第67話 ポータルを探そう(1)


 竜の里にある森で出会った神樹様は、俺に祝福と神樹の種をくれた。

 祝福の方は、ドラゴンの言葉が分かり、それが話せるようになるという、俺にとってはなんとも微妙なものだった。だって、ドラゴンとは念話で普通に話せるからね。


 一方、神樹の種は、外皮をむくと中からピンポン玉サイズの青い玉が出てきた。それは、俺が行くべき方向を点滅によって教えてくれるというものだった。ぼんやり青く光る玉を手の上に載せ、身体の向きを変えると、それが点滅する時がある。その時、自分が向いている方角へ進めばいいそうだ。どういう仕組みか分からないが、これは、かなりの優れものだ。


 ドラゴンが棲む『レッドマウンテン』を後にした俺は、点ちゃん1号で北西方向へ飛んでいた。点滅する青い玉を頼りに、時々方向を微調整しながら、ゆっくり機体を飛ばしている。


 やがて、草原が広がる大地の向こうに、石壁に囲まれた大きな街が見えてきた。

 街の周囲をぐるりと飛ぶが、青い玉が指ししめす方向は街の中だった。


 どういうことだろう?

 こんな所にポータルがあるはずないし……点ちゃん、どういうことだと思う?


『d(u ω u) 玉が指す場所が街の中ですから、とりあえずそこに行ってみては?』


 だよねー、やっぱり、点ちゃんは頼りになるね!


『ぐ(≧▽≦) えーっ、そうかなあ』


 こいつ、ちょろいな。


『(*ω*) 何かいいましたか?』


 い、いえ、何にも。


 ◇


 透明化の魔術で姿を消した点ちゃん1号を、街の郊外へ着陸させる。

 街道沿いは人通りが多いから、わざと道がない場所を選んだ。

 普通に歩けば大変だろうけど、俺は木目の紋様を施したボードを浮かべ、足元にブランとキューを乗せ、街の入り口へと向かった。


 石壁の所に立つ門番は、元気そうなお爺さんと逞しい壮年の男だった。


「お、おいっ!?

 一体なんだそりゃ!?」


 四、五人、俺の前に並んぶ順番待ちがいたが、門番の男はそれを飛びこし、ボードに乗った俺に声をかけた。


「ああ、これ、ボードっていう乗り物ですよ。

 面白いものだからって、旅の商人から売りつけられちゃいましてね。

 そのまま寝かせとくのもなんだから、こうして使ってるんですよ」


「そ、そうか。

 武器ではないなら問題ないぞ」


「武器は、こんなのがあります」


 腰のポーチから普段使いの、小型ナイフを出す。


「おう、日常づかいの小物なら、持ちこんでもかまわんぞ」


「ありがとう」


「お前、見たところ冒険者だろう?」


「ええ、よく分かりますね」


「そりゃ、この仕事も長いからな。

 ところで、そのちっこい魔獣二匹は、お前のものか?」


「ええ、そうです」


 銀のギルド章と、サウダージさんに書いてもらっておいた、従属魔獣の証明書を門番に手渡した。


「おっ!

 お前、銀等級だったのか」


「ええ、なりたてですが」


「早く、それを言え。

 従魔の証明書も確認と。

 では、街に入ってもいいが、従魔の管理には、くれぐれも注意しろよ。

 こいつらが何かすれば、お前の責任になるからな」


 ブランとキューは、おじいさん門番が差しだした手を嗅いでいる。

 このおじいさん、動物好きなのか、とろけそうな顔をしている。


「ははは、まあ、この二匹なら問題を起こすようなことはないだろうがな」


 壮年の門番が、老人に頭を撫でられているブランとキューを指差した。

 目尻の下がった彼は、最後にこう言った。


「俺はペラトだ。

 街で何かあれば、相談に乗るぞ。

 銀ランクの冒険者シロー、ヘルポリの街へようこそ!」


 ◇


 名前が『ヘルポリ』と分かったその街は、思いのほか整備されいた。

 道路は石畳だし、家々も一階が石造り、二階が木造という家が多いようだ。


 人々の表情は明るく、どの店も様々な民族衣装を着たお客で賑わっており、それを見るだけで、この街が交通の要衝であると分かった。


『(Pω・) ええと、この街を西へ抜ければ、国境となっている森があり、その向こうは隣国であるフェーベンクロー公国ですね』

 

 えっ!? 点ちゃん、なんでそんなに詳しいの?


『(・ω・)ノ 王都の図書館に行きましたよね』  


 ああ、シュテインに連れていってもらったね。


『d(u ω u) あの時、あそこにあった本をコピーして分析したんです』


 え? あんなに短い間によくこの街の事を調べることができたね。

 それより、どうしてこの街に来るって分かってたの?


『(・ω・)ノ そんなの分かってませんよ』


 じゃあ、どうやって……まさか!?


『(Pω・) 図書館の本は全てコピー、分析しておきました』


 点ちゃん、凄い!


『p(≧▽≦)q わーい、ご主人様に褒められちゃった!』


 いや、褒めるのも褒めますが、本当に驚きですよ。

 さて、どこかに落ちつける場所はないかな?


 適当な場所を探して歩いていると、一軒の店が目に留まった。

 そこは木造の二階建てで、こげ茶色の木材で統一されている。細長いグラスが描かれた地味な看板が軒下にぶら下がっている。


 ブランとキューを、上空で待機させてある点ちゃん1号に瞬間移動で戻してから、黒い金属製のドアノブに手を掛ける。 

 重い木の扉を開くと店の中は思いのほか広く、そして、窓が小さく内装の色も茶色で統一しているからか、落ちついた暗さがあった。 

 

「うん、いいな」


 思わず声が出るほど、一目でそこが気に入ってしまった。ポンポコ商会で飲食店を出すなら、こういったくつろげる雰囲気にしたいものだ。

 カウンターには、街の人らしい軽装のお客さんが何人か座り、いくつかあるテーブル席の方が、むしろ空いていた。


「いらっしゃい」


 店主らしい初老の男性が、顔が映るほど磨かれた木のカウンターの向こうから、声を掛けてきた。

 俺は一番手前のカウンター席に座った。


「こんにちは」


「お客さん、旅の人だね?」


 顔立ちのいい店主が、低く落ちついた声でそう言った。


「ええ、たった今、この街へ着いたところです」 


「ようこそ、ヘルポリへ。

 この街を楽しんでいってくださいよ」


「ええ、そのつもりです。

 ずい分、賑やかな街ですね」


「ははは、そうですか?

 ちょっと前までは、ほんとさびれてたんですよ。

 今は別天地ですね」


「何かあったんですか?」


 俺の言葉で、カウンターのお客たちと店主が意味ありげに顔を見合わせた。


「この街はな、兄ちゃん、とんでもなく悪い領主が治めてたのさ」


 俺の隣に座る、太ったおじさんがそう言った。

 彼の手首には、青黒い筋がついていた。


「皇太子様と竜騎士様が、そいつらを退治してくれたんだよ」


 おじさんの向こうに座る、色っぽい女性が話を続ける。


「皇太子様?」


 俺はシュテインを思い浮かべたが、話に出てくる皇太子が彼とは思えなかった。


「ああ、第一皇太子シュテイン様だよ。

 あんなに美しい王子様は、他の国にもいないだろう。

 その上、国民のことを守ってくださる。

 あたいが貴族なら、惚れてたね」


 ええっ! 本当に、あのシュテインなの?


