第18話 ポンポコ商会マスケドニア支店


 貴賓室での昼食が終わると、道着を着替え入浴を終えたヒロ姉に『英雄部屋』まで来てもらい、ご両親からの動画レターを見せる。そして、おじさん、おばさんの言葉に彼女が感動したところで『異世界通信社』『ポンポコ商会地球支店』のみんなが映った動画レターに切りかえる。


『ヒロコちゃん、しばらく仕事肩代わりしておいてって……あんた、いったい、いつ帰ってくんのよ!

 仕事のしわ寄せで、こっちはエライことになってんのよ!』


 白騎士が、恨めしそうな表情の騎士たちを代表して不満を訴える。


『加藤、恨むよ。

 俺たち、三日間寝てないんだけど』


 後藤さんと遠藤は、目の下に濃い隈ができた顔のアップがどぎつい。


『新入社員が業務をほっぽりだして、玉の輿ですって?

 いいご身分ねえ、加藤さ~ん』


 柳井社長の静かな声が怖すぎる。


「ひ、ひぃぃ、も、もうやめて、史郎君!」


「自業自得じゃないですか。

 目をそらさず、きちんと最後まで見てくださいよ」


 ジタバタしているヒロ姉に釘を刺したおれは、後を家族に任せ、この地の『ポンポコ商会』を訪れることにした。


 ◇


 マスケドニアの『ポンポコ商会』は、目抜き通りの一等地にあった。

 おいおい、こんないい場所でこんなに広い間口を取って大丈夫なのか?

 そんな心配をするほど、その建物は大きかった。


 まっ白な石造りの二階建ては、それなりに立派な周囲の建物を圧倒していた。

 ただ、店の前に人が並んでいるということはなかった。

 今日はお店がお休みなのか、それとも、もう夕方だから営業時間が終わったのかもしれない。


 やけに腰の低い若い男性店員に連れられ、俺は連れてきた二人と一緒に、店の奥へと入っていく。

 建物は「ロ」の字型をしており、広い中庭には、赤い果物が成った木と花壇があった。中央にある大木は……あれって、神樹じゃないの?


 その庭が見える、正方形の広い会議室には、中央に円形の大きなテーブルが置かれていた。

 テーブルの片側に七八人座っている中から、一人の小柄な美女が立ちあがる。

 マスケドニア支店長を任せているミツさんだ。

 驚いたことに、彼女は明らかに地球世界のものであると思われる、淡い青色のドレスを着ていた。

 きっと、加藤からのプレゼントだな。


「リーダー、みなさん、今日はお忙しいところご足労いただき、ありがとうございます」


 俺たちが席に着くと、ミツさんのその声で廊下側のドアが開き、ワゴンを押した若いメイドたちが入ってくる。 

 みんなの前に透明なグラスが手際よく置かれ、それに泡を浮かべた黄金色の液体が満たされた。


「まずは、これからウチで取りあつかう予定の商品を召しあがってください」


 ミツさんに言われ、グラスを傾ける。

 アップルサイダーに似た味は、エルファリアのジュースに似ているが、それに比べると炭酸が少し多く甘みが強いようだ。


「おっ!

 これはエルファリアのジュースに似てるけど、同じものではないね」


「リーダー、気がつきましたか。

 間もなく売りだす新商品です。

 エルファリアのジュースは高価で、庶民にはまだ手が届く値段ではありませんから。

 この世界で採れるもので似たものが作れないか、工夫してみました」


「す、凄いね!」


 ミツさんがヤリ手なのは知っていたつもりだけど、予想の上をいくなあ、これは。


「ご挨拶が遅れました、私、マスケドニアの『ポンポコ商会』を任されておりますミツと申します」


 ミツさんが俺たちへ頭を下げる。地球式の、いや、日本式の礼を加藤から習ったらしい。


「じゃ、こちらも自己紹介しなくちゃね。

 ハーディ卿、お願いします」


「はい。

 私は地球世界で、それなりの商いを手掛けているハーディと申します。

 この度、シローさんの招きで、お手伝いにまかり越しました。

 以後よろしくお願いいたします」


 こういう場は慣れているのだろう、口調は堅苦しいが、ハーディ卿はリラックスしているように見えた。


「あなたが!

 お噂は、かねがねうかがっております。

 この度は、ご指導のほどよろしくお願いいたします」


 ミツさんが、キラキラした目をハーディ卿へ向ける。

 加藤が見たら嫉妬しかねないね、これは。

 仕事に熱心なのはいいが、度が過ぎてるんじゃないの?


『(・ω・)つ ご主人様は、仕事に不熱心過ぎ!』

「みいみ!」(ほんと!)

 

 ぐっ、ま、まあそれは否定できませんがね。


「黒木です。

 地球支店社員です。

 よろしく」


 黒騎士さんにしては、いっぱいしゃべったね。

 

「シローさんはもうすぐ寝るでしょうから、その前に新商品の事でお話があります」


 えっ!? 俺って寝るのが前提? ミツさん、ひどくない?


『へ(u ω u)へ ……』

「……」


 なぜか点ちゃんとブランが黙ってるし。


「これをご覧ください」


 ミツさんが取りだしたのは、両手で抱えられるサイズのクッションだ。

 ショッキングピンクのハート型クッションは、昨日ヒロ姉にプレゼントしたものだ。

 どうしてそれがここに?


 クッションが円形のテーブルを回る。

 

「おおっ!

 なんですか、この手触りは!」

「柔らかいのに弾力がある。

 こりゃ凄いですね」

「この手触り、癖になりそうです」


 支店の従業員が驚きの声を上げる。


「なんかモフモフ~」


 見かけによらずカワイイもの大好きな、黒騎士さんの感想らしいな。


「ほう!

 低反発素材に似ていますが、なんともいえない心地よさですね。

 これは地球でも売れますよ!」


 ハーディ卿は、さすがに鋭いコメントだ。


「リーダー、この中身、素材は一体何ですか?」

 

 自分の所に帰ってきたハート型クッションを片手に掲げ、ミツさんが爛々と輝く目で俺を見る。

 なんか、虎ににらまれてる気分なんですけど。


「この素材か……。

 いろんな理由で話すことはできないんだ。

 ただ、この世界だけでなく、全世界群でこの素材を手に入れられるのは、俺だけだと思う」


 素材がキューの抜け毛だとは言えないからね。


「「「おおおっ!」」」


 ハーディ卿を含む、みんなが声を上げた。


「問題は取れる量ですが――」


 ミツさんが、話しはじめる前に俺が言葉を引きとる。


「それは、それほど多くないとだけ言っておこう」


「いいですね!」


 ハーディ卿が膝を叩く。


「ハーディ卿、素材が少ないのが、なぜいいのでしょうか?」


 ミツさんが不思議そうに首をひねる。


「先ほど、そのクッションに触りましたが、その感触は癖になると思いませんか?

 しかも、製品の量が限られているとなると、これはもう千載一遇のチャンスです。

 超高級製品ハイエンドとして売りだせばいいのです」


「なるほど!」


 うわっ、ミツさんの目がすごいことになってるよ。

 あれって、リアルに星が飛びだしてないか?


「では、さっそく具体的な話に移りましょう」


 専門的な話が始まると、俺は一瞬で夢の世界へ入っていく。

 ミツさんの予言通りになるのはしゃくだが、睡魔には勝てない。


『(・ω・)ノ ここまでくると、一種の才能ですね~』

「みゃう」(だね)


 寝落ちする前、そんなことを言っている点ちゃんとブランの声が聞こえた気がした。

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