第20話 聖女の憂鬱

 最初、舞子視点で始まります。

――――――――――――――――――――

 今日は、史郎君がこの世界を訪れる日。

 ワクワクする気持ちと共に、不安が募る。

 それは、会うたびに、彼と三人の女性との距離が近くなっている気がするからだ。

 ルルさんについては、彼女が史郎君と一緒にナルちゃん、メルちゃんという娘を育てているからか、特に強い絆が結ばれているように感じる。

 その不安を一番分かってくれる親友コルナは、史郎君と一緒に住んでいる……。

 そして、驚くほど美しい黒褐色のエルフ、コリーダ。姿だけでなく、声まで美しいなんてずるい。


 獣人世界における大聖女としての役割が無ければ、すぐにでも彼の元へ行きたい。

 しかし、彼にふさわしい女性になるためにも、私は自分の仕事に専念すべきだとも分かっている。

 だから、私を慕ってくれる獣人の方々を治療することで、不安を紛らす毎日だ。

『大聖女マイコ』として、彼に恥ずかしいことはできない。


 あ、ピエロッティが合図の魔術花火を上げたわ!

 史郎君が来たのね!


 ◇


 獣人世界グレイルへの旅行を楽しみにしていたのは、俺だけではない。

 親友の舞子に会えるので、コルナはアリスト出発の時から心待ちにしていたし、ナルとメルは、獣人の族長たちに遊んでもらえるのを楽しみにしていた。

 そして、だれよりこの旅行を楽しみにしていたのが翔太だ。

 グレイル世界での滞在先である舞子の屋敷には、魔術における彼の恩師、ピエロッティがいるからだ。


 セルフポータルで、ケーナイの街郊外に広がる草原へ転移する。

 ここは舞子の屋敷から近く、なだらかな丘の向こうにはその白い屋根の一部が見えている。


 マスケドニアは昼過ぎだったがこちらは夕方で、少し肌寒い風が吹いていた。

 ここは、日本の秋に当たる季節のはずだ。 

 オレンジ色に染まる空を飛んでいる渡り鳥の群れが、突然乱れたかと思うと、空に花が咲いた。魔術花火だ。

 この規模の魔術花火を上げるのは、並大抵の腕ではない。


「ピエロッティ先生だ!」


 翔太が歓声を上げる。花火を見て、それが師匠の魔術だと分かったらしい。


「シローの花火とは、また違ったおもむきがありますな」


 リーヴァスさんが空を見上げる。

 

「そうですね、おじい様。

 なんだか、優しい花火ですね」


 コリーダがリーヴァスさんの言葉にうなずく。

 

「あ、マイコ!」


 叫んだコルナが、緑の草原くさはらにまっ直ぐ筋をつけ、走っていく。

 丘の向こうから姿を現した舞子と抱きあった。


「「聖女様ーっ!」」


 その二人に、ナルとメルが抱きつく。

 ルルとコリーダもそれに加わり、再会を喜ぶ彼女たちの姿は、まるで草原に結ばれた花のつぼみのようだった。

  

 ◇


 舞子の屋敷に招きいれられ、入浴を済ませた俺たちは、大きい方の客室に集まった。

 

「史郎君、地球世界へ行ってたんでしょ?」


 舞子は、その情報をギルマスのアンデから聞いたのだろう。

 

「ああ、二週間くらいかな。

 お好み焼き買ってきてるから。

 舞子、好きだろう?」


 俺の言葉に、なぜか舞子が涙ぐむ。

 ど、どうしたんだろう?


「お兄ちゃん、着いて早々、優しくしすぎ」


 えっ!? どういうこと?


『へ(u ω u)へ やれやれ……』


 やれやれって、点ちゃん、どうしてこうなったか教えてよ!


『(*'▽') さあ、自分で考えよー!』


 面白がってる? 面白がってるよね、絶対!


