第15話 酸の海


 その夜、俺は床が無く、地面がむき出しの部屋で寝た。

 森でたっぷり昼寝したので、なかなか寝つけない。

 銀仮面が用意してくれた、マットレス代わりの枯草と毛布はそのままにしておき、点収納からコケットと毛布を出す。

 サイドテーブルも出し、エルファリアのお茶を用意する。

 コケットに横になり、腰から下に毛布を掛ける。

 それを見たブランが、すぐおヘソの辺りに上がってきて丸くなる。

 猫は沢山寝る動物だからね。本当は、この子、スライムだけど。


 食事の後で、銀仮面が話したことについて考えてみる。 

 ヤツの言っていることは無茶苦茶だが、こちらが元の世界に帰りたいというのは確かだ。

 それを取引材料にするとは、銀仮面、もしかすると頭がイイのかもしれない。

  

 パンゲア世界、アリストでは、俺が帰ってこないから家族が心配しているはずだ。

 ナル、メル、リーヴァスさん、コルナ、コリーダ、ルル。

 家族の顔が次々と浮かんでくる。

 不幸中の幸いは、地球世界へ行きたがっていた家族を連れてこなかったことだ。もし連れてきていたら、彼女たちもこの事態に巻きこむことになっていた。


 点ちゃん、これからどうすればいいと思う?


『(Pω・) とにかく、今のままでは、分析しようにも情報が少なすぎます』


 そうだよね。

 まずは、情報収集っていう方針でいいかな?


『(・ω・)ノ それでいきましょう』 


 了解。

 やること決めたら、なんか眠くなってきたな。


『(*ω*) 昼間、あんなに寝たのに? だいたい、ご主人様は――』


 点ちゃんのお叱りの言葉は、薄れゆく意識の中まで入ってこなかった。


 ◇


 たっぷり睡眠を取ったからか、起きるとまだ夜明け前だった。

『枯れクズ』のネックレスで周囲を照らし、テーブルの上にあるカップを手にする。

 エルファリアのお茶は、冷めても風味がよい。

 それを飲みほしてから、コケットとテーブルを点収納に一旦しまう。


 まだ寝ているブランは、左脇に抱えている。

 音を立てないように、小屋から外にでて、その周囲をとり囲む木のカーテンを抜ける。


 まだ暗い森の中は、全てが眠っていた。それは俺が好きな風景の一つだ。

 夜の森は、どの世界でも変わらないな。


 木々と交信する力を使い、開けた場所を探す。

 恐らく北だと思える方角に、森の切れ目があった。

 木々と話せるようになってから、方角が分かるようになったんだよね。

 

 北に点を飛ばし、それが森を抜けるのを待つ。

 森を抜けた場所がどうなっているか、点からの映像を受信する。

 森の向こうは草原が広がり、そこからさらに北は、耕作地となっていた。

 

 俺は偵察に利用した点を使い、点で確認した草原へ瞬間移動で跳ぶ。

 草地に点ちゃん1号を出し、それに乗りこんだ。


 はるか上空に1号を固定し、日の出を待つ。すでに空の一部が白みかけているから、間もなく夜が明けるだろう。

 さっきしまったばかりのコケットを出し、それに腰掛ける。備えつけのテーブルの上に、蜂蜜が掛かったクッキーと熱々のお茶を出す。

 日本で買ってきた砂糖、和三盆わさんぼんを甘味としてお茶に入れる。

 今日はたくさん動くことになりそうだから、たっぷりカロリーを取っておこう。

 

『( ̄ー ̄)つ これで昼寝してゴロゴロしたら太りますよ。大丈夫ですか?』  


 点ちゃん、その顔は疑ってる、疑ってるね。

 そんなことするわけないじゃん。

 だけど、クッキー食べたら少し眠くなってきたな。

 起きたばかりだけど、横になってもいいよね?


『(; ・`д・´) 良いわけあるかいっ!』

 

 ◇


 やがて太陽が顔を出すと、『田園都市世界』の全貌が顕わになってくる。

 この世界は海に囲まれた比較的小さな大陸が一つだけあり、後は小さな島が散在している。

 荘厳な朝の光に照らされた海は、やけに白っぽい色をしていた。


 高度を下げ、海の水を採集する。

 海面から二十メートルほどの所から、シリンダー型にしたシールドを下ろしていく。


 それが海面に触れたとたん、巨大な触手がシリンダーを海に引きずりこんだ。

 もう少し機体を下げていたら、触手がこちらに届いていたかもしれない。

 危ないところだった。 

 触手はタコのような軟体動物のものではなく、黒い殻に覆われ、いくつも節があった。


 二つ目のシリンダーは、無事海水を採取して戻ってきた。

 点ちゃん、どうだい?


『(Pω・) ふむふむ、かなり強い酸性ですね』

 

 かなり強いってどのくらい?


『(・ω・)ノ 地球世界の基準でpHペーハー2ってところでしょうか』


 えええっ!

 ホントに強い酸性だ。

 よく生き物が棲んでるね!


『(Pω・) 恐らく長い年月をかけて、この海に順応したのでしょう』


 しかし、この海だと、『海の幸』は期待できそうにないな。

 銀仮面が、この世界は人口の割に生産力が低いと言ってたけど、あれは本当かもしれない。


 さて、お次は大陸の調査だな。

 点ちゃん、行こうか。


『く(・ω・) 了解!』  

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