第70話 放課後
体験授業を受けた生徒は、一人も欠けることなく学校に入学することになった。
『(*'▽') なんでやねん!』
点ちゃんは、そんな事を言って不思議がっているが、別にそれほど驚くことではないと思う。
授業が終わり教室から外に出ると、すでに雨が上がっており、雲間から光が差していた。
運動場の屋根として張った点パネルについた水滴が、陽の光を反射して地面を虹色に染めている。
授業が先に終わった幼少クラスの子供たちが、走りまわって遊んでいる。
リーヴァスさんは、肩車で一人、両腕に一人ずつ、背中とお腹に一人ずつ、両足に一人ずつ、合わせて七人の子供に抱きつかれ、超合金のロボットみたいになっている。
ナルとメルが、それぞれミミとポルを追いかけ、尻尾(しっぽ)を狙っている。十人以上の子供たちがその遊びに参加していた。
「「「ぽるっぽー!」」」
「「「みみっぽー!」」」
あれじゃあ、あまりにも可哀そうだから、少ししたらミミとポルを助けてやろう。
ルル、コルナ、コリーダ、舞子それぞれの周りには、男女年齢を問わず人が群がっている。
なぜかお母さま方からもみくちゃにされている黒騎士を、どういうことかいつも仲が悪いショーカが守ろうとしている。
「ピーッ!」
笛の音がして、みんなが注目した先には、演台に立つ翔太がいた。
「それでは、開校を祝して、コリーダさんからみなさんに歌のプレゼントがあります」
さすがカリスマの塊みたいな翔太だ。遊んでいた子供たちもピタリと静かになった。
演台から彼が降り、代わってコリーダがそこに立つ。
彼女は動きやすい緑と白の民族衣装を着ていたが、俺が指を鳴らすと、一瞬で黒く光沢があるふわふわした衣装、『竜の羽衣』をまとった。
コリーダは前置きなしに、静かに歌いだした。
黒い衣装が虹色の光を浴び、光りかがやく。それは万華鏡のように変化する歌声とともに、見る者、聴く者を幻の世界へ連れていく。
そこは様々な色の光が踊り、触れあう柔らかく優しい世界だった。
やがて雲で光が翳り、彼女の歌が静かに終わると、校庭から全ての音が消えた。
しばらくして遠くで鳥が鳴いたのをきっかけに、拍手と歓声がドーム状の空間に響いた。
コリーダは何も言わず演台を降りた。
言葉は不要だろう。歌に込められた、『結び世界』の再生と希望への祈りは、みんなの心に刻まれたのだから。
コリーダは、その神々しさからか、少し離れて大人たちがとり囲んでいる。
その彼女にルル、コルナ、舞子が抱きつき、ねぎらう姿を見ると胸が熱くなった。
◇
その日の夕方、家族と仲間みんなで『結びの家』のカフェを訪れると、なぜかお客さんたちから拍手を受けた。
コリーダの歌を聴いた人たちがいたのかもしれない。
人数が多いので、三つのテーブルをくっつけて使うことにした。
全員が座ると、ちょうどニコが厨房から姿を現したので声をかける。
「ニコ、この前はいきなり消えてごめんね」
「いえ、いいんですよ。
シローさんとその家族は無料にするよう言われてますから」
「ああ、そういえば、お金使うようになったんだよね?」
「ええ、初めての事なので、係の者もまだ慣れていませんけど」
「ところで、弟さん、ボリス君だったかな?
彼、体験授業はどうだって言ってた?」
「それが、弟はあの日夜遅くまで、ずうっとしゃべりっぱなして、父さんもボクも困ってしまいましたよ。
よっぽど授業が楽しかったんでしょう」
「へえ、それはよかったね。
誰の授業を受けたの?」
「確かハーデ先生でしたか――」
「ああ、ボリス君は、私のクラスでしたよ」
ハーディ卿が手を挙げる。
「私の授業のどこが楽しかったのですかな?」
笑顔を浮かべたハーディ卿が尋ねる。
「水の玉を飛ばしたり、枯れた植物を元気にしたり、本当にそんなことをなさったんですか?」
ハーディ卿が肩を落としている。
水の玉と植物の話は、きっと翔太とエミリーがやったことだからだ。
「あ、お金の話も面白かったそうですよ」
「わはは、そうですかそうですか!」
しおれていたハーディ卿が急に元気になる。
娘や翔太と張りあってどうする。
彼って、ほんと子供っぽいところあるよね。
「史郎君、最高学年のクラスだったんでしょ。
どんな授業したの?」
舞子がはきはき尋ねてくる。
人見知りの彼女も、そろそろこのメンバーにも慣れてきたみたいだね。
「ええとね――」
俺が答えようとすると、なぜかみんなが目をつぶった。
なんだこれ?
「シロー、どうして授業でそんなことを?」
えっ?
ルル、それってどういうこと?
『(*'▽') ブランちゃんの記憶をみんなに念話で転送しました』
みんなが目を閉じていたのはそれを見ていたのか!
おいおい、点ちゃん、さり気なく新しい能力に目覚めてるよ。
しかも、この場合、ブランと点ちゃんのコンビネーション能力だね。
「お兄ちゃん、どうして生徒を宙に浮かせたり、ぐるぐる回したりしたの?」
「えー、それはね、コルナ――」
「シロー、どうして生徒を、トサカだとかハゲだとか呼んでるの?」
「あのね、コリーダ、それは――」
「シロー、生徒を消すぞって脅すのはどうかと思います」
「ルル、あれは――」
「パーパ、トサカってなにー?」
「メル……」
どうやら俺に弁解の余地はないらしい。
その夜、俺は大好きな風呂を禁止されてしまった。
なんでやねん!
『(*'▽') そんなあんさんこそ、なんでやねん!』
点ちゃん、「あんさん」ってねえ……。
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