第49話 ドラゴニアでの商売(上)


 ここはドラゴニア世界『天竜国』

 俺は真竜廟ダンジョンの奥にある部屋で正座させられていた。

 横では気を失ったハーディ卿、黒騎士、ショーカがコケットに寝かされている。 

 ルルの言いつけで、彼らが目覚めるまで俺は正座を解くことができない。


「ブ、ブランちゃん、ちょ、ちょっと、肩に乗らないでくれる?」


「ミュ?」(えっ?)


 子猫の分だけ体重が増えたからか、足の痺れが強くなった気がする。

 ブランは喉を鳴らすと、肩に乗ったまま寝てしまった。


 俺がいる『ゆりかごの部屋』の外からは、ナルとメル、子竜たちの楽しそうな声が聞こえてくる。

 あ~あ、ハーディ卿、早く目が覚めないかなあ。

 あっ、点魔法で起こしてあげるってどうでしょ?


『(; ・`д・´) 反省しろーっ!』


 でも、少しくらい……。


『(; ・`д・´) あなたの肩に乗ってるのは?』


 ブ、ブランちゃんです……。

 あっ、記憶を読みとる彼女がいるから、ごまかしが使えないじゃん!


 ショーカ、黒騎士、ハーディ卿の順に意識が戻ったが、ようやく立ちあがろうとした俺は、足が痺れて動けなかった。


 ◇


 生まれたての小鹿みたいに足を震わせ小部屋から出ていくと、広間の中央で子竜たちと遊んでいたナル、メルが俺を見て駆けてきた。


 ドン、ドン


「ぐえっ!」


 ドスン


 二人にぶつかられ、足に力が入らな俺は勢いよく転んでしまう。


「大丈夫?」

「パーパ、どうしたの?」


『(*'▽') ナルちゃん、メルちゃん、パーパは足が痺れてるんですよ』


「「しびれてる?」」


『(*'▽') こういう時は、足をナデナデしてあげるといいですよ』


「「ナデナデするー!」」


 ナルとメルが俺の足を撫ではじめる。


「「いい子いい子~」」


「こ、こらっ、ナル、メル、ぐぁーっ!」


 ナデナデは地獄でした。


「シロー、これに懲りたらもうあんなことはやめてください」

「お兄ちゃん、反省しないねえ」

「シロー、大人気おとなげないわよ」 


 ルル、コルナ、コリーが、まだピクピクしている俺を見下ろしている。


「史郎君、私が――」


 舞子が治癒魔術を掛けようとするが、すぐに三人から止められる。


「マイコさん、今はダメです!」

「そうよ、お兄ちゃんは反省中なんだから」

「甘やかしてはダメよ!」


 ルルから何か耳打ちされた舞子は、顔を赤くすると、黙ってその場を離れた。

 

『お主も大変だのう』

 

 いかにも気の毒といった、竜王様の念話が聞こえてきた。


 ◇


「シローさん、もうあんなことはこりごりですぞ!」 

「リーダー、非常識!」

「前もって竜王様に会うと言ってくれてさえいたら」

 

 ハーディ卿、黒騎士、軍師ショーカから釘をさされる。


「ごめんね。

 驚かせちゃった、てへ」


『(u ω u) ご主人様の場合、確信犯の疑いが……』


「点ちゃん、なんてこと言うの!」


「ところで、ここはどこですかな?」


 浮遊大陸である『天竜国』から、彼ら三人とナル、メルを連れ青竜族の街へ瞬間移動したところだ。


「ハーディ卿、ここは――」


 ハーディ卿の問いに答えようとしたら、先に商店街のおばさんから声を掛けられた。


「あら、シローさん、来たのかい?

 ナルちゃん、メルちゃん、今回はお父さんと一緒なんだね」


 青い髪を頭の上でまとめている青竜族のおばさんは、目を細めてナルとメルに話しかけた。


「「こんにちはー!」」


 二人が元気よく答える。


「この前は、ナルとメルがお騒がせしました」


 先だって、ナルとメル、子竜だけでここを訪れ、大騒動を巻きおこしちゃったからね。


「いいんだよ。

 それに、ナルちゃんとメルちゃんは、イオちゃんと一緒にずい分活躍したそうじゃないか」


「「活躍したー!」」


 ナルとメルは遠慮がないからねえ。


「ははは、ありがとうございます。

 後でお土産を渡しますから、『ポンポコ商会』まで取りにきてください」


「いつもいつもすまないねえ。

 この前、あんなに高価な計算機をくれたばかりなのに」


 あれ、百均で買ったやつだから。


 ◇


 立派な構えの『ポンポコ商会ドラゴニア支店』は、日暮れが近いというのに人が並んでいた。

 店先から、クッキーを焼く香ばしい匂いが漂ってくる。

 それはどこか懐かしさをかき立てるような匂いだった。


 ガラリ


「みなさん、こんにちは!

