第60話 新型テント

「宝石探し(下)」との間に、二話入ります。

――――――――――――――――――――――――



「あー、今頃みんな、お風呂に入ってるんだろうなあ!」


「ミミ、仕事中だよ。

 贅沢言わないの!」


 猫人ミミと狸人ポルは、転移で現れた森を出発し西へ向かっていた。

 

「地図によると、この辺りみたいだけど」


 陽が落ちかけているので、ポルは『枯れクズ』で地図を照らした。

 シローからもらった手描きの地図は、土地の特徴がよく捉えられている。

 

「地図によると、それほど離れていないところに海があるから、一度森を抜けた方がいいかもしれないね」


「だけど、それはまた明日ね。

 暗くなってきたから、今日はこの辺でキャンプを張るわよ」


「そうだね。

 それがいい」


 かつては危険に突っこんでいったミミとポルだが、エルファリア世界にあるギルド本部で一流の冒険者からしごかれ、慎重に行動することができるようになっていた。

 今の二人をシローが見たら、さぞや驚くことだろう。

 

「だけど、これがあると、交代で見張りをする必要がないわね」


 ミミが腰のポーチから取りだしたのは、ピンポン玉くらいの青い球だった。 

 

「ミミ、油断しちゃだめだよ。

 リーダーが言った通りの機能なら、確かに安全だけど、ボクたちが初めて試すんだから」


「まあ、そうだけど。

 じゃ、行くわよ」


「うん」


 ミミは青い玉の突起を指で押し込むと、木々の間隔が広いところへそれを投げた。


 ボンッ


 現れたのは、迷彩色のドーム型テントだった。

 延床面積で八畳ほどのものだ。

 シローは、それを『ポチボンテント』と呼んでいた。


「ええと、入り口はここだね」


 半球のテントに描かれた扉のアイコンにポルが触れると、側面がアーチ形に開いた。

 

「ええと、確か靴は脱ぐって言ってたよね」

 

 二人はテントの入り口に座ると、冒険者用の革靴を脱ぎ中に入った。

 壁に描かれたアイコンに触れると、入り口が閉じた。


「あ、ここに入れるのかな?」


 天井からぶら下がった網に、ミミが『枯れクズ』を入れる。

 その明かりで部屋が照らされた。

 

 ドーム型の壁は、落ちついた茶色だった。

 壁に比べ、やや薄い茶色の床は、地面の凸凹が感じられない。

 そして、微かに空気の動きがある。

 シローが組みこんだ換気機能が働いているのだ。


「快適ね!

 でも何も無いわ」


 シローから、寝袋や携帯コンロ、食料は持っていくなと言われたが、これでは食事もままならない。

 

「あ、もしかして、これじゃない?」


 テントは壁の一部が平面になっており、そこに〇と△を組みあわせた『ポンポコ商会』のマークがあった。

 ポルがそれに触れると、壁がドアのように開いた。


「「うわあ!」」


 そこには、備えつけの棚があり、ちゃぶ台、小型魔道コンロ、食材が入った半透明のコンテナーが並んでいた。

 小型の鍋やフライパンまで揃っている。

 一番下に置かれた箱を開くと、そこには保冷が必要な食材と雪が入っていた。


「やったー!」


 ミミがアイスクリームのカップを手に取り、頬ずりしている。


「ミミ、デザートは食事の後だよ」


 ポルはテントの中心にちゃぶ台を置くと、お茶の用意を始めた。

 その間に、ミミが壁を調べている。


「あっ、ここに水滴のマークがあるよ!」


 ミミが言うとおり、壁に青い水滴のマークがある。

 彼女がそこに触れると、壁が開き、中に明かりが灯った。

 そこにはユニット式のバスタブと便器があった。

 

「「あーっ!」」


 二人の声が揃う。

 円形の部屋が一部切り取られていたのは、この空間のためだった。


「お、おふろー!」


 ミミが両手を上に突きあげ叫ぶ。

 獣人世界にお風呂に入る習慣はないのだが、シローの影響で、彼女はそれなしではいられなくなっている。

 

「リーダー、ちょっとミミを甘やかせすぎじゃないかな」


 ポルの言葉は、ミミが魔道具からお湯を注いでいる音にかき消されてしまった。


 ◇


「ミミ、もう夜が明けたよ!

 早く起きて!」


「ううん、もうちょっとだけ~」


 天井部分が透明なテントに、朝日が差しこんでいた。

 ポルはコケットに横たわるミミを起こそうとするが、あまりに気持ちがいいのだろう、ミミは全く起きようとしない。


「しょうがないね」


 ポルはミミが横たわるコケットの支柱に描かれた『ポンポコ商会』のアイコンに触れた。 


 ドン


「痛っ!」


 コケットが小さな玉となり、転がったミミが、床で打った頭を抱える。

 

「もう!

 いい気持で寝てたのに!

 なんで起こすのよ!」


「ミミ、ここはどこかな?」


 ポルの声はいつになく静かだ。


「えっ!?

 あれ?

 ここどこ?」


「寝ぼけてるね。

 ここは『田園都市世界』にある森の中だよ」


「あっ!

 調査!」


「もう、テントは畳むよ。

 寝坊したから、君は朝食抜きだから」


「ええーっ!

 せめてアイスクリーム、一口だけでも――」


「ぜーったいにダメ!」


 ポルはテントの外に出ると、アイコンに触れる。

 テントが消え、地面に座りこんだミミと彼女の靴だけが残された。

 

「ミミ、君、冒険者のランクは?」


「ぎ、銀だけど……」


「それで銀ランクの冒険者にふさわしいのかな?」


「ひーっ!

 い、言わないでー!」


 ミミはペタンと寝た三角耳ごと頭を抱えている。


「君の所属するパーティは?」


「ポ、『ポンポコリン』です……」


 最後の方は聞こえないほど声が小さくなっている。


「では、調査に出発していいですね?」


「は、はひ、もちろんです」


 早足で歩きだしたポルの後を、ミミが慌てて追いかけた。

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