第65話 神樹の森
コケットで寝ていた俺は、今回も案内役のドラゴンに起こされた。
ただし、今回、彼はコケットをひっくり返すようなことはしなかった。
「シロー殿、起きてください」
遠慮がちにそんな言葉で起こそうとしていたらしく、点ちゃんによると、俺が目覚めるまでかなり時間がかかったそうだ。
だから、俺が目を覚ました時、案内役のドラゴンは、ほっとした顔をしていた。
ドラゴンにも、「ほっとした顔」ってあるんだね。
大洞窟にはすでにドラゴンたちが集まっており、壁からつき出したテラスには竜王の姿があった。
えっ?
もしかして、みんな俺が起きるの待ってたの?
さすがに慌ててコケットから降り、立ちあがる。
『シロー殿が起きられたようだな。
では、すでに話したとおり、神樹様の所へ彼を案内してよいな?』
竜王の言葉にドラゴンたちが咆哮で答えた。
グゥオオオオ
だから、寝起きにその音はキツイって。
◇
竜王自らの案内で、俺はソル山から少し離れた場所に来ている。
草も生えていない赤茶けた山々のなかで、その盆地だけは木々が生いしげっている。
オアシスのように泉が湧いているのかもしれない。
森の上には特に大きな木がこんもり突きだしているのが見える。あれが神樹様だろう。
『驚いたぞ、人族が空を飛ぶなぞ初めて見た』
先に立って歩きながら、竜王が念話で話しかけてくる。
ここに来るのに、俺はボードを使って空を飛んだからね。
「それよりあそこに見えるのが神樹様ですか?」
『その通りだ。
そこを入ればすぐだ』
木立の切れ目から森の中に入り、少し歩くと開けた場所に出た。
小さな公園ほどある広場は背の低い草が一面に生えており、その奥に作られた柵の向こうに、数本の神樹が立っていた。
その周囲には様々な色のマナが集まり、神樹様から流れでる穏やかな波動がこちらに伝わってきた。
柵から少し離れた場所で、竜王は恭しく三度お辞儀した後、大きなアゴが地に着くまで頭を下げた。
俺も、膝を着き頭を下げた。
『神樹様、お騒がせして申し訳ありません。
この人族がお話を伺いたいと申しております』
『竜王よ、気にするでない』
神樹の念話は、ポータルズ世界群の神樹たちとなんら変わりない、ゆったりした穏やかな波動だった。
『神樹様、初めまして。
シローと申します』
『おや、お主は我らと話すことができるのじゃな?』
『はい、聖樹様からお力をいただきました』
『なんと!
この世界が向こうの世界群と分かたれてよりかなりたつが、お主どうやってそんなことができたのじゃ?』
『はい、聖樹様がいらっしゃる世界群からこちらの世界群に召喚されました』
『なるほど、そうであったか。
お主は向こうの世界群の住民なのじゃな?
ところで、あちらの世界群は無事なのか?』
『はい、一時は危ないところまで行きましたが、『聖樹の巫女』の力でなんとか持ちこたえました』
『おお、巫女様が現れなさったか!
それは真に危ないところじゃったな』
『神樹様、こちらの世界群には、やはり聖樹様はいらっしゃらないのですか?』
『……うむ、おられぬ』
『では、世界群として不安定な状態なのでは?』
『その通りじゃ。
いつ破滅が訪れてもおかしくはない』
『なんですと!』
竜王の叫ぶような念話が割りこむ。
『神樹様、本当にそのようなことが――』
『そのシローという者の言うとおりじゃ。
今までお主らに話さなんだのは、たとえ話してもせんないことだからじゃ。
いたずらに不安をかきたてることになったじゃろうからな。
今、この世界を含め、それに連なる世界群は崩壊の危機にある』
『そ、そんなことが……』
神樹の言葉を聞き、竜王はようやく昨日俺が話したことへの疑いを捨てたようだ。
『神樹様、他の世界にはすでにいくつか神樹の種を植えてあります。
他に何かできることはありませんか?』
『シローよ、お前、なぜ種など持っておる?』
神樹様の気が、急に冷たいものに変わる。神樹が人知を超えた存在であることに、改めて気づかされる。
『聖樹様から、褒美としていただきました』
『なんじゃとっ!?
崇高な存在である神聖神樹様が、そこまで人族を信頼するとは!』
俺の身体に、何か暖かいものが入ってくるのを感じた。
『なんと、『聖樹の加護』までもろうておるではないか!
それにその体の中には、なにか別の存在があるな?』
『(^▽^)/ こんにちはー! 点ちゃんだよ』
『……あ、ああ、よろしくな』
その念話には、戸惑いが感じられた。
神樹様、ちょっと引いてるんじゃない?
『(?ω?) なんでー?』
まあ、とにかく点ちゃん、ここは少し俺にお話しさせてね。
『神樹様、この世界群を崩壊から守るために、再び元の世界群と繋げようと思うのですが――』
『うぬ、確かに神聖神樹様がいらっしゃる世界群と繋がれば、この世界群が助かる可能性はある』
『何かお考えがありますか?』
『ぬう、世界群はのう、分けるのは比較的たやすいのじゃが、繋げるのは至難の業なんじゃ』
『あちらの世界群へ繋がるポータルを見つけられたら何とかなると考えていたのですが――』
『そうは
……いや、待て……お主、先ほどあちらの世界群からこちらの世界群へ来たと申しておったな?』
『はい、そうです』
『うーむ、となると、確かに世界群が繋がる可能性はあるな』
『えっ、本当ですか!?』
『喜ぶでない。
あくまでも可能性じゃ』
『一体、何をすればいいのでしょう?』
『向こうの世界群の住人であるお主が、できたばかりのポータルを潜るのじゃ』
『……しかし、この世界のポータルは、すでに失われたと聞きましたが』
『それは、すでに使われていたポータルのことじゃろう。
お主が潜るべきなのは、開いたばかりのポータルじゃ』
『しかし、そんなものを潜っても、行く先はこちらの世界群のどこかに限られるのではないですか?』
『ポータルはな、開いてすぐは、行く先がまだ決まっておらぬのじゃ。
お前たち人の時間で言えば、そうだのう……三百ほど昼夜を繰りかえした頃、行く先の世界が決まるようになっておる』
『しかし、そうはいっても、開いたばかりのポータルなどあるのですか?』
『うむ、存在しておる』
『いったい、どこに?』
『上を見よ』
見上げると、遥か高いところにある梢から、何かがひらひら落ちてくる。
落ちる前に手で取ると、それは見慣れた神樹の実だった。
羽子板の羽根に似た外皮に種が入っている。
『それは特別な種でな。
植えても育たぬが、目的の神樹がある場所を教えてくれるのだ。
それをお前にやろう。
それが光る方角に訪れるべき神樹があるのじゃ』
『ありがとうございます』
『しかし、たとえポータルへ入ったとして、向こうの世界群と繋がるとは限らぬぞ。
さらに別の世界群と繋がるやも知れぬ。
いや、もしかすると、世界群の狭間から出られなくなるかもしれん。
シローよ、お主、その覚悟はあるのか?』
怖い。確かにそれは怖いのだが、俺には頼もしい相棒がいるからね。
『大丈夫です。
万が一、俺が失敗したら、神樹様が他の方策を考えてください』
『お主はそう言うが、他のやり方などありそうもないのじゃが――』
『とにかく、後は任せましたよ』
世界群の崩壊が迫っているかもしれないのだから、ここでグズグズしていられない。
『我が加護はポータルを探す役には立たぬと思うが、授けておこう』
俺の身体がじんわりと光を帯びる。
『シローよ、頼んだぞ』
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