第12話 美女の活躍 ― ルル ―


 ニューヨークはカーネギーホールで行われた、人気舞踏団の公演には、朝六時開演という特別な条件にもかかわらず、もの凄い人数が押しよせた。

 元々入手することが困難なこの舞踏団のチケットだが、この日の公演分は、プラチナチケットどころではなく、信じられないほど高価なものとなっていた。

 最初期にネットオークションで千ドル程度だったチケットは、あっという間に限界金額を超え、闇オークションで十万ドルを超えているのではないか、と言われている。

 いかにもアメリカらしい状況だった。


 会場をとり巻くのは、ある人物を一目でも見ようと詰めかけた群衆だった。


 異世界人。


 彼らの目的は、異世界から訪れた一人の女性だった。

 彼女は舞踏団に招かれ、客演をすることになっているのだ。

 会場の外にいた群衆にとって残念だったのは、彼女が普通の方法で会場に現れなかったことだ。

 ルルは、瞬間移動で彼女のために用意された控室へ現れた。


 ◇


 俺はルル、ナル、メル、そしてリーヴァスさんを連れ、カーネギーホールの専用控室に瞬間移動した。


「シロー、ここがニューヨークね!

 まあ、お花がいっぱい!」


 ルルが俺と目を合わせ、微笑む。

 広い控室の壁際には、そのために用意された棚に山のような花束が置かれていた。

  

「うわー、キレイ!」

 

 綺麗なものが好きなナルが、歓声を上げる。

 ローテーブルにチョコレートが箱の蓋を開けた状態で置かれており、メルはさっそくそれをのぞきこんでいる。


「うわー、キレイおいしそー!」


 キレイおいしそーって何だ。


「ナル、メル、お菓子は、お仕事が終わってからですぞ」


「「はーい!」」

  

