第24話 新装開店(下)


 開店二日目は、特別な人たちだけの内覧会とした。

 街の顔役やアンデ、銀ランク以上の冒険者、そして獣人の族長たちが昼前に開けた新店舗に入ってくる。

 商会の店員だけでなく、俺の家族も手伝いに来ている。

 リーヴァスさんだけは、ギルドで冒険者たちと酒盛りをしてるんだけどね。


「こりゃまた、凄く立派な店だな!」


 そう言って驚く小柄な犬人は、武器屋のオヤジだ。

 初めて会った時はその不愛想に困ったが、今では気軽に口を利く仲になっている。

  

「これは水の魔道具かしら?」


 ボナンザリア世界で入手した魔道具に見いっているのは、ケーナイの街で道具屋をやっている女性だ。


「ああ、それは魔石を入れたら、水とお湯どちらでも出せる魔道具です」


「ええっ!?

 なんですって!」


 それは驚くよね。今までの魔道具は、水しか出せなかったから。

 それに、この魔道具だと水の魔石じゃなくても、魔石でありさえすればオーケーなんだよね。


「シローさん、こんなものを売られたらウチは――」


 もの静かな犬人の中年女性は、暗い表情になった。


「ははは、ご安心ください。

 今日は内覧会だから展示していますが、この商品は卸すだけにする予定です」


「えっ!

 これ、卸してもらえるの?」


「はい、道具屋を経営している方にだけ売る予定です」


「素晴らしいわ!

 かなり高くても、みんな買うと思うの」


「値段はなるべく抑えて卸しますから、あまり高く売らないでください。

 あなたはそんなことはしないと分かっていますが、そういうことをする店には二度と売りません」


「ふふふ、さすがは英雄さんね!」


 ぐはっ!

 予想してない時に聞くと、かなりダメージが大きいな、その言葉!


「うわっ!

 なにこれ!

 ふわっふわ!」


 自立型ハンモック、コケットの寝心地を試しているのは、今日街に着いた狐人コルネだ。

 彼女はコルナの妹であり、この大陸の最高行政機関である獣人会議の議長でもある。

 だが、コケットの上でだらしない顔になっている彼女に、その威厳は無かった。

 

「いいでしょ、それ?

 ウチの自慢商品ですよ」


「お姉ちゃんから聞いてたけど、この寝心地、たまんないわね。

 確かすごく高いのよね?」


「ええ、金貨二枚ですね」


「高っ!

 どうしよう、今、手持ちのお金が少ないんだよね」


 日本円に換算すると、約二百万円だからね。


「ははは、心配しないで、コルネ。

 族長の方々には、一台ずつプレゼントするよ」


「えっ!?

 そんな高いモノ、みんなに配ってもいいの?」


「ウチのナルとメルがお世話になっているからね」


 それに元手はタダみたいなものだし。


「シロー殿、お話は嬉しいが、私はちょっとこれが使えそうにないですよ」


 残念そうな顔でそう言ったのは、山のように大きな熊人の長だ。

 左右の手はナルとメルと繋いでいる。


「クマじい、大丈夫だよ。

 パーパがなんとかしてくれるよ、きっと」

「してくれるー」


 ナルは熊人族の族長を「クマじい」と呼んでいるのか。失礼にならなければいいのだが。


「ナル、メル、それは大丈夫、ちゃんと大きなものも用意してあるからね」


 俺はそう言うと、手を二つ打ちならす。

 賑やかなおしゃべりが次第におさまり、みんなが俺に注目した。


「ええ、本日お披露目となる目玉商品、大型コケットです」


 俺が指を鳴らすと、あらかじめ用意してあった展示スペースに、クイーンサイズのベッドが現われる。熊人用に縦を長めにとってある。

 俺が目で合図すると、熊人族の族長がそこへ身を横たえた。


「おお!

