第50話 ドラゴニアでの商売(中)
ネアさんが作ってくれる、ドラゴニアの郷土料理に舌鼓を打った俺たちは、明日の会議に備え早めに寝ることにした。
「ネアさん、せっかく土地が増えたのですから、以前やったように増築してもいいですか?」
「えっ!
そ、それはいいのですが、よろしいのですか?」
「ええ、もちろんです。
支店長として頑張っているボーナスだと思ってください」
「ボーナス?」
「ええと、ご褒美みたいなものですね」
「シローさん、私、お世話になるばかりで、ご褒美をもらうようなことは――」
「ネアさん、もっと自信を持ってください。
ドラゴニア支店は、支店の中でも最高の売上を記録しています。
全てネアさんの力ですよ」
「そ、そんな……私、なにも――」
「ははは、さあ、早くお休みになってください。
朝起きたら、新しい建物ができているからお楽しみに」
「あ、ありがとうございます」
ネアさんが涙ぐんでいる。
本当はリーヴァスさんが来ていたら、もっと喜んでもらえたんだろうけど。
さあ、点ちゃん、やっちゃいますか?
『(^▽^)/ わーい!』
◇
「!?」
朝になり、母屋から外に出てきたネアさんが絶句する。
や、やってしまった。
調子に乗りすぎた。
『(*'▽') 楽しかったー!』
ネアさんの家は、昨日まで俺が作った『土の家』の母屋、クッキーを焼くための調理場がある離れ、それに小さな風呂小屋と豚小屋が家庭菜園を「L」字型にとり囲んでいた。
俺たちの前には、その「L」字の短い辺に続くように、三階建ての巨大な『土の家』が建っている。
朝日にキラキラ輝くこの建物、実は地下も三階建てで、『ポンポコ紹介』の新商品がいくつも組みこまれている。
一階の延床面積だけで五百平方メートル近い広さだ。
名づけて『希望の家』
土魔術と点魔法を組みあわせた力作だ。
「うわっ!
なにこれっ!?」
キューを抱き、外に出てきたイオがやはり声を上げた。
「おい、シロー、なんだこれは!」
ジェラート、なんでお前まで泊ってるんだよ。
「パーパ、疲れてる?」
白地に青い水玉模様のパジャマを着たナルが、心配そうに俺の顔を見上げる。
「ナル、大丈夫だよ」
彼女の頭を優しく撫でる。
一睡もせず新家屋にかかりきりになっていたから確かにへとへとだが、なんかやりきった感じで、心地いい疲れなんだよね。
「とにかく、『希望の家』を案内しようかな。
朝食も新しい家でとればいいよね」
みんなはぞろぞろと新築の建物に入った。
「扉が勝手に!?」
この世界に無い自動扉にジェラードが驚いているが、この扉の本当に凄いところは、そこではない。
入り口の自動扉には、点魔法で作った透明なパネル『点パネル』を使っている。
しばしば暴風雨が襲う土地だから、建物の外側には一面このパネルが張ってある。
窓もやはり点パネル製だ。
「このパネルだけど、竜王様のブレスを受けても大丈夫」
「どんだけ丈夫!」
ジェラート君、突っこみありがとう。
建物に入ってすぐ、床を大理石のように磨き上げた広間があり、右の扉を開けると広いアイランド型キッチンと並んで教室二つ分ほどのリビングがある。
広間の奥にはバス、トイレが付いた寝室もあるのだが、プライベートな場所なので紹介は省く。
料理好きのネアさんは、さっそくキッチンスペースに走った。
調理用のバーナーは、魔力、魔石、どちらでも火が着くようになっている。魔石は火の魔石でなくても利用可能だ。
火力も無段階で調節可能、その上、IH式バーナーのように表面に凸凹がない構造になっている。加熱部分に点パネルを利用した自信作だ。
表示は全てアイコン式で、直感的に使い方が分かるようになっている。
「シローさん、これ、あなたが言ってたものですね」
リビングスペースに置かれた横長のソファーに座ったハーディ卿はとろけそうな顔をしている。
