第25話 新しい旅の仲間


 いよいよ翌日には獣人世界を発とうかという日の夕方、ミミパパが腕を振るった、猫賢者新作レシピによる料理を食べ大いに満足した後、ルルに言われ、屋敷の奥まった場所にある小さい方の客室に入った。

 部屋には、ルル、コルナ、コリーダと、なぜか緊張した表情の舞子がいた。   

 四人が座った丸テーブルに俺が着くと、ルルが話しはじめた。


「シロー、旅の目的地、次はエルファリアですよね?」


「ああ、そうだよ」


 コルナがテーブルの上に身を乗りだし、俺に話しかける。


「私たちからお願いがあるの。

 あのね……マイコも連れていってあげて!」


「えっ!?」


 思わぬお願いだったので、俺はちょっと戸惑ってしまった。


「でも、舞子は、この街で大聖女としての仕事があるんじゃないの?」


 舞子の方に視線をやると、彼女は俯いてモジモジしている。


「シロー、それはイリーナがやってくれるそうよ」


 やけに落ちついた声で、コリーダがそう言った。


「舞子は、それでいいの?」 


「う、うん……」


 舞子の様子からは、かつて地球世界から異世界に飛ばされた頃のような、自信の無さが感じられた。

 

「とにかく、マイコが私たちと一緒に旅しても、治療の方は大丈夫だってことよ。

 だからいいでしょ、お兄ちゃん!」


 コルナは、なぜか胸を張り、そう宣言した。


「舞子、イリーナとタニアさんとは、きちんと話したんだね?」


「ええ、ルルやコリーダが話してくれたの」 


 あれ?

 舞子って、ルルやコリーダのこと、「さん」づけで読んでなかったっけ?


『(*'▽') 仲良きことは美しきかな~』


 おや、点ちゃん、何か知ってるね?


『(((*ω*))) な、なんの事でしょう?』


 いや、バレバレだし。

 まあいいか。

 俺と点ちゃんが、舞子をしっかりサポートすればいいだけだし、妹同様のエミリーと親友のコルナも一緒だしね。

 それほど長い旅行でもないから。


『(*´з`)~♪』


 点ちゃんの様子が、なんか怪しいけど、まあいいか。


 ◇


 聖女舞子の屋敷から歩いて五分ほどの所に、柱状の石が林立した場所がある。

 灰色の石柱は、高さが子供から大人くらいまであり、少し離れるとまるで人がたくさん並んでいるように見える。

 ここは、ピエロッティがショータに魔術を教える青空教室でもある。


「ショータ、魔術学院の方はどうだい?」


「ピエロッティ先生!

 今は複合魔術について練習しているところです」


「ほう、メテオの次は何に取りくんでいるのかな?」


「水と土の複合魔術です。

 それと、雷属性も研究中です。

 氷魔術もいくつか覚えました」


「ほう、いいね!

 魔術が制御できなくなったりしていないかな?」


「はい!

 最近は、そんなこと起きていません。

 最初の頃は、風の魔術で失敗とかしちゃいましたけど」


 右半分が黒いピエロッティの顔がほころぶ。

 彼はショータの頭を優しく撫でた。


「先生、魔術花火を教えてもらえますか?」


「うむ、あれは火魔術だが、君は複合させることができるから、土属性と火属性を組み合わせると、面白いかもしれないね」


「はい」


「では、練習してみるか」  


「はいっ!」


 笑顔で答えたショータを見るピエロッティの顔は慈愛に満ちており、かつて、一国の暗部で非道を尽くした男としての鋭さは欠片かけらも残っていなかった。


 ◇


 開店したばかりの『ポンポコ商会ケーナイ支店』の会議室では、白熱した議論がくり広げられていた。


「貧しい方のためにも、この中級ポーションは銀貨一枚以下にすべきです!」


 黒騎士にしては、あり得ないほど長いセリフを口にしたのは、かなり興奮しているからだ。

 彼女がこのような姿を見せるのは珍しい。


「それではダメだ。 

 この品質なら、銀貨五枚以上は取らなければ」


 ショーカの口調は静かなものだ。

 