 ベッドに寝たのは初めてだが、これは気持ちいいな!」


 まあね、普通のベッドでは彼の体重を支えきれないだろうから。

 このベッドは、点魔法で骨組みを作ってあるから、まず壊れることはない。

 ナルとメルも、ベッドに上がり左右から族長に抱きついた。

 抱きマクラならぬ、抱きクマおじさんだね。  


 ルルがその姿を『カメラ』で撮っている。

 このカメラは点魔法を駆使して作ったもので、千枚ほど点写真が撮れる。

 カメラの下から出てきた写真シートをコルナが受けとり、参加者に配っている。


「まあ、カワイイ!」

「絵の中で族長や子供たちが生きているようだな」

「こりゃ凄いな!

 色がついてるじゃないか!」

 

 この世界にある魔道具にも映像を写すものはあるのだが、ピンボケ気味で白黒のものしか撮れない。

 

「これは現在開発中の『カメラ』という魔道具です。

 興味のある方は、店員とお話しください」


 支店長アマムさんが、優しい微笑を浮かべながら説明する。


「狐人族で十ほど欲しいのだが、いくらになりそうかな?」

「猫人族も、十は欲しいな。

 大型コケットは、ウチにも売ってもらえるだろうか?」

「豹人族には、普通のコケットは小さすぎるのだが」


 店員たちに、さっそく要望が殺到する。


「みなさん、慌てないで。

 お茶をお出ししますから、ゆっくりご覧になってください」


 タニアさんが、穏やかな口調で話しかけると、殺伐としかけた空気が一気になごんだ。

 彼女は本当に優秀だよね。

 ヘッドハンティングしておいて、本当に良かったよ。


「ニャ、こ、これはなんニャ!」


 ドラゴニアから取りよせた、蜂蜜クッキーを一口食べた、猫賢者が飛びあがる。

 食通の彼らしい反応だ。

 彼には珍しく、尻尾しっぽがピーンと立っている。立派な杖を放りなげちゃってるし。


「猫賢者様、それはドラゴニア産の蜂蜜をかけたクッキーですよ。

 この蜂蜜で作ったジュースは、天竜や巨人が大好物なんです」


「ニャニャニャ!

 これを天竜様や巨人がのう!

 ぜひ一度ドラゴニアに行ってみたいものだ。ニャ!」


「ええ、ぜひ一度ご一緒しましょう。

 竜王様にも会うといいですよ」


「ニャニャニャ~ン!

 ぜひぜひぜひ!

 真竜の王様に会えるとは夢のようだ。ニャ~」


 グルメであり、竜の研究者でもある猫賢者には、ドラゴニアこそ天国のような場所だろう。


 店員と一緒に、参加者への対応をしてくれていた、ショーカ、ハーディ卿、黒騎士が俺の所にくる。

 

「いい店ですね。

 店員もお客も、笑顔でいっぱいです」


 ショーカは感心しているようだ。


「うまくスタートが切れそうですね。

 小型計算機などは、大変な売りあげが期待できますよ」


 ハーディ卿は、売れ筋をよく見てるね。


「地球支店も負けられない!」


 黒騎士さんは、両手を握って気合いを入れている。

 この調子なら、彼女が地球支店発展の起爆剤になりそうだ。

 

「ところで、例のものは用意できていますかな?」


 ハーディ卿が言っているのは、参加者に渡す記念品のことだ。


「ええ、舞子はもちろん、彼女のメイドさんやエミリーまで手伝ってくれたから、昨日の内に用意が終わっています」


「エミリーは、お役に立てて喜んでましたよ。

 では、記念品を配りますかな」


 俺が頷くと、ハーディ卿が店員を呼びあつめ、閉会の準備に取りかかった。


「みんなー、これはもらったかな?」


 ミミが挙げた手に握られているのは、子供が抱えるのにちょうどよいサイズの白猫ぬいぐるみだ。

 もちろん、肉球部分にはキューの毛が使ってある。

 

「このピンクの肉球を指でぷにぷにしながら、私に続いて『にゃんにゃん』って言ってね」


「「「はーい!」」」


「にゃんにゃん♪」


「「「にゃんにゃん♪」」」


『(=^・ω・^=) にゃんにゃん♪』


 点ちゃんまで、にゃんにゃんしちゃったか。


 こうして、内覧会は大成功に終わった。

 だけど、ミミってああいうことやらせると上手いんだよね。彼女、職業クラスは『軽業師』だけど、扇動者アジテーターとしての才能があるかもしれない。

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