第40話 結びカフェ 


 点ちゃんが一瞬で完成させた、イスタニア、ウエスタニア間を結ぶ幹線道路は、ここのところ多くの車両が行きかっている。

 二つの国が交流を始めたのだ。


 お互いへの偏見が消えるのは、一朝一夕にはいかないだろうけど、それぞれの首都では、すでに手を繋いで歩く男女の姿が見られるようになった。

 

 俺が『土の家』の横に新しく建てた『カフェ』は、大浴場と同様、両国を行きかう人にとって憩いの場となっている。


 この世界は、海の幸が豊富だから、それを利用した様々な料理を研究中だ。

 イスタニアで俺の世話係だったニコ少年に、料理の仕方を教えているところだ。彼は器用な上、味覚にも優れているので、『結びの大陸』初代シェフとして後進を育ててくれるに違いない。


「旨い!」 

「なにこれっ!?」

「こ、これが食べもの!?」


『結びカフェ』と名付けた店は、今日も大入り満員だ。

 店の奥では、まだ料理に慣れていないニコが、数人の少年少女と共に忙しく働いている。

 俺がレシピを提供したオムレツやサンドイッチが、凄い人気となっている。


 おそらく上級将校の一人だろう中年男性が、いらついた大声と共にテーブルから立ちあがる。


「おいっ!

 食べ物は、まだ出てこんのか!」


「お客様、ここは大人が楽しむ場所ですよ。

 それから、ここで出しているのは、「食べ物」ではなく「料理」です。

 覚えておいてください」


 興奮して腕を振りまわす男をたしなめておく。


「生意気なヤツだな!

 妙な格好をしおって!

 貴様っ、何者だ?!」


 俺の代わりに、隣のテーブルに座った年配の女性が答えてくれる。


「あなた、知らないのですか?

 この方がこのお店のオーナー、シローさんですよ」


「ええええっ!

 英雄シロー……」


 男がまっ青になり、すとんと床に腰を落とした。


 今、何か不穏な言葉が聞こえたよね。

 いや、俺は何も聞いていない。聞いていないったら聞いない……。


『( ̄▽ ̄) ご主人様が、自分の中に逃避してる』

  

 ◇


「これだけ作ってみました」


 料理長シェフ自らが、俺の前に何枚かの皿を置く。それには、彼が研究中の料理が盛りつけられていた。 

 皿が透けて見える、白くて半透明な食材だ。


「ニコ、これはなに?」


「フルフルです」


「フルフル?」


「イスタニア東方の海にいる生きものです。

 こんな形をしていて、海の浅い所をひらひら泳いでいるんです」


 彼は鳥のように両手を上下させた。

 箸でつまんで、少し塩をつけてから口にすると、こりこりした食感と淡白な味がイカの刺身にそっくりだ。

 俺は点収納から小皿とあるものを出し、それをテーブルに置いた。


「シローさん、これは?」


 俺はガラスの小瓶から、小皿に少量の液体を注ぐと、それにフルフルをつけてから口にする。


「んーっ、やっぱりこの方が旨いな!

 ニコ、これは醤油といって、俺の出身に古くから伝わる調味料なんだ。

 いくらか置いていくから、味を参考にして、この世界のもので代用ができるか試すといいよ」


「へえ、ショーユですか。

 ……うわっ、なんだろうこれ!

 塩よりずっと美味しいですね!」


「だろう?」


「あと、これ、言われてた『デザート』用の果物です」


 ニコが差しだしたカゴに盛られていたのは、テニスボールサイズの果物だった。ヤシの実に似ているが、一か所がぽこりと出っぱっている。


「これはアラカンの実です。

 この突起の色が赤くなれば、中の実が熟しています」


 言われてみれば、確かに目の前にある実は全て突起が鮮やかな赤だ。


「こうやって切れ目を入れて……手で割ると」


 ニコが割った木の実からは、白い果肉が出てきた。


「これですくって食べてください」


 渡されたスプーンで、白い果肉をすくい口に運ぶ。

 プルプルした白い果肉は、舌の上ですうっと溶けた。

 後味には、さっぱりした酸味が残った。


「甘いね!

 本当に美味しい!

 だけど、これだけの食材があるのに、どうしてあんなに味気ない配給食を食べてたの?」


「それは『神託』で決められていましたから。

 成人になると、配給食しか許されませんでしたから」


 なるほどねえ。

 

「この実は俺でも採れるかな?」


「ええ、東側の防御壁から出て少し行ったところに、これの林がありますよ。

 ちょうど今が時期です」


 よーし、お土産にたくさん採っちゃおう!


『( ̄▽ ̄)つ その前に、まず仕事しろーっ!』

 

 またですか? へいへい。


『(; ・`д・´) 返事は「はい」!』


 ……はい。

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