第68話 ポータルを探そう(2)


 くつろぎムード満点のカフェで、俺は若い女性から首筋に短剣を突きつけらるという、くつろぎの欠片かけらもない目に遭っていた。


「お前、なぜ禁足地の事を尋ねた?」


 短剣を突きつけている女性の目を見ると、並大抵の説明では納得しそうにない。

 親のかたきを見るような目つきしてるよ、この人。

 うーん、どうするかな。

 世界群の危機に関わる、なんて本当のこと言ったら、絶対に首を切られるよね。まあ、『物理攻撃無効』の加護があるから、それでもいいんだけど。


「実は、皇太子様から、禁足地の調査を依頼されてまして」


 シュテインは、この街で英雄視されているようだから、この理由ならどうだろう。


「えっ!?

 あんた、シュテイン様の知りあいなの?!」


 店長から「ナゼル」と呼ばれた女性が、口をポカンと開けるほど驚く。

 なんだ、これは?


「ええ、知りあいですよ」


 これは嘘ではないから、自信をもって答える。


「そ、それは済まなかった!」


 ナゼル嬢は慌てて短剣を腰の鞘に入れると、身だしなみを整えている。なぜ、ここで身だしなみと疑問に思ったが、突っこまずにおいた。


「禁足地は、私に案内させてくれ!」


 姿勢を正したナゼルは、深く頭を下げた。

 この豹変ぶりは、なんだろう?

 とにかく、それを利用させてもらおう。


「ええ、お願いしたいですが、まずはこれを飲んでからでもいいですか?」


 カウンターの上に置かれたグラスには、まだ半分ほどマラアクのジュースが残っている。


「も、もちろんですとも。

 マスター、私にも同じものを!」


 彼女が注文したとたん、カウンターに薄桃色のジュースが満たされたグラスが現われる。

 店長は、彼女が店にきてすぐ用意を始めていたのだろう。


「はい、いつものヤツね」


「あ、ありがとう!」


 そう言ったナゼルは、添えられたタンブラーでかき混ぜもせず、ジュースを一気飲みした挙句、派手にむせている。

 色っぽい女性がカウンター席から立ちあがり、そんなナゼルの背中を撫でる。


「もう、ナゼルちゃんは、そそっかしいんだから」


「げ、げはっ。

 オンデカさん、もう私は大人です!」


 むせたので、涙目になったナゼルが女性に抗議する。


「あらあら、大人はそんなにそそっかしくありませんよ、ナゼルちゃん」


 ついに頭まで撫でられたナゼルは、諦め顔になった。


「では、行きましょうか?」


 ジュースを飲みほした俺が声を掛けると、救われたような表情になったナゼルが頷き、さっさと戸口へ向かった。


「ナゼルちゃん、ジュース代はつけとくよ!」


 店長の声で、俺は二人分の支払いを済ませ、すでに扉を開き外へ出たナゼルの後を追った。

 彼女は、目抜き通りを左へ早足で進んでいる。

 俺は歩幅を広げ、彼女を追った。


 ◇


 目抜き通りは、やがて円形の広場に出た。

 広場の中心には花壇があり、そこには石造りの立派な台の上に、石像が二つ立っていた。

 顔立ちの整った若い男性は、おそらくシュテインがモデルだろう。国の紋章がついた服からもそれが分かる。

 それと並びたつのは若い女性の像で、その顔立ちには日本人の面影があった。その肩には小さな鳥のようなものが載っている。あれは何かな?

 台座に碑銘が彫られていたが、それは次のように読めた。


『皇太子と竜騎士、ヘルポリの街を救う』

   

 後ろを振りむき、俺が石像を見ているのに気づくと、ナゼルが誇らしげに言った。


「凄いでしょ!

 皇太子と竜騎士、二人してこの街を救ってくれたのよ。

 凄くカッコよかったんだから」


「ナゼルさんは、二人の事を知っているんですか?」


「ええ、知ってるわ」


 彼女は石像を見上げながら、こう続けた。


「だって、二人は私の屋敷を守るために戦ったんだもの」


 ◇  


 街の中心にある石像のところでナゼルから聞いた、その言葉の意味が分かったのは、俺が彼女の屋敷に到着してからだった。

 彼女の屋敷は非常に大きく、一階の面積だけなら、王城の迎賓館ほどあるだろう。

 しかし、本当に注目すべきはその庭だった。

 巨木が生いしげるその庭は、『竜の里』にあった森を思わせた。


「これは凄いね!」


 二階の客間に通された俺は、窓から見える緑に圧倒された。

 これが街中の景色とは到底思えない。


 お茶の用意をするためにナゼルが部屋を離れている時間を利用し、神樹様から頂いた青い玉を出してみると、それは強い光を放ったままだった。

 つまり、この屋敷、いや、目の前にある森が目的地といういことになる。


 ナゼルは、なかなか戻ってこなかった。

 一時間ほどして、やっとお茶を手に戻ってくる。


「それで……皇太子様に頼まれて、ウチの庭を調べにきたそうですね?」


 ナゼルは、その勝気な目でじっと俺を見ている。


「ええ、そうです」


「何のためにですか?」


「それは言わないことになっています」


 本当は言わないんでなく、言えないんだけどね。嘘だから。

 ノックの音がすると、ナゼルが立ちあがり、ドアの所へ行く。執事らしき老人が彼女に何か囁いている。

 ナゼルは俺の方を向くと、カフェで見た刺すような目つきで俺を見た。


「あんた、どういうつもり!

 皇太子様の依頼なんて嘘をついて、タダで済むと思ってるの!」

 

 執事がドアを開けると、ワンドや抜き身の剣を手にした兵士たちが部屋へなだれこんできた。

 

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