第73話 恋の病(中)  


 点ちゃんに、ヴァルム少佐の動きを追ってもらっていたが、彼がモラー少佐に近づいたと分かったので、瞬間移動で現場に跳ぶ。


 そこは、『結びの家』に併設されたオープンカフェの前だった。

 ウッドテラスに置かれたテーブル横の椅子に、ルル、舞子が座っており、その横には中腰になったまま動かない眼帯の女性がいる。

 モラー少佐は、眼帯が無い方の目を大きく見開き、空を見上げている。

 彼女の鼻を左手でつまんだヴァルム少佐が、唇を彼女と合わせていた。

 まさに人工呼吸だ。


『(*'▽') やっちゃったーっ!』 

「みぃや~」(あちゃ~)


 いやー、点ちゃんとブランが言うとおりだよね。

 何やってるの、ヴァルム君!


 ぱちーん!


 そんなヴァルム少佐の頬がいい音を立てる。

 やっと正気に戻ったモラー少佐が、平手を振るったのだ。

 

「えっ、あ、あ、え……」

 

 頬に紅葉の痕をつけたヴァルムは、言葉にならない声を洩らしている。

 カフェの中が騒がしくなり、窓にお客さんの顔が並ぶ。

 その中には、コルナとコリーダの顔もあった。

 俺に気づいたコリーダが、手を振っている。

 そのコリーダは、コルナに手を引かれ、店の外に出てきた。


「お兄ちゃん、何があったの?」


「いや、俺も今しがた着いたところだから、何があったか分からない」


 本当は見てたけど……。


「ヴァルム!

 あんた、何のつもりだい!」


 モラーの両手が、ヴァルムの襟を絞りあげている。


「く、苦しい……待て、待ってくれ!」


 ルルがモラーの手首に軽く手を添えると、ヴァルムの襟をつかんでいた手がぱらりと外れた。


「あ、あれ?」


 モラーが不思議そうに自分の手首を撫でている。

 

「どうしてこんなことになったか、説明してもらえますか?」


 ルルがヴァルムに話しかけている。

 そのルルの肩に白猫が跳びのった。


 あっ、ブラン!

 いつの間に!?


 案の定、ブランはルルの額に前足の肉球をぷにりと押しあてた。

 しばらく目を閉じていたルルが、キッとこちらを向く。


「シロー、これはあなたのせいですか?」


 ◇


 ウッドデッキに正座させられた俺は、ルルを始めコルナ、コリーダからお説教されていた。

 なぜ、瞬間移動で逃げないかって?

 最初にそれを禁じられちゃったんだよね。


「本当に、私は病気ではないのですか?」


 ヴァルム少佐は不安が消えないようだ。


「えっ?

 あなたも病気だったの?」


 モラーの言葉に、すでにブランから状況を知らされているコルナが口を出す。


「あのー、二人とも病気じゃないよ」


「「えっ!?」」


「ヴァルムさんは、シローに騙されたんですよ」


 コリーダが、気の毒そうに声をかける。


「ええっ!?

 まさか英雄がそんなことをするはずが――」


「それが、お兄ちゃんは、よくそういうイタズラをするんだよね」

「そう、シローってそういうとこあるわね」


 コルナとコリーダが頷きあう。

  

「ヴァルムさん、モラーさん、お二人とも、シローがご迷惑おかけしました」


 ルルが頭を下げる。


 うえー、どうしよう!

 ルルが謝ることになっちゃったよ……。

 

「ご、ごめんなさいっ!」


『(*'▽') ご主人様が土下座ー!』  


 頭を下げていたのと、反省でいっぱいいっぱいだったので、それから彼女たちの間で何が話しあわれたか知らないが、最後にルルが言った。


「とにかく、この件は、シローに責任を取ってもらいましょう」


 ◇


 俺は苦手な早起きをして、土魔術で建物を造っている。

 ルルたちに言われ建てることになった、この建物は結婚式に使うものだ。

 男女関係も、宗教らしいものも無かった、『結びの大陸』では、結婚の制度もなく、結婚式の舞台も造られてこなかった。


 正式な、初めての結婚式が開かれる会場を作ってるってこと。

 なんでリア充のために、俺が苦労しなきゃいけないのか? 

 ホント、ルルから言われてなけりゃ、絶対に造らないね。


『(*'▽') ご主人様ー、そんなこと考えていいのー?』 

「みみ?」(なになに?)


 いや、ブランちゃんは、いい子だから大人しくしておきましょうね、ナデナデと。

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