第71話 釣りと坊主
俺たちが滞在している『結び世界』には、二つの大陸がある。
ここ『結びの大陸』と、もう一つは科学が発達した巨大都市がある大陸だ。
そして二つの大陸の間には広大な海があり、そこがほとんど手つかずのまま放置されている。
この世界に住む人々は、海を資源とは考えてこなかった。
「海だねー!」
「だねー!」
全長三十メートルほどの白銀のクルーザー、点ちゃん3号のデッキでは、座席から立ったナルとメルが、透明なキャノピー越しに大海原を眺めている。
背後を振りかえれば、『結びの大陸』が見える。
海岸線に高い山がない大陸は、緑の線に見えた。
学校の設立を含め、山積していた仕事が一段落したから、今日は家族総出で海に来ている。
甲板に設けたキャノピーには、俺の他にナル、メル、リーヴァスさん、ミミ、ポルがいて、他は壁を透明にした下の船室でお茶をしている。
「リーダー、早く早く!」
ミミが俺の袖を引っぱる。
彼女は釣りが大好きだからね。
本当は釣りそのものより、釣った魚を食べるのが狙いみたいだけど。
「じゃあ、釣ってみるかな」
釣り道具を収めた点収納から、いくつか選んで取りだす。
地球世界から持ってきた、日本の釣り道具だ。
「へえ、これが地球世界の釣り道具ですか。
なんかピカピカしてますね」
リールを手にしたポルは、ハンドルをくるくる回している。
「エサはどこ?」
ミミはさっそく道具箱をひっかき回している。
「ミミ、それ、きちんと整理してあるんだから、元のようにしておいてよ」
「えっ!?
そうなの?
どうしよう……」
やれやれ、これで本当に釣りが好きって言えるのかね。
「みんな注目ー!
エサはこれを使います」
俺が取りだしたのは、鯉のぼりの吹きながしに似た銀色の
「パーパ、これ生きてるの?」
二十センチくらいの長さで、細い足がたくさん付いたそれを手にしたナルが不思議そうな顔をしている。
「これは疑似餌って言って、水中でお魚さんが見るとご馳走のように見えるんだよ」
「生きてるみたいだね」
メルがそう言ったのは、疑似餌の足が、風でひらひらしているからだろう。
この疑似餌、実は点魔法で作ってある。
名づけて『点ルアー』だ。
そのまま使う事もできるし、足を動かし泳ぐ機能に加え、海中の情報をこちらに送る機能も備えている。魚群探知機つきのルアーだね。
「竿をこうやって伸ばして、リールをここへ着けるだろう?
糸をここに通して、その先にハリを結んだら、この小さなオモリをつけてと。
最後に、この『点ルアー』をハリの少し上にくくりつけたら完成」
「へえ、思ったより簡単ですね」
「だろう、ちょっと工夫してみた」
ポルにはそう説明したが、実際には「ちょっと」どころか、かなり工夫してある。
今回使う釣り道具では、糸、釣りバリ、オモリ、疑似餌を点魔法で作った。
そうすることで、仕掛けが切れても、そういったものが自然の中に残らないようすることができる。
一番苦労したのが、釣り糸で、急な負荷や一定以上の重量がかかると切れるようにしてある。ハサミで切ることもできる優れものだ。
点魔法で作ると、切れない糸を作るのは簡単だけど、それだと釣りの醍醐味が味わえないでしょ。
『(・ω・)ノ ご主人様は変なところにこだわるよね』
「ミュウ」(そうね)
いや、点ちゃん、大物がハリに掛った時、糸が切れるか切れないかギリギリのスリルが楽しいんだよ。
『(*'▽') 理解不能~』
ま、いいけどね。思いっきり釣りを楽しんじゃうから。
◇
「パーパ!
竿がぴくぴくしてる!」
メルが仕掛けを海中に投げこむと、すぐアタリがあった。
「メル、まだだよ、まだだよー」
竿が弓のようにぐんと曲がる。
「今だ!
竿を立てて!」
「なんか引っぱってる!」
「お魚さんだよ!
大物だね!
竿を立てたままにして!」
ジジジーっとリールが音を立て、そこから糸が出ていく。
メルが頬を染めてがんばっている。
「よし、リールを巻いて!
あ、そうじゃなく、逆に巻いて!」
初めてリールを使ったメルは、少し戸惑っていたが、すぐに慣れたようだ。
ぐんぐん糸を巻いていく。
ザパンッ
波間からジャンプしたのは、カツオに似た魚だった。
「メルちゃん、がんばれー!」
魚を目にしたミミが、自分の竿を手放し、メルの応援に駆けつける。
「サ・カ・ナ!
サ・カ・ナ!