「なぜです!?」


「ハーディ卿の教えから学んだのだが、物には適正な価格というものがある。

 それを守らないといろいろ不都合が起こる」


「人の命とお金とどっちが大切だと!?」


「やれやれ、まるで火と水ですな?」


 長い議論に呆れたハーディ卿が、そうつぶやく。

 ショーカと黒騎士の耳はそれを聞き逃さなかった。


「何ですって!?」

「どういうことですか?」


 二人の声が重なる。


「ははは、少し落ちついてください。

 この場合、やはりショーカさんが言うように、銀貨五枚が適切です」


「ハーディ卿!

 なっ、なんでショーカの肩を持つんです!?」


 黒騎士は納得できないようだ。


「黒騎士さんは、この大陸にどれほど薬師がいるか知っていますか?」


「え!?

 それはたくさんとしか……」


「調べたところ、店を出している者だけで各獣人種族におよそ三十人、計三千人はいます。

 それぞれが、個人で薬草店を営んでいます」


「だから、どうしたって言うんです!?」


 黒騎士は、まだ興奮が冷めないようだ。


「この中級ポーションは、そういった店で売っているものに比べ、かなり薬効が高い。

 これは実際に私がこの目で確かめました」


「それがどうして――」


「そのことこそ、この商品を銀貨五枚で売らなければならない理由なんですよ」


「えっ!?」


「もし、これを銀貨一枚で売るとしましょう。

 そうすれば、恐らく大陸中の病人がそれを欲しがるでしょう。

 そうすると、どうなりますか?」


「病気の人も助かるし、ウチは儲かるからいいじゃないですか」


「確かに、一時的にはウチも儲かるし、病人も助かるでしょう。

 しかし、恐らく数多くの薬草店が、店をたたまなくてはいけなくなる」


「そ、それは――」


 黒騎士の顔色が変わる。


「例えば、三千の薬草店、その半分が消えた時、何がおこりますか?」


「……薬草店が無い街や村が出ます」


 どうやら、黒騎士は冷静さをとり戻したようだ。


「それを『ポンポコ商会』だけでなんとかするのは、どだい無理な話です。

 私たちに求められているのは、目先の利益、目先の慈善ではなく、長く続けられる利益、そして慈善なんです」


「わ、分かりました」


「時間をおけば、薬草店で売っているポーションの値段は、少し下がると思う。

 だから、あなたの言っていることも、あながち間違いではない」 


 ショーカが、変わらぬ口調で黒騎士に話しかける。 

 

「なっ、慰めなど要りません!」


「いや、そんなつもりはないのだが……」


 黒騎士とショーカのやりとりに、ハーディ卿が苦笑いを浮かべている。

 

「さあさ、みなさん、お茶の時間ですよ」


 タニアさんが、絶妙のタイミングで助け舟を出す。

 

「では、いただきますかな」


 ハーディ卿は、二人の議論から解放されると思い、ほっと一息つく。


「このクッキーの値段だけど、ショーカ、あなたは――」


 黒騎士は先ほど言いまかされたのが悔しかったのか、再びショーカに議論を吹っかける。


「黒騎士さん、今はお茶の時間です」


 ことさらゆっくりした口調のタニアさんが、じっと黒騎士を見つめる。


「ご、ごめんなさい……」


 黒騎士がしょんぼりしている姿は、どこか愛嬌があった。


「さあさあ、お茶が冷めますよ」


「「いただきます」」


 シローの影響で「いただきます」が習慣となった、ハーディ卿とショーカが声を合わせる。


「い、いただきます」


 蚊が鳴くような声で言った黒騎士を、ショーカは微笑を浮かべ眺めていた。

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