第22話 ポンポコ商会ケーナイ支店


 ケーナイは、最近まで東西に走る目抜き通りを中心に広がる細長い街だった。

 聖女マイコが郊外の屋敷に住んでから、部族を問わず数多くの獣人がこの街に移住してきた。

 そのため、このニ年ほどで、なんと二倍以上に人口が膨れあがり、街は南北方向へも広がりはじめている。


 この街の長でありケーナイギルドのマスターでもある、大柄な犬人アンデと俺は、ある場所に立ち、都市計画の話をしていた。


「なるほど、上水道、下水道か。

 お前の世界は面白いな。

 確かにそういうものがあれば、病気は減るだろうし、飲み水を雨水や井戸水に頼ることはなくなるな」


 比較的乾燥しているこの土地では、水の確保が大変なのだ。


「そうだろう?

 なんなら、俺が土魔術である程度のことをしておくが――」


「おお!

 ぜひやってくれ!」


「ただ、場所によっては、家屋を一時移動させたりする必要があると思う」


「そうか、では、まず街の集会で顔役たちに計画を提案するのが先だな」 

 

「ああ、住民が望まないなら、この計画はやめといた方がいいね」


「あははは、シローが提案することに反対する獣人はいないと思うがな」


「そうか?

 くれぐれも慎重にね」


「そうだ、シロー。

 ポルから『ポンポコ商会』の事、聞いてるぞ」


「ああ、この街の支店は開店休業状態だったから、そろそろ本格的に商売を始めようと思ってるんだ」


「ハーディさんの話だと、各世界に店を出してるらしいな」


 いつの間にハーディさんと話したんだろう。アンデは意外に油断ならないところがある。


「ああ、今回の旅行は、各世界の支店を巡るのも目的だからな」


 俺たちの旅が神樹に関わるものだというのは、各世界のギルマスには通知されているみたいだからね。

 

「そうだ、この場所に来てもらった用件を話しておかなくちゃな」


 アンデがそう言って、街の門を見上げる。


『聖女様の街へようこそ』  

 

 門には、この世界の文字で大きくそう書かれている。

 そこから西には家はなく、荒野が広がっている。かつて訪れたアメリカ西部の街を思いおこさせる風景だ。

 北を向くと、大きな屋敷の屋根が見えるが、そこには聖女舞子が住んでいる。

 


「お前、ここに『ポンポコ商会』を建てないか?」


「ここに?

 いいのか?」


「ああ、すでに街のみんなの同意は得てある。

 それに、ここだと土地は使い放題だ。

 いくら大きな建物を作ってもらっても構わない」


「ははは、あまり大きなものを作ったら、住民が驚くだろう」


「構わんよ。

 かえって街の名所が増えるだけだ」


「そうか、じゃ、ありがたくこの辺りを使わせてもらうよ」


「ああ、そうしてくれ。

 ついででいいから、ギルドへも顔を出してくれよ」


「もちろんだ。

 後で俺の世界からのお土産を持っていくからな」


 俺が行方不明になった時だけでなく、『神樹戦役』や竜人世界を訪れた時にも、ケーナイギルドの冒険者たちには、散々お世話になっている。

 だから、お土産としてチョコレートやウイスキーを大量に仕入れてきている。


「そりゃ、みんなが喜ぶぜ。

 できたら、冒険の話もしてやってくれよ」  


「ああ、分かった」


 こうして俺は、街の西に『ポンポコ商会』の支店を建てることになった。


 ◇


 俺が土魔術で建てた『ポンポコ商会ケーナイ支店』は、二階建てでかなり大きなものとなった。

 かつて建てた『地球の家』のコンセプトを活かし、中庭を建物が囲うようにした。ただ、こっちの建物は、「ロ」の字型ではなく「コ」の字型にしてある。道から見て裏側に建物が開いた形となる。


 建てたばかりの支店はさっそく街の人たちの注目を集めた。

 支店前の道に人だかりができている。


「おい、これって英雄があっという間に建てたらしいぞ!」

「おい、冒険者として、そいつぁ聞きずてならねえな!

 シローのことは、『英雄』じゃなく『黒鉄くろがねシロー』って呼べよ!」

「大聖女様のご友人は、あいかわらずやることが派手だねえ」


 自分とブランに透明化を掛け、舞子の屋敷から歩いてきた俺は、人々のそんな声を聞いた。

 裏口から支店に入り、夜間照明用の『枯れクズ』が埋めこまれた長い廊下を歩き、会議室に入る。


 会議室には造りつけの大きな円形テーブルがあり、そこにはすでにミミ、ポル、ハーディ卿、軍師ショーカ、黒騎士が並んでいた。

 透明化を解き挨拶をする。

 

「みなさん、今日は集まっていただきありがとう。

 明日の開店を前に、最後の打ちあわせと人員の配置、補充をします」


 俺の言葉に、ミミが驚く。


「えっ!? 