それ、サ・カ・ナ!」
ミミの奇妙な応援と踊りが利いたとは思えないが、ようやく魚が舷側まで寄ってきた。
ザパッ
リーヴァスさんが、長い柄のついた網で魚をすくい上げる。
「やったー!」
メルが小躍りして喜んでいる。
俺は船上にある小型の丸いハッチを開き、そこに七十センチほどの魚を放りこんだ。
「「「おー!」」」
下の船室から歓声が上がってきたのは、そこにある水槽へ送られた魚が泳ぎはじめたからだ。
食べるなら、釣ってすぐ魚をシメた方が旨いのだが、点ちゃんが調べて食べられない魚はリリースしなくちゃいけないからね。
「キター!」
「パーパ、竿が曲がった!」
ポル、ナルの仕掛けにも、同時に魚が来たようだ。
どんどん釣れる魚に、
船室で水槽を見ていたルルたちが甲板に上がってくる。
「みんな手伝って!」
それからは、歓声や悲鳴、笑い声で船上は賑やかなことになった。
◇
『(*'▽') ご主人様ー、ご飯食べないの?』
みんなは、釣った魚を食べるために船室へ降りていったが、俺だけ一人甲板に残っている。
『(*'▽') ねえねえ、ご主人様、なんで黙ってるの?』
うるさいなあ、もう!
釣れないんだよ!
そう、竿を出していたナル、メル、ミミ、ポルはそれぞれ呆れるほどたくさん魚を釣ったのに、俺だけまだ一匹も魚を手にしていない。
点ルアーに様々な動きをさせてみたり、それを泳がせる水深を変えたりしたけど、なぜか全く釣れない。
坊主だ。
『(*'▽') 坊主って頭がハゲてるてこと?』
いや、まあ、「ハゲてる」とも言う事ありますけどね、魚が一匹も釣れないってことだよ。
これだけ釣れないと、なんか虚しくなってくるなあ。
すでに太陽が陸地の向こうへ沈みかけている。
空と一緒に心も
『(*'▽') 今日はもう諦めましょうよ』
あと一分、あと一分だけだから!
『(*'▽') それ、さっきからずっと言ってますよ?』
頼むから、もうちょっとだけ……おやっ!
初めて竿先がピクリと動いた!
キター!
ようし、焦らない、焦らない。
竿が弓なりになってから……。
しかし、その後、竿先がピクピクするだけで、一向にぐいっと曲がらない。
どういうこと?
上げてみようか?
いや、でも、今、上げると、魚に逃げられちゃうかも。
あっ!
忘れてた!
そういえば、『点ルアー』には情報送信機能があったんだ!
パレットを出し、点ルアーからそこに情報を送ろうとしたとき、竿がぎゅんっと弓なりにしなった。
パレットを放りだし、竿を両手で握る。
重っ!
なんだこれ!
大物だぞ、これは!
くう、手が痺れる。
こりゃ、糸がもたないぞ!
ここで俺はインチキをした。
釣り糸が切れないよう、点魔法でそれを強化したのだ。
なんとしてでも、コイツを釣ってやる!
「シロー、そろそろ
あら、魚が掛かってる?」
ルルが船室から上がってきて、俺の様子に気づく。
彼女が呼んだのだろう、一度下に降りていたみんなが、またガヤガヤと甲板に出てきた。
「シローさん、がんばって!」
「パーパ、大っきいお魚釣って!」
「お魚ー!」
ポル、ナル、メルが応援してくれる。
「ホントに魚かなあ?」
ミミは、俺には魚が釣れないと信じているようだ。
ガクン
えっ!?
竿に掛かっていた重さが急に消える。
逃げられた?
ハリが外れちゃった?
その時、突然、船の近くで水面が盛りあがった。
巨大な球形のものが水面に出てくる。
「海坊主!?」
黒騎士がそんな言葉を洩らす。
巨大なそれには、大きな目が二つついており、その黒い目と俺の目が合った。
ぷぅ~
そんな音がしたと思ったら、巨大な海坊主は、空気が抜けた風船のように、しゅ~っと小さくなった。
バレーボールくらいの大きさになったそれは、片目をぱちりとつむると、いちど海面から飛びあがり、ぽちゃんと水中に消えた。
後には、風にひらひら揺れる点ルアーだけが残った。
「ぷっ、あはははは!」
コルナが笑いだすと、それに続いて爆笑が船上を支配した。
「はあ、はあ、おかしかったー!
お兄ちゃん、最後まで坊主だったねー」
「そうそう、海坊主!」
「あいつ、最後、ウインクしてたよね、あははは!」
竿を手に呆然と立ちつくす俺の目には、地平線に沈んでいく太陽がさっきの生物に見えた。
その後、点ちゃんの分析で食用不可と判定された例の生物は、正式に『海坊主』と名づけられた。
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