 リーヴァスの言葉に、ナルとメルは素直に返事をした。

 この子たち、「じーじ」の言うことは素直に守るんだよね。


「リーヴァスさん、お疲れではないですか?」


 俺は、ルル、ナル、メルを暖かく見守るリーヴァスさんに声を掛けた。


「ははは、いたって元気ですよ」


 日本でコリーダをテロリストから守るために彼が大活躍してから、それほど時間はたっていない。それがあるから、少し心配していたのだが。

 しかし、『雷神』の二つ名を持つ黒鉄くろがねの冒険者は、全く疲れの色を見せなかった。


 ドアが開き、頭にスカーフを巻いた、世界的なメーキャップアーティストが、三人の助手を連れ入ってくる。  

 小柄な中年の日系女性だが、彼女からは、一流の仕事人が持つオーラが感じられた。


「おはよう。

 あなた方のメイクと衣装を担当するササキです。

 あなたがルルさんね。

 素晴らしいわ。

 ナルちゃん、メルちゃん、あなたたちも、今日は思いきりおめかししましょうね」


「おめかしってなにー?」

「おかし?」


「ホホホ、あなたたちを見る人にとっては、とっても美味しいわよ。

 さあ、すぐにとりかかってちょうだい!」


 ササキさんが三人の助手に告げると、彼女たちは運んできた荷物を広げ、てきぱき準備を始める。


「護衛の方だけ残して、そうね、あなたは観客席で待っててちょうだい」


 ササキさんが俺を指さす。


「シロー、後は任せてください」


 ルルが言うなら、そうしようか。リーヴァスさんがいるし、万一が起こらないよう、みんなに点をつけてあるしね。 


 俺は歩いて控室を出た。


 ◇


 係員の誘導で、俺が自分のボックス席に座った時、すでに会場は、ほぼ満員だった。

 開始まで間もないこともあるのだろうが、観客の熱気がここまで伝わってきた。

 少しするとノックの音がして背後のドアが開く、SPに伴われた、大柄なトーマス大統領が入ってくる。


「大統領、久しぶりです」


 がっしりした彼の手を握る。


「シロー殿、『神樹戦役』のこと、国民にかわり感謝いたします」


 大統領は、世界群が危機に陥ったことを知っているからね。


「ははは、『殿(どの)』は、やめてください。

 以前にもお礼してもらいましたよ」


「いや、何度お礼しても、感謝を表しきれない」


 彼はウインクすると、俺の隣に座った。


「なんでも、シローの奥様が客演されるそうですな」


「ええと、奥様と言うか……」


『(; ・`д・´)つ はっきりしろーっ!』


 そんなこと言ってもね、点ちゃん……。


「今日は楽しませてもらいますぞ」


 大統領の言葉と同時に開演のブザーが鳴り、舞踏が始まった。


 ◇


 さすが一流の舞踏団だけあり、そのパフォーマンスは素晴らしかった。どの踊り手も、動きに淀みがない。


 客演者のこともあるのだろう、今回の台本は異世界を舞台としたものだった。

 異世界に召喚された少女が、そこで勇者と出会い、旅を始める。苦難を乗りこえ、二人は互いに恋心を育んでいく。

 ところが魔王が人族の領土に攻めこみ、騒乱の中で二人は離れ離れになる。


 下手をすると、陳腐になりかねない物語を支えるのが、素晴らしい脚本と、色とりどりの衣装、凝った大道具、そして絶妙の照明、優雅に踊るアーティストたちだ。

 満場が息を停め、美しい舞台に見入っている。


 舞台は大詰めに差しかかっていた、主人公である少女が勇者に再会した時、彼は魔王の魔法で傷つき死にかけていた。横たわる勇者に少女がすがる。

 そして、いよいよルルが登場した。演じるのは女神だ。

 彼女は髪をアップにまとめ、薄紫色に輝く竜の羽衣をまとっている。彼女の踊りに合わせているのは、どこからか流れるリーヴァスさんの横笛だ。

 元々、ぱっちりした目の彼女だが、その目を強調したメイクは彼女の魅力を引きだし、その美しさは、まさに本物の女神としか思えなかった。


 異世界情緒あふれる笛のと、ルルの美しい踊りに、会場からため息がもれる。

 そして、女神である彼女が再生の魔法を踊りで表現し、勇者が再び立ちあがる。


 透明なボードに乗り、舞台袖から滑るように登場したナルとメルは、膝まである、まっ白なドレスを着て、背中に小さな白い翼を着けていた。

 ナルとメルがそれぞれルルの手を取ると、二人が乗っていたボードは消え、三人は踊りながらゆっくり宙に浮きあがった。

 客席から驚きと称賛がいり混じった声があがる。

 横で拍手する大統領が立ちあがる気配がするが、俺は三人から目を離さなかった。


 三人は舞台の空間全部を使い、宙を優雅に舞った。


『(*'▽') これ楽しー!』  


 三人を空中に浮かせているのは点魔法だから、点ちゃんも彼女たちと一緒に躍っている感覚なのかもしれないね。


 ルルたち三人が上方へ姿を消すと、舞台では傷が癒えた勇者が魔王を倒し、物語は大団円へと向かった。


 観客の割れんばかりの歓声と拍手の中、幕が降り、再び上がると、踊り手たちが横一列に並んで礼をする。

 そして主役の二人が、ルル、ナル、メル、リーヴァスさんを連れ、再び舞台中央に現れた。

 会場からの拍手と歓声は、雷鳴のように轟き、なかなか止むことはなかった。


 ◇


 用意していた花束を持ち、控室を訪れた大統領は、それをルルに手渡した。


「素晴らしい踊りでしたよ。

 異世界の方は、皆あのような事ができるのですか?」


 大統領が、感嘆と称賛を言葉にする。


「いえ、私たちだけです」


 ルルが俺の方を見て微笑む。


「そ、そうですか。

 それを聞いて安心しました。 

 誰でもあのようなことができるとなると、異世界の方に劣等感を抱きかねないところでしたよ」


「ははは、大統領、異世界だろうが地球世界だろうが、人は同じですよ」


「シロー君、君がそれを言っても説得力はないぞ」


「おじちゃん、誰?」

「お菓子くれるの?」


 無邪気なナルとメルの言葉に、みんなが笑った。


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