 人員は、私とポン太だけじゃないの?」


「ミミ、この規模の商売ですよ。

 二人だけで対処できるはずないでしょう」


 軍師ショーカがすかさず突っこむ。


「はいっ!

 先生のおっしゃる通りです!」


 ミミの返事が入学したての小学生っぽい。

 やっと彼女をコントロールできる人物が現れたってところだな。


「ミミ、ポル、二人とも、考えは変わっていないね?」


 俺が確認したいのは、冒険者をしながら『ポンポコ商会』を手伝いたいという二人の気持ちだ。


「変わってないよ!」

「ボクもお店を手伝います!」


「分かった。

 今回、頼もしい助っ人を用意した。

 紹介しよう」


 俺は指を二度鳴らした。

 ミミとポルの後ろに、二人の人物が現れる。


「あなたは!?」

「母さん!」


 振りむいたミミとポルが驚いている。


「私、業務を手伝わせていただく、タニアと申します」

「この度、お手伝いすることになったアマムです」


 俺が呼びだしたのは、小聖女イリーナの付き人であるタニアと、ポルの母親だ。

 彼女たちは、俺の左右に座った。


「母さん、どうして――」


 ポルは、当惑した顔で母親を見ている。


「あんたも私も、シローさんには大恩があるだろう。

 こんなことで返せるなら、嬉しいかぎりだよ」


「ポル、お母さんに支店の話をしたら、ぜひ手伝いしたいとおっしゃっられたから、仕事を任せることにしたんだよ」


「そうだったんですか……」


 横ではミミがタニアさんに話しかけている。


「タニアさん、イリーナさんの側にいなくていいの?」


「彼女は、体の方も心の方も、大聖女様のおかげで十分以上に良くなりました。

 最近は元気過ぎて、私が困るくらい。

 このお仕事をお手伝いするのは、小聖女イリーナからのお願いでもあるし、私自身の希望でもあるんです」


「職員の方は、引退した冒険者中心に、あと何人か増やすつもりだよ」


「じゃ、私は冒険業に打ちこんでも安心ね」


「そうだよ、ミミ。

 それから、この支店の社長はアマムさんに頼みます」


「えっ!?」

「ええっ!?」


 声を上げたのは、ポルの母親アマムさんとミミだ。

 ポルは声を上げるのも忘れて、口をポカンと開いている。


「わ、私、クビってこと?」


 建前上、ケーナイ支店の店長はミミだったからね。


「ミミ、クビといっても、君は支店の業務を何もしてこなかったと聞いている。

 君は学園都市からの帰還者のためにも働かなくてはならないから、支店の仕事に割く時間はないと思うが?」


 おっ、ショーカさん、ナイスフォロー!


「……はい、先生」


 納得できない顔のミミは、それでも頷いた。

 もしかして、彼女、支店長ってポジションに未練があったのかな?


「業務内容については、ハーディ卿、お願いできますか?」


 俺の言葉で、ハーディ卿が立ちあがる。


「ケーナイ支店は、他の支店同様、様々な品物を扱いますが、特に薬関係に力を入れます」


「でも、リーダー、この街には聖女が二人もいるよ」


 ミミの疑問も当然だ。


「この街には、聖女の治療を求め、大陸中から病を抱えた人が訪れます。

 病の身であるからこそ、彼らは健康に興味があります。

 また、病人の中にはケーナイまで来れない方もたくさんいるそうですね。

 そういう人のために薬を用意するのが目的です」


「しかし、そうなると、大量の薬が必要になると思いますし、この世界の薬はお世辞にも薬効が高いとはいえません」


 ポルの言うことは的を射ている。


「実は、他世界で高品質の薬が手に入るあてがあってね。

 それから、この建物には薬剤関係の研究室も作る予定なんだよ」


 ボナンザリア世界で薬作りに打ちこむ、ルエラン少年が思いうかぶ。


「なるほど、だからこんなに建物が広くて立派なんですね」


 ポルが感心している。


『(u ω u)ノ ご主人の気分で大きくしただけだから』


「えっ!?

 リーダー、そうなの?」


 点ちゃん、ポルに聞こえるように念話するのやめてもらえるかな。


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