第15話 プリンスの理由


 これから異世界を一緒に旅する人たちに、『くつろぎの家』へ集まってもらった。

 俺の家族、黒騎士、ハーディ卿、翔太、そしてエミリーだ。

 都合がつけば、『やすらぎの家』に滞在している、黒竜族エンデとドワーフのデメルも連れていく予定だったが、彼女たちは外交官の仕事で出払っている。

 加藤に会えるチャンスを逃したわけだから、後で二人の不満が爆発しそうだ。

 

「えっ!?

 シローさん、もう一度」


 俺の言葉を聞いた、黒騎士が聞きなおす。


「だから、翔太も、今回の旅行に同行します」


「ええっ!?」


 最近、黒騎士さんのこのセリフをよく聞く気がする。


「旅行の目的が二つあって、一つは『ポンポコ商会』の業務関係で、もう一つが、詳しくは話せないけど、神樹様に関わることなんだよ」


「神樹様?」


 うーん、どうしよう。黒騎士たちには、神樹に関わりがある事について、まだあまり詳しく話してないんだよね。

 

「とにかく、もの凄く大切な仕事があるってこと」


 世界群の安定に関わることだから、これほど大切な仕事など他にはないだろう。


「その仕事をするのが、ここにいるエミリーで、翔太はその『守り手』なんだよ。

 だから、エミリーが行くなら、翔太は必ず一緒なんだ」


 黒騎士さんが、ショックを受けた顔をする。


「プリンスの恋人?」


 黒騎士のつぶやきに似た小声が耳に入ったのか、翔太が顔を赤くしている。


「いや、恋人じゃなく、『聖女』」


 俺は、エミリーの称号として、知る人ぞ知る『聖樹の巫女』ではなく、一般的に知られている『聖女』という名前を使った。

 しかし、重ねて説明しても、黒騎士は、納得できないという表情のままだ。彼女のことは放っておこう。


「エミリー、お仕事しっかりね」


 ハーディ卿が、胸に抱いたエミリーの頭を撫でながら声を掛ける。彼には、すでにエミリーがすべきことについて話してあるからね。『神樹戦役』の時とは違い、仕事に危険がともなわないから、今回はもろ手を挙げて賛成してくれた。 


「本当は、そちらが旅行の目的で、『ポンポコ商会』の件は、まあ、ついでだね」


「シローさん、じゃあ、聖樹様にも会いに行くんですね?」


「その通りだよ、翔太」


「うわー、凄いなー!」


 黒騎士にも、翔太の純真な反応を見習ってほしいものだ。

 俺が手をパンパンと打つと、騒ぎはじめたみんなが、こちらに注目してくれた。


「今回の旅行ですが、予定では俺のセルフポータルで行ける全ての世界を訪れます」


 俺の説明を聞いたルルが口をはさむ。


「そうなると、かなり多くの世界を旅することになりますね」


「そうだよ、ルル。

 すでに行った地球世界、このパンゲア世界を含めると、合わせて十の世界だね」


「へえ、十も!」

「すごいわ!

 まさに異世界旅行ね!」


 コルナとコリーダが、異口同音に驚きを口にする。


「だけど、その前に明日マスケドニアに寄るから、今日は早めに寝てよ」


「「「はーい!」」」


 みんな、遠足のノリだね。 

 明日からの旅行を思い、俺自身ワクワクが止まらなかった。

  

 ◇


 ルル、コルナ、コリーダはもちろん、ナルとメルまで船旅を希望したから、俺たちは、今回もクルーザー型の点ちゃん3号でサザール湖を渡り、マスケドニア王宮へと向かった。

 翔太との船旅ではしゃいだ黒騎士が湖に落ちるなんてイベントもあったが、無事、王宮の船着き場に到着した。


 空に浮かせておいた点魔法の大きな箱から、ポポラ、ポポロを地面に瞬間移動させる。ナルとメルは、俺が降ろす前に、ドラゴンの姿となり地上に降りた。

 そのため、王宮は蜂の巣をつついたような騒ぎになった。

 腰を抜かした衛士も多数出た。


 こめかみに青筋を浮かべた軍師ショーカに頭を下げ、やっと王宮へ入れてもらう。

 今回はプライベートな訪問だと前もって連絡してあったのに、なぜか玉座の間に案内される。さすがにピンクのカバ、ポポラとポポロは彼らのために用意された部屋で待機した。

 

 貴族たちが立ちならぶ中、俺と家族、ハーディ卿、エミリー、翔太、黒騎士は、玉座の前まで進む。

 玉座に座っていたマスケドニア王、その後ろに控えていた王妃ヒロコが壇上から降りる。

 二人はそれぞれがエミリーの手を取り、彼女を玉座に座らせた。

 エミリーが玉座に座った瞬間、貴族たちが膝を着いた。


「この度は、遠路はるばる『聖樹の巫女』様においでいただき、恐縮至極でございます」


 王妃ヒロコと並び、エミリーの前に片膝を着いたマスケドニア王が、厳かな声でそう言った。


「われら『神樹同盟』みな、巫女様のおいでを待ちわびておりました」


 貴族たちの集団から、ことさら身なりが立派な三人が歩みでて、マスケドニア王の横で膝を着いた。


「ヴァラサーナ王国、国王ナイージャでございます」

「アラマ公国、女王ミストでございます」

「カデンテ帝国、皇帝ドラゴスでございます」


 えっ!? この人たち、一国の元首!?


「こちらの方々は、みな同盟国の王でして、聖女様がいらっしゃると聞き、慌てて駆けつけた次第です」


 立ちつくす俺たちの横で、膝を着いた姿勢の軍師ショーカが解説してくれる。  


「聖女様、彼らに一言、お言葉を」


 えーっ、そんなのいきなり言われても、エミリーも困るだろう!


 そんな俺の心配をよそに、エミリーのしっかりした声が玉座の間に響いた。


「みなさん、『神樹戦役』ではお世話になりました。

 聖樹様のご加護がありますように」


「「「ははーっ!」」」


 マスケドニア王と元首たちは、これ以上ないほど頭を下げた。

 元首の三人は、立ちあがると後ろを振りむき、こちらに近づいてくる。


「頭の茶色い布!

 あなたが英雄シロー殿ですな!」


 ぐはっ!


「英雄殿!

 世界を救って下さり感謝の言葉もございません!」


 ぶはっ!


「我が公国は、いつでもあなたを歓迎しますわ、英雄殿!」


 ごぱっ!


 遠ざかる意識に、俺はルルの声を聞いたような気がした。

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