「ええ、緑苔と特別な素材を組みあわせた新型ソファーです」
特別な素材ってキューの毛なんだけどね。
ナル、メル、イオは、そのキューと一緒にソファーで二度寝しそうだ。
「気持ち良すぎ……」
ソファーに座る黒騎士の整った顔が崩れている。
「こ、これは!?」
ネアさんが壁の扉を開き、驚きの声を上げている。
そこには棚があり、食材がたくさん並んでいる。
「冷たい!?」
ネアさんが驚いているように、壁には冷蔵庫がはめ込んである。『枯れクズ』で光エネルギーを利用する試作品の一つだ。時々、『枯れクズ』を交換するという手間はかかるが、ランニングコストがかからないことを考えると、大きな問題ではないだろう。
普通の棚や食器、カトラリー用の引出しも、壁にはめ込んであるから、見た目はすっきりしているね。
「みなさん、どうぞ」
ソファーに座り、家庭菜園を眺めていた俺たちの前に、朝食の皿が置かれる。
淹れたてのお茶、ジュース、ミルクのピッチャーも置かれている。
二つある大皿には、それぞれ焼きたてのナンとサラダが盛ってある。
指を鳴らすと、陶器の小皿が数枚と小さなポットが現れる。
小皿には、バターやチーズ、オリーブオイル、焼きたてベーコンが載っている。
ポットはドラゴニア産の蜂蜜だ。
「「「いい匂い!」」」
あれ、子供たち、二度寝してたんじゃないの?
「「「いただきまーす!」」」
とりあえず、朝食にしますか。
◇
朝食を済ませた俺たちは、再び玄関というには広すぎるスペースに集まった。
「シローさん、この扉は?」
ショーカが、リビングの向かいにある二つの扉を指さす。
「これは、こうやって使う」
壁にある「△」マークを三度タップすると、右側の扉が開く。
扉の中は円筒形チューブが三階まで伸びている。
「さあ、みんなこの部屋に入って」
八人全員が円形の部屋に入ると、さすがに狭い。
「シローさん、この狭い部屋は?」
ネアさんが尋ねると同時に、扉が開いた。
「「「うわー!」」」
子供たちが声を上げ、飛びだす。
外には三階に用意したカフェラウンジが広がっている。
「みんなが乗ったのは建物の中を上下する乗り物だよ。
俺の世界では『エレベーター』と呼ぶんだけど、これは点魔法で作ったものだから、『点ベーター』だね」
「シロー、これ、四竜社にも作ってくれ!」
ジェラードが興奮している。
四竜社の建物って、むやみに階段が多いからなあ。
「「「うわー!」」」
子供たちが二度目の歓声を上げる。
カフェラウンジの外に何があるか気づいたんだね。
上から見ると正方形をした『希望の家』は、地上三階部分の半分に屋根が無く、そこに温水プール兼用の広い風呂がある。
このプール、ボタンが四つ設置してあって、それぞれ、水の浄化、温水冷水の切り替え、水の入れかえ、カバーでプールを覆う、という設定にしてある。
「パーパ、水着ー!」
メルが俺の背中をポコポコ叩く。
「ナル、メル、これからパーパたちは大事なお話があるから、ここで遊んでてね。
ショーカさん、三人をお願いできますか?」
「会議が……分かりました。
会議の内容は後ほど教えてください」
「お兄ちゃん、メルちゃんが言ってた『ミズギ』ってなに?」
イオが恐る恐るそう言った。
「ネアさん、イオは寝間着のまま泳いでもいいですか?」
海水浴の習慣がないこの世界には、水着が無い。
「……そうですね。
これを見てじっとしてろとは言えませんね」
さっそくプールに入りキャッキャと遊んでいるナルとメルを、透明な点パネルごしにネアさんが指さしている。
「イオも遊んでおいで」
「やったーっ!」
イオはすごい勢いでテラスへ飛びだしていった。
ショーカが座れるよう、プール脇にベンチを出し、俺たちは点ベーターで二階にある会議室へと降りた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます