第11話 美女の活躍 ― コルナ ―


「ふぁ~、凄いわね!」


 コルナさんが声を上げたのも無理はない。

 彼女が描いた絵と魔獣たちと写った写真が展示されているのは、オープンしたばかりの美術館だった。

 その名前は『ポータルズ美術館』

 二階の『ポータルズ博物館』と合わせ、異世界の文物を展示する場となる。

 一足先にオープンする一階の美術館がそのこけら落としとして催したのが、この展示会だ。

『異世界通信社』の社員としてこの企画に携わるのが、この私、後藤だ。

 

 一階だけでも、平均的な美術館の延べ床面積に比べ二倍近い面積がある。多くの美術館が二階建てであることを考えれば、一階だけでこの広さがあるのは驚きだ。

 しかも、ここは東京の一等地だ。

 リーダーに尋ねてみたが、どうやってこの場所を確保したか、真面目に教えてもらえなかった。

 いや、答えてはもらえたのだが、それは次のようなものだったのだ。


「え? 

 ああ、ここですか?

 敷地と建物は、政府からもらったんです」


 どう考えてもそれはおかしい。きっと私に知られたくない秘密があるのだろう。

 おっと、いけないいけない、今はコルナさんの展示に集中しなければ。


 ◇


 四十代前半と言う若さで都知事となった、やり手の政治家が会館の挨拶をした後、長蛇の列となっていた来訪者が、次々と美術館の中へ入ってきた。

 若い女性職員が入場券を確認すると、人々は順路に従い、通路を進んでいく。

 世界的にも有名な建築家がデザインした美術館は、曲線が多用されていて、最新の空調システムが生みだす心地よい空気と相まって、快適な美術鑑賞ができるよう工夫されている。

 建築は門外漢の私だが、この建物自体が芸術作品だと感じられた。


 土曜日ということもあるのか、若者の姿が目立った。


「カワイー!」

「きゃーっ、なんなのっ、このふわふわした生きもの!」

「モフモフしたーい!」


 写真パネルの前では、女子高生らしい女の子たちが盛りあがっている。

 やけに真剣な顔で、食いいるように写真を見つめる男性は、私でも名前を知っている生物学者だ。


 普段なら同じ場所になど来ないだろう人々が、ここに集まっているのか。

 おや、あれは?


「君、ここは撮影禁止だよ」


 声を掛けると、それぞれが、やけに立派なカメラを手にした四人の青年が、私を振りむく。

 なぜか全員がデイパックを背負い、頭にバンダナを巻いていた。


「えー?

 いいじゃない、コルナっち撮ったって」

「そうだ、そうだ!」

「減るもんじゃないだろう!」

「モフモフ萌え~♪」


 これは危ない人たちじゃないだろうか?

 ただ、警備員に通報までする必要はないか。


 ◇


「ここは、混んでいますね」


 驚くほど人が集まっている場所で、私と同じくハンカチで顔の汗を拭っている美術館職員に話しかける。


「ええ、予想はしていたのですが、思った以上に人が多くて。

 いらしゃった方には申し訳ないのですが、時間制限しています」


 やっぱりそうなったか。

 二階まで吹きぬけになっているそのスペースには、小さな家ほどもある透明な箱が置いてある。

 その中には、ソファーなどのセットが置いてあり、そこにコルナさんが座り、何かを読みながら、のんびりお茶を飲んでいた。 

 東欧風の服を着た彼女の膝には、白くて丸い、ふわふわの魔獣が乗っており、隣には丸くなった黒い子猫、白い子猫が仲良く並んで寝ている。

 ソファーの周りを小さな猪の子がちょこちょこ走りまわっていた。


「きゃーっ、カワイイー!」

「コルナちゃん、こっちむいてー!」

「押さないでよっ!」


 美術館らしからぬ大騒ぎになっている。

 数人の職員が、静かにするよう呼びかけているが、それは無理というものだろう。

 

 ◇


 コルナさんが描いた絵画の展示コーナーは、先ほどのコーナーと比べ、ずっと落ちついていた。

 見ている人たちも、年齢層が高いようだ。


「めんこい絵じゃな~」


 お国なまりで感動を表すおばあさん。


「へえ、エルフってこんな家にすんでるのね」

「お母さん、エルフってなあに?」

「ええと、耳が長い人たちかしら」


 そんな会話を交わす親子連れ。

 普通の美術館と違い、なぜか皆がくつろいでいるように見える。

 それは美術館の雰囲気だけでなく、彼女の絵から感じられる何かがそうさせているのかもしれない。

 私はまだ異世界へ行ったことはないが、彼女の絵を見ていると、なぜか懐かしさがこみあげてくるのだ。

 

 そして、一枚の絵が私の足を停めた。それは大木の下に小さな家が描かれた絵で、その家の屋根がキノコの頭に似た独特の形をしているものだった。

 夕方を迎えた景色なのだろう、家の窓には暖かな明かりが灯っている。


 もう長いこと帰っていない故郷、そして、実家を思いだし、胸がいっぱいになった。

 

「いい絵でしょう?」


 声に降りむくと、帽子をかぶった青年が立っている。


「シローさん?

 こんなところにいて、騒ぎになりませんか?」


「ははは、それは大丈夫。

 だって俺って目立たない顔してるでしょ?

 それにこの格好だから」


 彼は格子縞のシャツにデニムのジャケットを羽織り、ジーンズとスニーカーといういでたちだ。頭には、ベースボールキャップを載せている。

 確かに、世間を騒がす帰還者には見えない。


「コルナさんは、あそこにいてくつろげますか?」

 

 私は、気に掛かっていたことを尋ねた。


「今日だけですから。

 それに、そんなに長い時間じゃないし。

 それと……ああ、後藤さんには、まだ話してなかったっけ?

 コルナが獣人世界から来てるのは知ってるでしょ。

 彼女って、そこで一番偉い人だったんだよね」


「ええっ!?」


「だから、あの程度で緊張なんてしないよ」


「そ、そうなんですか」


「あの企画はコルナ自身が提案したものだけど、もし、彼女が緊張するようなら、俺がそんなことさせないしね」


 彼の穏やかな目に一瞬鋭い光が走ったように見えた。

 私はそこに冒険者としての凄味を見た気がした。


「わ、分かりました」    

 

「もう少ししたら、白猫ブランを連れてルルの所に行くから、後はよろしくお願いします」 


「はい、任せてください!」


「後藤さんって、仕事だけでなく、絵を見るセンスもありますね。

 この絵は、コルナにとっても思いいれのあるもので、ここに描かれているのは、彼女が幼い頃に住んでた家だそうですよ」


 私が感じた懐かしさは、そういうところから来ていたのか。

 冒険者の青年は微笑を浮かべ、優しい目でその絵を眺めていた。

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