「マイコさん、今日は四人でお話しましょう」


 ルルとコルナがそれぞれ舞子の手を取り、コリーダと一緒に部屋を出ていった。

 もちろん、それぞれが世話をしている黒猫、キュー、コリンも彼女たちについていく。

 ちなみに、ポポはマスケドニアを発つ前に、アリストの『くつろぎの家』へ瞬間移動させておいた。


 振りむくと、エミリー、ハーディ卿、翔太、黒騎士、ピエロッティが和気あいあいとおしゃべりしている。

 残るは俺とあと一人だ。

 それはマスケドニア国王から半ば強制的に、この旅に同行させられた軍師ショーカだった。


「ショーカさん、俺たち暇ですね」


「え、ええ……」


 さすがの天才軍師も、見知らぬ世界、見知らぬ屋敷とあっては、いつもの切れはなさそうだ。

 

「地球世界のボードゲームでもしますか?」


「ボードゲーム?」


「ええ、『チェス』と言うんですが、ルールは今から説明しますね」


 その後、俺は教えたばかりの初心者に、五連敗を喫することになった。

 天才軍師の頭脳を舐めてた!


『(*'▽') 下手の横好きー!』

 

 くぅ、また点ちゃんが、無邪気な顔で俺の心を抉る一言を……。

 白猫でも撫でて、心の平静を保とう。


 ◇


 舞子の寝室に招きいれられた三人の女性たちは、それぞれ膝に魔獣を抱え、丸テーブルに着いた。


「あら、コリーダさん、それコリンちゃんですよね?

 なんか小さくないですか?」


「ええ、マイコ、この子、私に抱かれるときは、体の大きさを調節するの」


「へえ、賢いなあ!」


 自分が褒められたと分かるのか、猪っ子コリンが舞子の方を見て、ぷひぷひ鼻を鳴らしている。


「マイコ、その後、ここの生活はどう?」


「快適よ、コルナ。

 メイドさんたちは、私が何も言わないうちに動いてくれるし、街の人たちはみんな良くしてくれる。

 それに、時々、アンデさんや、ミミちゃん、ポル君も遊びに来てくれるし」


「そう……でも、無理しちゃだめだよ。

 お兄ちゃんの能力を使えば、いつでもアリストに来れるんだから」


「う、うん、そうね」


「マイコさん、私たち三人で話しあったんですが――」


 黒猫を膝に乗せたルルの表情には、いつにない真剣さがあった。


「な、なんでしょう?」


 ルルの言葉と表情に、舞子は少し気圧けおされた形だ。


「定期的に、アリストの『くつろぎの家』へ来ませんか?」


 しばらく舞子は黙っていた。

 同情からルルにそう言われることは、どうしても受けいれられなかった。 


「この前、地球世界からパンゲア世界への転移中に、シローが見知らぬ世界に召喚されたこと、マイコさんも聞いてるでしょう?」


「ええ、アンデさんからうかがいました」


 その当時、舞子は不安から施術がおぼつかなくなり、弟子である小聖女イリーナに治療の代役を頼んだこともあった。


「そのとき、気がついたの。

 シローが側にいないということが、どういうことか……」


 ルルはそれだけ言うと、しばらく黙っていた。

 

「でも、私、史郎君の家族じゃないから……」


 しばらくして、舞子が絞りだすようにそう言った時、彼女の目は涙で濡れていた。

 コルナが膝からキューをそっと床に降ろすと、席を立ち、舞子を後ろから椅子ごと両腕で抱きしめた。

 

「馬鹿ね、私はそんなこと思ってないわよ。

 もちろん、ルルやコリーダもね」


 舞子の涙に曇った目にも、ルルとコリーダが大きく頷いたことだけは、はっきり分かった。


「コ、コルナ……」


 舞子は立ちあがり振りむくと、コルナの胸に顔を埋めた。

 彼女の鳴き声は、理解された嬉しさと、受けいれられた喜びにあふれていた。


「舞子、あなた、シローの幼馴染なんでしょ?

 彼のこと、いろいろ教えてちょうだい」


 コリーダが、気さくな口調で話しかける。


「ええ、私も知りたいわ。

 マイコ、頼めるかしら」


 どこまでも柔らかな声で、ルルがそう言った。

 いつもは、「聖女様」と呼ぶところを、「マイコ」と呼んだことに、舞子を受けいれるルルの気持ちが現われていた。

 コルナから離れ、ルルから差しだされたハンカチで涙をぬぐった舞子が再び椅子に座る。


「ふふふ、覚悟してね。

 史郎君の事なら、私、一晩中でも話していられるんだから!」


 舞子の不安は、どこかへ行ってしまったようだ。

 四人は、明け方までシローの話に花を咲かせていた。

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