第95話 姫様との約束
朝食の席で、俺たちがもうすぐ王都を離れると、シュテインに告げた後、部屋へ帰って荷造りしていると、慌てた様子のメイドが顔を出した。
これからルナーリア姫がおいでになるというのだ。
「シロー!」
戸口にいたメイドを押しのけるようにして、淡いピンクのドレスを着たルナーリア姫が部屋に入ってくる。
怒っているのか、彼女は、その子供らしくツヤツヤした頬を、ぷうっと膨らませていた。
「本当にもう帰るのか?」
「ええ、その予定ですが――」
「以前、次に来るときは、私を海に連れていくと約束したのが、あれは嘘じゃったのか?」
あ、そういえば、そんな約束した気がする。
『(u ω u)ノ 間違いなく約束してましたよ』
「みみぃ!」(してたよ!)
やっぱり、そうか!
「も、もちろんお連れしますよ」
「本当か?!
本当じゃな?」
「ええ、もちろんです」
怒る子となんとかには勝てないっていうもんね。
『(・ω・)つ 「泣くこと地頭には勝てない」ですよ』
くう、点ちゃんが、変なところに詳しくなってる。
「よかった……。
ずうーっと、ずうーっと楽しみにしていたのじゃ!」
姫は俺の肩からブランを抱きとり、その背中の毛に涙で濡れた顔を埋めた。
うん、こうなったら徹底的に遊んじゃおうか!
◇
海で遊ぶという習慣がないこの世界では、見渡すかぎり続く、まっ白な砂浜に人影はない。
王都での『ポンポコ商会』支店立ちあげに関わっている、ハーディ卿、黒騎士、ショーカを除き、海に遊びに行くと告げると、みんな同行を希望した。
最初は砂浜で潮干狩りをしてみた。
「なに、これ!
すっごくいっぱい採れる!」
ミミが喜んでいる。
彼女が手にしたバケツは、ハマグリに似た二枚貝で山盛りになっている。
小さなスコップで砂地を掘ると、砂より貝の方がたくさん採れるのだ。
ルル、コルナ、コリーダ、舞子の四人は、点魔法で作ったビーチボールで遊んでいる。
「うわー、じーじ、すごーい!」
ルナーリア姫、ナル、メル、エミリー、翔太は、水着にパーカーを羽織り、一人ずつ砂遊びをしていたが、今はリーヴァスさんが砂で作った、巨大な『ティーヤム王城』にみんなで夢中になっている。
あの城、小型トラックくらいの大きさがあるぞ。
『(*'▽') じーじ、ぱねー!』
子供たちが喜びそうな、魔獣や動物の像までしっかり並べてあるのが心憎い。
あれは、ゾウか。
しかし、ドラゴンとクジラって、とんでもない組みあわせだな。
お昼になり、みんなのお腹が鳴ったので、海辺の定番料理、焼きそばを作る。
すでに使い慣れているバーベキュー用コンロの上に、お好み焼き用に購入した、大きな鉄板を置き、大量の焼きそばを一気に焼きあげる。
「いつもこんなことやってるんですか?」
呆れたように言うのは、汗だくで俺を手伝っているシュテインだ。
肌がまっ白な彼は、地球から持ってきたUVカットのスキンクリームをあらかじめ塗らせておいたが、やはり、日に焼けてまっ赤になっている。
これは、後で舞子に治癒魔術を掛けてもらうよう頼む必要があるな。
「「「ああー!」」」
子供たちの悲鳴が聞こえたので、そちらを見ると、ちょうど大波が押しよせ、砂の城と立ちならぶ砂像をおし流すところだった。
リーヴァスさんは、素早く動くと、こどもたちを抱え、砂浜の上まで避難していく。
そのすぐ後ろを、猪っ子コリンとキューがちょこちょこ走っている。
「ドラゴンが、こんなになっちゃった」
大波が去ると、ドラゴンの砂像は、スライムのような形になっていた。
「あー、これ、ぼーずだ!」
「うみぼーずー!」
ナルとメルが騒いでいる。
確かにあの形は、『結び世界』で俺が釣りのがした、『海坊主』そっくりだ。
「ええー、食事の途中ですが、みんなが食べおわったら、釣りをしますよ」
俺の声に、女性たちから非難の声が上がる。
「シロー……大人げないですよ」
「お兄ちゃん、どうせ釣れないんだから」
「シローに釣りは向いてないから、止めておけば?」
ルル、コルナ、コリーダは呆れ顔だ。
「舞子、俺って、子供の頃から釣りは得意だったよね?」
幼馴染である舞子に助けを求める。
「うーん、今は違うと思う」
くう、舞子、お前もか!
