第21話 クマンポリン


「リーダー、みんな、久しぶりー!」

「シローさん、そして、みなさん、お久しぶりです!」


 ケーナイの街に着いた次の日、朝早い内にミミとポルが舞子の屋敷へやって来た。


「今回は、家族旅行じゃなかったの?」


 朝食の席に、翔太やエミリー、ハーディ卿がいるのを目にしたミミが首を傾げた。


「後で話すけど、今回は各世界の『ポンポコ商会』をまわる他に、もう一つ大事な仕事があるんだよ」


「へえ、リーダーが旅行でくつろぐためだけじゃ、なかったのね?」


「まあ、そういうことだよ、ミミ」


「ミミは、もっとリーダーを敬わないといけないと思う」


 ポルが首を左右に振りながら、呆れたように言う。


「ええーっ!?

 私は尊敬してるよ、リーダーのこと」


 いや、別にそんなものは要らないのだが……。


「ところで、こちらの二人は?

 どこかで見た覚えがあるんだけど……」


 ミミの目が隣りあって座る二人の男女に向けられる。


「陛下の婚礼の際には、遠くからお越しいただきありがとうございました」


「あっ、マスケドニアの軍師さん?」


 ショーカは頷いたが、納得できない者もいたようだ。


「だから、ミミはもう少し言葉づかいを考えた方がいいよ!」


「ポン太、うるさい!

 それから、こっちは確か、地球世界で会った黒騎士さんね?」


 年齢で言うと黒騎士の方がかなり上のはずだが、ミミにはその辺の遠慮がない。 


「ええ、お久しぶりです」


「ホントねえ、元気ー?」

 

「はい」


「相変わらず口数が少ないね、黒騎士さん」


「だから、君は言葉に気をつけなきゃって言ってるのに……」


 さすがにポルが口をはさむ。


「そういえば、リーダー。

 ポンポコ商会の業務を充実させるってことだけど、何すればいいの?」


 ミミは仮にも、獣人世界グレイルのポンポコ商会支店長だからね。


「今回は、ハーディ卿とショーカさんから支店の運営についてアドバイスもらう予定だよ」


「そ、そうなの?

 ま、まあ助かるけど……」


 ミミが口ごもっているのは、ケーナイの『ポンポコ商会』支店が、ほとんど開店休業状態だから、後ろめたいのだろう。


「他世界の売れ筋商品もいくつか持ってきてるから、これからは業績が見込めると思うよ」


「あ、ありがとう」


 珍しくもミミがしおらしい。もしかすると、『ポンポコ商会』の業務が負担になっているのかもしれない。


「ところで、二人はこれからどうしたい?」


 代理を立てているとはいえ、ポルはケーナイから南西に少し離れた『ホリートリィ』という土地の責任者でもある。そして、多くの猿人が、彼を仕えるべき人物だと思っている。

 ミミもポルも、この辺りで冒険者に専念するか、そちらの仕事を選ぶか決めるべきではないか?

 俺はそんなことを考えて二人に尋ねたのだが、彼らの答えはシンプルだった。


「私、今まで通りでいいわよ。

 支店の仕事と冒険者、両立させる」

「ボクも、『ホリートリィ』の方は、任せられる人がいるから、冒険者を続けたいです。

 それと、『ポンポコ商会』支店のお手伝いもしますよ」


 へえ、ポルって、そんなこと考えてたのか。


「ミミが支店の業務を手伝えってうるさいんです」


 やっぱり、ミミのせいか。

 

「な、なに言ってるの!

 リーダーがいるんだから、これから『ポンポコ商会』は、ぼろ儲けするに決まってるじゃない!

 人手が足りなくなるのは間違いないんだから、あんたは狸の手よ、狸の手!」


 日本には、忙しいことを「猫の手でも借りたい」という表現があるが、この世界には、「狸の手でも借りたい」という言いまわしがあるらしい。


「ひどい!

 あんなにお願いされたのに――」


「あーっ!

 黙っときなさいよ、そんなこと!

 リーダー、とにかく、ポン太にも支店を手伝わせるからドンと来いよ!」


 ドンと行けるような気がまったくしない。

 とにかく、ハーディ卿とショーカさんに知恵を借りなくちゃ。


「リーダー、商品に大聖女様のトレードマークつけたら、バカ売れすると思うんだけど」


 ミミが悪い顔をして俺の方を見る。


「……本気でそんなことをする気か?」


 思わず俺の声が低くなってしまう。


「ひいっ!

 じょ、冗談ですよ、冗談!

 そんなこと絶対にしません!」


「リーダー……」


 黒騎士さんが、隣のショーカと一緒に、驚いた顔で俺の方を見ている。

 どうしたの、二人とも?


『(・ω・)ノ ご主人様ー、さっき一瞬、マジ顔になってたよ』


 あっ、それでミミが怯えてたのか!?


『d(u ω u) ガクブル猫ですね』


 まあ、ミミは猫人だからね。

 じゃあ、二人はハーディ卿とショーカさんにシゴいてもらうとして、俺はちょっと出かけるかな。


 ◇


 ケーナイの街外れに、体育館風の建物がある。地球世界なら目立たない大きさだろうが、高くても二階建てまでしかないこの街では、際立って大きく見える。

 ここは『神樹戦役』の記念館で、スレッジ世界で活躍した獣人の冒険者たちやコルナ、ミミ、ポルの活躍がパネルや写真で展示されている。

 舞子のために獣人たちが造った『聖女広場』と共に、この街の観光スポットになっているそうだ。

 ちなみに、パネルと写真は点魔法で作ったもので、俺が提供した。

 

 ただ、今日はその記念館が休館となっている。

 別に休館日と言う訳ではない。

 今日、記念館は俺の家族の貸しきりとなっている。正しくは、ナルとメルが獣人の族長たちと遊ぶために貸しきってある。

 これは、ナルとメルから言いだしたことではなく、獣人会議を通し申しこまれた行事だ。


 獣人各部族の長たちは、孫ほどの年齢に見えるナルとメルが可愛くてしかたないらしい。しかも、二人が真竜だと知っている彼らは、畏敬の念まで抱いているようだ。

 獣人にとっては、神獣ウサ子同様、真竜もまた敬うべき存在なのだ。

 コルナによると、各部族の長は、娘たちと遊んだことを地元で大いに自慢しているらしい。

 娘たちが真竜だというのは外部に洩らさないよう族長たちにクギは差してあるんだけど、『黒鉄シローの娘たち』と遊んだって言ってるんだって。


 ナルとメルを連れ、記念館の入り口から入ると、すでに展示物はどこかに運びさられており、広い床一面にマットが敷いてあった。

 

「「わーっ!」」


 獣人の族長たちは、十人程がすでに横一列に並んでいた。彼らの元へ、娘たちが駆けよる。

 長たちがマットに膝をつき、真竜であるナルとメルに頭を下げた。

 

「では、お相手する。ニャ」


 猫賢者の言葉で立ちあがった族長たちが、ナル、メルと遊びはじめる。

 遊び方を見ていると、二人は族長たちを大きなぬいぐるみのように考えているんじゃないかな。

 彼らに抱きついて、ふさふさの毛に顔を埋めたり、色んな形の尻尾しっぽをモフったりしてる。

 

「ナルとメルはおさたちに遊んでもらうのが、本当に好きですよね」


 いつの間にか俺の横に並んでいたルルが、目を細めて微笑んでいる。


「ははは、ナルもメルも、ケーナイに来ると分かってから、ずっとこれを楽しみにしていましたからな」


 リーヴァスさんも、いつにない笑顔を浮かべている。


「う、羨ましい!」


 俺たちについてきた黒騎士が、口に指をくわえて娘たちが獣人の長と遊ぶのを見ている。

 何が羨ましいんだろう?


「きゃははは!」

「きゃー!」


 マットに横たわる大きな熊人のお腹で二人がポンポン跳ねている。

 これって、トランポリンならぬ、クマンポリン?

 なんか、伸身の宙返りとかしてるし。どうなってるの?


『(・ω・)ノ 家にいる時、膨らんだキューちゃんで毎日練習してましたから』

 

 えーっ!?

 二人とも、そんなことしてたのか!


 ◇


 ナルとメルが遊び疲れたので、俺とルルで背負い、舞子の屋敷まで帰った。

 二階の寝室で二人を寝かしつけると、一階の客間を覗いてみる。


 そこでは、ハーディ卿が自立式大型パレットの横に立ち、表示されたグラフをレーザーポインターで指しながら何かを説明していた。

 ミミとポルが、やけに真剣な顔をしてそれを聞いている。彼らの顔色はなぜか青かった。


 テーブルの手前に座り、同じくハーディ卿の話を聞いていたショーカに、理由を聞いてみた。


「ショーカさん、ミミとポルはどうしたんです?」


「ああ、ハーディ卿が、物品販売について本当に素晴らしい講義をしてくれているのですが、それを聞く二人の態度があまりにも不真面目でしたから、私から少しお小言を言っておいたのですよ」


 俺は反射的にぶるりと震えた。

 ショーカが怒ると半端なく怖いのだ。


「それにしても、『地球世界』は、商行為が恐ろしく発達しているようですね。

 異世界との交流がほとんど無いと聞いていましたから、余計に驚いているところです」


 なるほど、言われてみれば確かにポータルズ世界群にあるいくつかの世界は、ショーカが所属するマスケドニア王国がある『パンゲア世界』を含め、異世界との交流を前提に商業が発達している。

 

「ヒロコ王妃からお話をうかがって、以前から関心がありましたが、ますます『地球世界』に興味が湧きましたよ。

 ぜひ、この目で見たいものです」


「機会があれば、ご一緒しましょう」


 とりあえず、そう返しておく。

 いくら本人がそうしたくとも、彼は国の政策に深く関わっている重鎮だ。そんなことを、マスケドニア王が許すとは思えない。

 この時の俺は、そう考えていた。

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