 美少女と見まがうようなシュテインが、荒事の中にいる光景が思いうかばない。


「あの時は、ほんと地獄に天使だったぜ」


 カウンター席の一番奥に座る痩せた中年男性が、自分の手首を撫でながらそう言った。彼の手首にも、隣のおじさんと同じ、青黒い筋があった。


「この二人なんか、鉱山で働かされていたんだよ」


 先ほどの女性が、おじさんたちを指差した。


「ありゃ、地獄だったぜ」

「本当に、よく生きのびたもんだよな」


 おじさんたちは、そんなことを言いながら頷きあっている。

 恐らく、手首の変色は、手かせを着けられていたからだろう。

 加藤には見せられないな。

 ヤツがこんなものを見たら、それこそ国が滅ぶぞ。


「そうだ。

 あんた、まだ街に来たばかりだったな。

 中央広場に行ってみな、いいものが見られるぜ」


 隣のおじさんが、俺の肩を叩く。


「それより、あんた、何を注文するんだ?」


 店主が板に書かれたシンプルなメニューをカウンターに載せる。

 字は読めるのだが、それが何か分からない俺は彼に任せることにした。


「おススメをお願いします」


「ああ、じゃあ、マラアクで決まりだな」


 出されたのは、背の高いグラスに入った、薄桃色のジュースだった。

 添えられたタンブラーでかき混ぜてから、口を着ける。


「!」


 少しとろみがある冷えたジュースは、上品な甘さがなんともいえない。


「旨いですね!」


 俺が感嘆の声を上げると、店主が得意げに微笑んだ。


「これは、何のジュースですか?」


「マラアクの実を絞ったもんだよ。

 この辺りの森で獲れるんだが、美味しいからだろう、実が成ると魔獣と人間が競争で採ってしまうんだ」


「へえ、そうですか」


「森の奥には木がしなるほど成ってるっていうんだが、魔獣が強くてそこまで人が入れないんだよ」


「なるほど」


「だから、あんたに出したそれ一杯で、銅貨十五枚もするんだぜ」


 地球の物価換算で千五百円ほどか。

 珍しいものなら、それほど高くはないな。


「魔獣って、どんなヤツですか?」


「そりゃ、色々いるんだが、マラアクの実を採るのは、『エイク』っていう白い魔獣だ」


 そうだ、肝心の事を尋ねないと。


「この街に洞窟や大きな木はありますか?」


 ポータルは、そういった場所にあるからね。


「ははは、兄ちゃん、さすがに街中に洞窟はねえぞ、ははは」


 俺の言葉が笑いのツボに入ったのか、隣のおじさんが、俺の背中をバンバン叩きながら笑っている。


「大きな木はどうです?」


「それも、街中にあるはずないだろう、ははは」


 そこで、色っぽい女性が口をはさんだ。 


「いや、あるよ、大きなのがたくさん」


「えっ!? 

 あるんですか?」


「おいおい、そんなものどこに……もしかして、ナゼルんとこのあれか?」


 一番奥のカウンター席に座る痩せた男性が、声を震わせた。


「兄ちゃん、大きな木ならあるが、それに何かしようと考えてるんなら諦めな。

 そこは、国の禁足地だ。

 入っただけで、首が飛ぶぞ」


 そのとき、背後で店の扉が開く音がした。


「ナゼルさん、いらっしゃい」


 マスターが気安く声を掛ける。

 振りむくと、二十台半ばだろう凛々しい感じの女性が立っていた。上品な服と肩の長さに揃えたブロンドの髪が、育ちの良さをうかがわせる。


 たった今聞いた話の中に、ナゼルという名があったはずだが……。


「彼女はこの店の常連なんです。

 さきほど話に出た禁足地は、この方のお屋敷にあります」


 禁足地が屋敷にある?

 その意味が理解できなくて、俺は首を傾げた。


 シュッ


 その首に、女性が腰から抜いた短剣の刃が当てられる。

 

「禁足地のことを嗅ぎまわる、お前は何者だ?」


 女性の声は、やはり凛々しいものだった。

 この場合、殺意が込められているから、凛々しいどころじゃないけどね。


『へ(u ω u)へ やれやれ、あいかわらずのんびりしすぎですよ、ご主人様は』  


 何があっても性分は変えられないからね。 

 三つ子の魂百まで、って言うでしょ


『( . .)Φ メモメモ』


 あー! 点ちゃんが、また変な言葉覚えてる!

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