「シロー、ルナーリア姫を『マンボウ』に乗せてあげてください」
ルナーリア姫の肩に手を置いたルルが、そう頼んでくる。
ぐっ、断れない……。
◇
「うわー!」
「凄い!」
「こんなの見たことない!」
「あれ、変な形ー!」
「綺麗だね!」
潜水艇『マンボウ』の中では、子供たちの歓声が途切れない。
色鮮やかな魚や軟体動物、そして虹色に輝くテーブルサンゴのようなものまである。
なに、この世界の海!
めちゃくちゃ綺麗じゃん!
なんで人が遊んでないの?
俺の疑問に答えるかのように、海中を向こうから巨大な影が近づいてくる。
「なんじゃ、ありゃー!」
『(Pω・) 地球世界に大昔生息していた、ブラキオサウルスに似てるよ」
うんうん、首長竜ねって、いや、点ちゃん、なに落ちついて解説してるの!
あの大きさだと『マンボウ』ごと食べられちゃうよ!
『(・ω・)ノ 大丈夫みたいですよ。よく見てください』
あれ、なんか、こっちにお腹を見せてるんだけど……これってもしかして?
首長竜は、少し距離を置き、お腹を見せるだけなので、『マンボウ』を水面に浮上させる。
後から海面に姿を現した首長竜は、長い首の先にあるつぶらな目でこちらをチラリと見ると、再びお腹を上に向け、波間にぷかぷか浮いている。
「ナル、メル、ちょっと上がってきてごらん」
ハッチ部分は狭いので、俺が完全に外に出てナルとメルに場所を開ける。
開いたハッチから顔を出した、ナルとメルが首長竜を見て歓声を上げる。
「「わーい!」」
それが聞こえたのか、首長竜は水上で身を起こし、長い首をこちらに伸ばしてくる。
ナルとメルは、目の前まで来た首長竜の鼻の辺りを撫でている。
「「かわいー!」」
いや、パーパは怖いだけなんですけど……。
「あっ、こら!」
気がつくと、ナルとメルが前後に並んで、首長竜の頭に乗っていた。
「「わーい!」」
キュキュ!
頭に二人を乗せた首長竜が、意外にかわいい鳴き声のようなものを立て、『マンボウ』の周りをぐるぐる回る。
二人はきゃっきゃ言って喜んでいるけど、俺は心臓がきゅっきゅ言ってますよ。
「うわー!
ナルちゃん、メルちゃん、いいなあ!」
いつの間にかハッチから顔を出した、ルナーリア王女が羨ましそうに、首長竜のメリーゴーラウンドを見つめている。
「姫様、乗りたいですか?」
「うん!!」
まあ、そうなると思ったよ。
点シールドと瞬間移動があれば、まあ、大丈夫だろう。
王女、エミリー、翔太は、一人ずつ、ナルとメルの後ろに座り首長竜で遊んだ。
やっとみんなが遊び疲れ、首長竜が水中に姿を消したので、船室に降りる。
あれ? なんでみんなジト目で俺を見てるの?
ええっ!? リーヴァスさんのジト目って初めて見たよ。
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