 お仕事、ご苦労様です」


「あっ、シローさん!

 お久ぶりです!」


 支店長であるネアさんが、すぐ俺に気がついた。

 青い髪を肩下まで伸ばした、穏やかな顔つきの女性だ。


「「こんにちわー!」」


「まあ、ナルちゃん、メルちゃん!

 相変わらず、とっても元気ねえ。

 すみませんが、奥にいる娘を呼んできてください」


 ネアさんが、従業員の一人に声を掛ける。


「お知らせしたとおり、今回は『ポンポコ商会』の業務拡充に来ました。

 今日はもう遅いから、簡単な打ちあわせだけにして、明日会議をしましょう。

 こちら地球支店の黒騎士さん、それからオブザーバーとして参加するハーディ卿とショーカさんです」


 ネアさんに、初対面の三人を紹介しておく。


「初めまして。

 ドラゴニア支店を任せてもらっているネアです。


 黒騎士たちが、口々に挨拶を返す。

 

「シローさん、今日、ご宿泊は?」


「ナル、メルを含めて六人とこの子たちですが、泊めていただけますか?」


 白猫とキューを指さす。キューはここに来るのが初めてだから、紹介しとかないとね。

 

「ナルちゃん、メルちゃん!

 あ、お兄ちゃんも!

 こんにちはー!」


 店の奥から元気いっぱいに飛びだしてきた少女は、ネアさんの娘イオだ。


「ブランちゃんもこんにちはー!

 うわっ!

 このかわいい子は?!」


「キューって言うんだよ、イオ。

 コルナが世話してるんだ」


「うわーっ、すっごくかわいい!

 触ってもいい?」


 イオは俺が胸に抱いたキューに触れ、とろけそうな笑顔になる。


「うわーっ、ふわっふわだあ!」


「「そうだよー、ふわっふわー!」」


 ナルとメルまでキューを撫ではじめる。

 それを羨ましそうに見ている、大人たちの表情がおもしろかった。


 ネアさんは従業員にてきぱき指示を出し、早めに店を閉めた。

 夕日で赤く染まる街を、みんなで歩く。

 俺たちの姿を見た竜人たちがみんな立ちどまって、こちらに手を振っている。

 以前のように平伏している者は誰もいない。

 いいね。


 ◇


 ネアさんの家は、俺が土魔術で建てた半地下式のもので、街を囲う壁の近くにあるのだが、以前と様子が変わっていた。

 彼女の家周辺に建っていたあばら家が無くなっているのだ。

 敷地が更地に囲まれている。


「あれ?

 ネアさん、ここ、ずい分変わりましたね?」


「はい。

『神樹戦役』への功績だとかで、四竜社からイオが土地を頂いたんです」


「そうだよ、シローお兄ちゃん、凄いでしょ!」


 イオが足を開いて立ち、小さな胸を張っている。


「凄いだろう」


 背後から聞きなれた声がするから、振りかえるとやっぱりヤツだった。


「ジェラード!」


 女性と見まがうほど美しい白竜族の若者は、なぜかイオ以上に得意気な顔をしていた。


「ショーカ殿、お久しぶりです。

 こちらのお二方は?」


 この辺、ジェラードはソツが無い。若くして白竜族の族長に選ばれてるからね。


「黒騎士です」

「ハーディと申します」


「初めまして、シローの友であり、コリーダ様を女神とたたえるジェラートです」


 黒騎士とハーディ卿は、すでに残念な人を見る目になっている。


「えっ!?

 お前、俺の友人だったっけ?」


「ひどい……」


 俺の言葉で手と膝を地面に着いてしまったジェラートを、ナルとメルが慰める。


「「いい子いい子ー!」」


 おい、いい大人が撫でられて泣くなよ!


『(*'▽') ご主人様も、さっき泣いてたー!』

  

 点ちゃん、あれは足が痺れてですねえ――


「とにかく、みなさん、ウチにどうぞ」


 ネアさんの言葉で、俺たちは彼女の家に入った。

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