来てくれたのに悪いな」
「ええと、『エイク』っていうのは、白くて大きな猿ですか?」
「ああ、地元でもないのに、よく知ってるね。
なにやら特殊個体の特別大きなヤツが群れを率いてるらしくて、討伐できないらしいんだ。
森に入って行方不明になった者がちょくちょくいるそうだ。
あんたも、気をつけなよ」
大型のホワイトエイプは、『エイク』と呼ばれてるみたいだね。
デカゴリンの話だと、彼女や仲間が人を捕えたり殺したりしたことはないとのことだから、行方不明になった人たちは、反政府組織にやられたのだろう。
「近々、あの森は国の保護区になるそうですよ」
「なんだって!
それじゃあ、マラアクのジュースやカクテルは、幻の名物になっちまうな」
カフェのマスターは、心底がっかりした様子だった。
俺はルルと視線を交わすと、彼を安心させるセリフを続けた。
「実は、俺、冒険者の他に商売もしてまして。
この度、マラアクの実を一手にとり扱うことになったんです。
もちろん、このお店にも
「おい!
そりゃ、本当か!?」
「ええ、もちろんですよ」
「どのくらい卸してもらえる?」
「そうですね。
今日は、百個ほど置いていきます」
「お、おい、今、持ってんのか?」
「ええ」
腰のポーチに触れるふりをして、点収納から箱を取りだす。
マスターがさっそくそれに飛びついた。
「すげえな、マジックバッグか!」
俺の隣に座っているおじさんが、それを見て驚いている。
本当は違うのだが、勘違いしておいてもらおう。
「商売する時に便利なんですよ。
ああ、そうだ。
王都にも店を出しますから、そこでならマジックバッグも買えますよ」
「ははは、大商人か冒険者でもないと、そんなもの買えないよ」
「ウチで売るマジックバッグは、ダンジョン産のと違って使用期限がありますし、使用できる人にも縛りがありますから、その分お値段は控えめですよ」
「ほう、そりゃいいこと聞いたぜ。
「『ポンポコ商会』です」
「ほう、聞かねえ名だな」
「ええ。
まだ、本格的な商売は、始めていませんから」
「俺ゃ、ザブラってんだが、王都に行ったらぜひ寄らせてもらうぜ」
「ありがとうございます」
その時、マスターが細長いグラスを一つずつルルと俺の前に置いた。
グラスの横には、タンブラーが添えてある。
「冷えてねえが、これがヘルポリ名物マラアクのジュースだ」
薄桃色のジュースに入った黄金色の小さな種が光り、グラスはまるで芸術作品のようだった。
「綺麗ですね!」
ルルが感嘆の声を上げる。
「ちょっと待ってね。
少し冷やすから」
グラスの底に『・』を送りこみ、水魔術でジュースの温度を下げる。
果物の甘みが消えないよう、温度を下げすぎないよう注意した。
「はい、いいよ。
タンブラーで混ぜながら飲んでね」
ルルが言われたとおりのやり方で、ジュースを口にする。
「!」
美味しさで、言葉を失ってるね。
そうなんだよね、このジュース、ムチャクチャ美味しいんだよ。
柿に似た甘みと、後味の爽やかさが堪らない。
苦労したけど、森の問題を解決してよかったよ。
『ぐ(・ω・) えっ? ギルドの依頼って、そのためにこなしたの?』
い、いやだなあ、点ちゃん。
ヘルポリの街には、あの神樹様がいるでしょ。
守るのあたりまえじゃない!
『|д゜) ……』
疑ってる! 点ちゃんが疑ってる!
「シロー、どういうことでしょう?」
「い、いや、ルル、何か誤解していない?」
「何を誤解するんでしょう?」
ここは何と答えても、叱られそうだね。
「あっ、そうだ。
マスター、さっき渡したマラアクの実だけど、お代はいいからね」
「おい、あれだけの量だと凄い金額だぞ!」
隣に座る商人、ザブラが心配してくれる。
「本当にいいのかい?」
マスターが、伺うような目でこちらを見る。
「実は、マスターに頼みたいことがあるんですよ。
ウチの商会、ちょうどカフェ部門を強化しようと思ってるんですが、この店の内装を参考にさせて欲しいんです」
「そりゃ、そんなことは、お安い御用だが……」
「アドバイスをもらうからには、きちんと代金を払います。
もしかすると、現地まで行って確認してもらうかもしれません」
「そうかい。
マラアクの実を融通してもらえるなら、喜んで協力するよ」
「ありがとうございます。
お店の邪魔にならないよう、こちらで調整させてもらいます」
「ああ、そうしくれると助かるな。
お嬢さん、もう一杯どうだい?」
「え、ええ、ぜひ」
ふう、なんとか、ルルの追求から逃れたようだ。
『へ(u ω u)へ 懲りないご主人様ですねえ。ルルさんにはブランちゃんがついてるよ』
ぐっ、それを忘れてた。
『(・ω・) まったく、ぼーっとしてますよね、普段は』
まあね、それだから加藤に『ボー』ってあだ名をつけられたくらいだから。
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