第79話 薬師の街(下)


 はっと気づくと、ふかふかの毛布を掛けられ、ベッドに寝ていた。

 部屋は八畳ほどの個室で、壁には趣味のいいタペストリーが掛けてある。

 木造の建築物だが、見覚えがない部屋だった。

 ここどこ?


「シローさん、気がつましたか!」


 部屋に入ってきたのは、かつてこの世界で知りあった小柄な薬師の少年、ルエランだった。

 手に木桶を持っている。 


「おっ、ルエラン、久しぶりだね!

 ところで、俺、なんでこんなところで寝てるの?」


 どうも、街に入った辺りから記憶がはっきりしない。


「それは、シローさんがギルドで、えい……まあ、それはいいでしょう。

 それより、みなさんがご心配されていますよ」


 彼は木桶から濡れた布を出すと、それを固く絞り手渡してくれた。

 冷たい布で顔を拭くと、すごくさっぱりした。

 ミントに似た爽やかな香りがするのは、布を漬けていた水に薬草が入っていたからだろう。

 さすが腕利きの薬師だね。


 ルエランが手を貸そうとしたが、なんとか自分で立ちあがる。


「ところで、ここはどこ?」


「ウチの別館です」


 えっ、どういうこと?


「以前、シローさんに手伝ってもらってから、店がかなり繁盛しまして、二号店と別館を建てたんです」


「も、儲けてるんだね?」


 うーん、ルエランを商売に誘うつもりだったんだけど、賛成してもらえるだろうか?


「今回、この街に来たのは、商売のことで相談があってね?」


「商売?

 シローさんって、冒険者ですよね?」

 

「ああ、そうなんだが、実は以前から商売の方にも手を出していてね」


「そうだったんですか。

 なるほど、それでこの店を手伝ってくれた時、貴重な助言をしてくれたわけですね」


「まあ、そんなところ。

 とにかく、一度、俺の仲間と話をしてもらえないか?」


「じゃ、みなさんの所へご案内しますね」


「ありがとう」


 ルエランに案内され、木の香りが漂う廊下を歩く。

 造りや内装にお金が掛かっており、ずい分大きい。

 目的の部屋は、階段を降りた突きあたりにあった。


 広い部屋は、会議室にしては豪華すぎる。

 ルエラン、どんだけ稼いだんだよ! 

 

 部屋には家族と仲間が全員いた。

 お茶とお菓子を前に、みんなくつろいでるね。


「「パーパ!」」


 ナルとメルが跳びついてくる。

 二人とも、俺が初めて見る黄色いワンピースを来ていた。

 

「シロー、フィナさんが、二人に買ってくれたんですよ」


 ルルが説明してくるけど、ええと、「フィナ」って誰だっけ?


 小柄な初老の女性が、ナルとメルの頭を撫でている。

 

「ルルさん、シローさんには息子が大変お世話になったんですよ。

 気にしないでくださいな」

 

 彼女は、ルエランのお母さんだ。

 あれ、もしかして、「フィナ」って彼女の名前かな?

 以前ここにいた時、彼女のこと「お母さん」って呼んでたから、名前を知らなかったよ。


「ルル、大事な仕事の話があるから、子供と街で遊んできてくれる?」


 この国のお金が入った革袋を点収納から出し、それをルルに渡す。


「はい、分かりました。

 でも、明日は遊んでやってくださいね」


「もちろんだよ。

 さあ、ナル、メル、マンマと遊んでおいで!」


「「わーい!」」


「お兄ちゃん、私たちも遊びに行くね」


 コリーダと舞子と手を繋いだコルナが笑顔で言った。

 みんな、異世界の街に興味あるんだね。

 俺も一緒に遊びたいのに!


「お金はルルに渡してるから、みんなで楽しんでくるといいよ」 


 結局、会議室には、『ポンポコ商会』の業務に直接かかわる、ミミ、ポル、黒騎士の三人と、今回だけのサポート役であるハーディ卿と軍師ショーカが残った。

 ルエランの店で働いている使用人が、みんなの前にお茶を用意して部屋から出ていく。


 今回の会議は、外に情報が洩れるとまずいこともあるから、念のため点ちゃんにこの部屋に防音をかけるよう頼んでおく。


「ルエラン、フィナさん、今回ここにうかがったのは、俺が経営している『ポンポコ商会』と業務提携してもらおうと思ったからです」


「まあ!」


 フィナさんは、驚いたようだ。

 彼女は俺がただの冒険者だと思ってるからね。


「ええと、説明が長くなりますが、最初から話しますね」


 ルエランとフィナさんには、世界群の説明からしなければならないからね。

 長い話の間、二人はずっと驚きっぱなしだった。

 その辺の詳しい話を知らなかったハーディ卿とショーカ、黒騎士まで驚いている。

   

「なるほど、ティーヤム王家がシローさんをえ……として扱うのも当然ですね」

「凄わね、シローさん!

 息子がそんな方と友達なんて、まだ信じられないわ」


 気持ちを落ちつけるためか、水を飲んだ後、ルエランとフィナさんは、そう言った。


「いえ、ルエランの方が凄いですから」


 だって、俺がいろいろしたのって、ほぼ点ちゃんの力だからね。


『(≧▽≦) てへっ、えへへへへ』


 点ちゃんがデレている!

 うわっ!

 突然、なんだこりゃ!


「うわっ!」

「ま、まぶしいっ!」

「目がっ、目がっ……」


 俺の身体から放たれる光に、みんなが悲鳴を上げる。

 おいおい、こんなタイミングでレベルアップですか!


『(*'▽') 私のレベルアップですね! 次のスキルは――』 


 いや、点ちゃん、悪いけど今は仕事中だから、後でいいから。 


『(;ω;) せっかくレベルが上がったのに……』


 ごめんなさい、ホントごめんなさい、点ちゃん。

 凄く大事なことだから、仕事が終わってから、じっくり聞きたいじゃない?


『(=ω=) ほんとですか~?』


 疑ってる、疑ってるね!


『(・ω・) まあいいですけどね、あとでブランちゃんに調べてもらうから』


 ひいっ! もう堪忍してください!

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