第84話 オコ騎士の帰還(下)


 食事をした広間では、お腹いっぱいに食べ動けなくなった貴族たちが担架で運ばれるという、彼らにとってかなり不名誉な事態が起きてしまった。

 運ばれていくとき、みんな満足そうな顔をしてたからまあいいか。

 陛下には、『腹八分目』という法律を作るよう勧めておこう。

 

 家族や仲間が迎賓館に戻る中、俺と魔獣だけが王妃様の私室に招かれた。

 

「ブランちゃん、キューちゃん、また会えたねー!

 こっちのみんなも、すっごく可愛いね!」


 ルナーリア姫は、魔獣に囲まれご満悦だ。


「モフモフ天国だ~」


 王妃様は目を細めて、そんなルナーリア姫を眺めている。


「シローさんは、やっぱりルナの『オコ騎士』だわ」  


 シュテインも優しさいっぱいの目で妹のルナーリア姫を見ている。


「「ここに帰ってきてくれて、ありがとう」」


 王妃様とシュテインの声が重なった。


「ははは、ルナーリア様がこれだけ喜んでくださるなら、また来ますよ」


 この日はルナーリア王女が眠くなるまで、王妃様の部屋で過ごした。


 ◇


 次の日、今度は陛下の執務室へ呼ばれる。

 顔見知りの侍従さんに連れられ部屋に入ると、執務用の机に着いた陛下とその左右に立つ宰相、シュテインの三人がいた。

 

「朝から呼びたてて済まぬな。

 だが、こういうことは早目にと思うてな」


 陛下の机に置かれた二枚の羊皮紙を宰相が俺に手渡す。

 目を通すと、どちらも不動産の書類らしい。


「王都で商売する許可を欲しがっておったじゃろう。

 この物件がおススメじゃ。

 シュテインに案内させるから、見てくるといい。

 それから、こちらは邸宅じゃ。

 王都での滞在場所が必要じゃろう」


 うーん、商売の許可だけもらえたら、店舗は自分で探すつもりだったのだけど、まあ、くれるって言うならもらっておけばいいよね。

 

「シュテイン、お願いしていいかな?」


「ええ、今日の午前中は予定を空けておきました。

 すぐに街へ向かいましょう」


「助かるよ」


 今回は日程を特に決めない旅行だが、ナルとメルの学校のこともあるから、あまり長くなるのも避けたいんだよね。

 今日午前中に、この国での仕事を済ませられるなら、そうしたいね。


「じゃ、瞬間移動を使うよ」


 シュテインの肩に左手を置き、右手の指を鳴らす。

 周囲の景色が一瞬で変わり、二人は路地裏に立っていた。


「うわ!

 相変わらず、凄い能力ですね!」


 いや、ただの瞬間移動だから。


「目的の場所は近い?」


「ええ、ここからならすぐですよ」


 シュテインが先に立ち、大通りに出る。

 

「あそこです」


 彼が指さした先には、石造り三階建ての大きな建物があった。


「あれ?

 大きすぎない?」


「前にシローさんが来た時、クーデターを抑えてくれたでしょ。

 あの時の首謀者ナゼリア侯爵の親族が経営していた店舗だったんです」


 なるほど、それを取りあげたわけか。

 貴族制を基盤にした国らしい対処だな。


 店舗は比較的新しい上、造りもしっかりしていて、手を加える必要はなさそうだ。

 

「ここでご不満があれば、別の物件を用意します」


「いや、ここでいいよ。

 何より、商売をするのに、これ以上の物件は見つからないだろう」 


「よかった。

 ここが一番お勧めの物件でしたから」


 それからシュテインの案内で、邸宅も訪れた。


「あー、これって、邸宅っていうより、小さな城だね」


 邸宅はお城から比較的近い、緑地の中に建っていた。

 敷地の一部は湖に面していて、桟橋には何艘かボートが繋がれていた。

 

「ここなら敷地も広いですし、お城からも近いです」


「もしかして、ここって――」


「ええ、例のナゼリア侯爵が住んでいました。

 正直に言いますが、いわくつきの物件なので買い手が見つからないそうです」


 まあね、クーデターの首謀者が住んでた家を、わざわざ買う人はいないかもね。


「ここなら、ご家族が住まれても十分な広さがあると思いますよ」


 結局、この邸宅も、もらっておくことにした。


「ああ、良かった!

 肩の荷が下りましたよ。

 少しだけ恩返しできて」


 シュテイン笑顔は反則級だった。この笑顔見て断る人、誰もいないよね。


「ああ、そうだ!

 今、思いだしましたが、帝都ギルドのグラントさんがお願いがあるから一度来てくれっていう話でした」


 グラントって、確か大柄なギルマスだったよな。

 なんだろう?

 厄介な依頼じゃなけりゃいいけど。


 瞬間移動でシュテインをお城へ跳ばすと、俺は歩いてギルドへ向かった。

 この土地が春を迎えるのか、美しい花々が咲きみだれる公園からは甘い香りが漂い、素敵な散歩になった。

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