第90話 決起


「おい、そんなところで何をしてる?」


 背後を振りむくと、襟つきの赤い上着をはおった初老の男が立っていた。

 金ボタンが並んでいるところを見ても、貴族か元貴族に違いない。


「これから食事に行くところでして」


「交代したら、さっさと食べてすぐに寝ろ。

 今から明日に備えておけ」


「はい、分かりました」


 俺の返事を聞いた金ボタンは、いぶかしそうな顔をした。


「お前……」


「ケロベス様、どうぞこちらに」


 金ボタンがなにか尋ねようとしたが、先ほどの女性が声を掛けてくれたので、彼女の後についていく。振りかえらなくても、金ボタンが俺の方を見つめているのが分かった。


 ◇


 丸顔の小柄な女性の後を追い、ログハウスに入る。中には、横長の大きなテーブルがあり、そこで数人の貴族らしい男たちが食事をしていた。

 香ばしい匂いが食欲をかき立てる。


 案内してくれた女性が、俺の前にお皿を置いた。

 そこには、焼きたての……これ、やっぱり、あれじゃない。

 カブトムシの幼虫。

 いくら焼いてるからって、これはないだろう!


 見回すと、男たちは旨そうにそれを食べている。


『(・ω・)ノ ご主人様、これサムカという虫で、凄く美味しいらしいですよ』 


 ええっ、どうして点ちゃんがそんなこと知ってるの?

 ああ、この国の図書館から仕入れた知識か。

 きっと、本当にこの虫は美味しいんだろうね。でも、生理的に無理!


『(・ω・)ノ 食わず嫌いはよくないですよ』


 よくなくて結構!

 それより、この後、どうするかな。


『(・ω・) さっきのおじさん、明日になったら何かするって言ってましたよ』


 そうだったね。

 だけど明日までこの格好でバレないかなあ。

 

「ケロベス様、どうされたのですか?

 大好きなサムカを召しあがらないなんて……」


 丸顔の女性が、心配そうに話しかけてきた。

 

「それが、食欲が無くてねえ。

 これは君にあげるよ。

 部屋まで歩くのもしんどいから、悪いけど肩を貸してくれるかい?」


「か、肩を?

 は、はい、どうぞ」


 震えた声でそう言った女性は、ブロンドの髪から覗く耳の先が赤くなっている。

 

 とりあえず、ケロベスという男の部屋までたどり着いた俺は、一人になると点収納から熱々のピザをとり出して食べた。

 コケットに横になり、明日の計画を練るうち、いつの間にか寝てしまった。

  

 ◇


 朝になり、騒がしさで目が覚める。

 壁の外からは、人が走りまわる音や、何かを呼びかけている声がする。

 

 ログハウスの外に出ると、どこにこれだけいたのかというほどの人数が、たち働いていた。

 最も多く人が集まっているのが、昨日目をつけた、中央の二棟だ。

 壁を覆っていると思っていた緑の布がとり払われ、屋根と柱しか無い小屋の中にあるものが丸見えだった。

 一つは黒光りする筒のようなもので、もう一つは水晶っぽい球形のものだが、両方とも大きさが五メートルほどもありそうだった。

  

『(Pω・) 筒は光魔術に関する魔道兵器、球は結界を張る魔道兵器ですね』

  

 数頭の馬がロープを引っぱると、魔道武器が載った台車がゆっくり動きだす。

 魔術師らしき黒ローブ姿を羽織った男が数人、台車の周りでしきりにワンドを振りまわしている。

 きっと台車が動きやすいように、土魔術で地面の凸凹をならしているのだろう。


 どうやら、人々はアジトの一角にある広場に集まるようだ。

 二つの魔道兵器も、そこへ運ばれていく。

 しかし、これだけゆっくり運ぶなら、ここから王都まで一月くらいかかるんじゃないかな。

 この人たちの作戦って、どうなってるんだろう?


「諸君! 

 ついに我々が待ちに待った時が来た!」


 木箱のようなものの上に乗った、赤い服に金ボタンのおじさんが声を張りあげる。

 それは、昨日、俺を疑いの目で見ていた人物だった。

 彼を見上げる人々の半分は熱のある表情で、もう半分は疲れたはてた表情だった。 

 

「今日、日没を合図に、我らの軍はヘルポリの街へ向かう!

 そこを落とした後、沿道の村を攻略しながら王都へ向かう!

 いざ、王都を我らの手に!」


「「「王都を我らの手に!」」」


 広場に熱気が広がり、先ほどまで疲れた表情を見せていた人々の顔も、興奮で赤くなった。

 

「えー、みなさん、ちょっと聞いてください」


 点収納から取りだした拡声の魔道具を使い、全員が聞こえるよう話しかける。

 みんな、驚いた顔をこちらへ向けた。


「だ、だれだ?」

「あ、あいつはケロベス!」

「ケロベス様!」


 最後の声は、例のずんぐりした女性のものだね。

 話を続けようか。  


「ええと、そんな大きなものを王都まで運ぶのは大変でしょう」

 

 巨大な二つの魔道兵器を指さす。


「俺に任せてもらえば、すぐに王都まで運べますよ」


 俺の言葉は、かえって彼らを刺激してしまったようだ。


「曲者!

 誰だ、あいつは!?」

「ヤツは、ケロベスだ!

 なんであんなことを?」

「そんなことできるはずがない!」

「ヤツを捕まえろ!」


 すでにワンドを抜いてる人もいるね。

 どうする、点ちゃん?

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