第13話 銀仮面と少年

 銀仮面は、いきなりとてつもないお願いをしてきた。


「この世界を破壊してほしい」

 

 当然、俺の言うことは決まっている。


「無理でしょ」


「えっ!?」


「この世界壊しちゃったら、俺も死にますよね」


 全く、この銀仮面、気は確かか?


「ああ、申し訳ない。

 言葉を省きすぎた。

 この世界の文明を破壊してほしい」


 いやいや、あいかわらず難易度が激高なんですが……。


「召喚者は、特別な力を授かるのであろう?」


「いやいやいや、文明を破壊する力って、普通ナイナイ!」


「そうなのか?」


「ええと、あなたの知っている召喚者というのは……」


「お前一人だが」

  

「ですよね~。

 いくら覚醒したって、そんな力は手に入りませんよ」


「ぐうっ……だ、だめですか……」


 あれ?

 今、この人、一瞬丁寧な言葉使ったけど? 

 

「召喚された者がどうなるかは知りませんが、確かに転移したとき覚醒する人はいますね」


 正確に言えば転移した後、『水盤の儀』などの儀式をした後で覚醒するんだけど、こんなに怪しい人物にそういった情報は洩らせないよね。


「お前は、覚醒する可能性が無いのか?」


「たぶん無いと思います」


 すでに二回も覚醒してるから、三回目は無いだろう。

 ただ、その情報をこいつに話す必要は無い。


 俺の言葉を聞いた銀仮面は、ローブに包まれた頭部を両手で押さえ、テーブルの上につっ伏してしまった。

 なんか、茶色のスライムが、べちょっとなった感じだな。

 そこへ例の少年が、木製のボウルを両手で掲げて現れた。


「お師匠様っ!

 どうしたのっ!?」


 慌てた彼はボウルをテーブルの上に置くと、銀仮面の背中を撫でている。

 

「おいっ!

 お前、何かしただろう!」


 少年は俺の方を、緑色の目できっと睨みつけた。

 ブロンドの髪を持つ彼は、恐らく十歳くらいだろう。白い肌は、日焼けで少し赤くなっている。羽織った灰色のローブは、あちこちがほつれ、泥のようなもので汚れていた。


「何にもしてないよ」


 少年はテーブルを回りこむと、握りこぶしで俺を殴ろうとした。

 その手が、俺に当たる寸前に停まる。

 点魔法を使って、手を固定したのだ。

 俺を殴っちゃうと、『物理攻撃無効』の加護で、ケガをするかもしれないからね。


「な、なんだっ!?

 動けない!」


 俺は少年の身体を、縦に三回転ほどさせてから、そっと切り株の椅子に座らせた。

 空中でぐるぐる回ったせいか、少年は目を白黒させている。


「その子には手を出さないでっ!」 


 そう叫んだ銀仮面を見ると、右手に銃らしきものが握られていた。

 俺が指を鳴らすと、一瞬でそれが俺の手に移った。


「なっ!

 どういうことっ!?」


 棒立ちになった銀仮面が、そんな声を漏らす。


「勝手に人を召喚しておいて、この扱いはないんじゃないか」


 ドサリ


 あれ、銀仮面が腰を地面に落としてるよ。

 おや、少年は、震えながら……おしっこ漏らしちゃったか。

 なんで!?


『(*'▽')つ ご主人様、マジ顔禁止ー!』

「ミーッ!」(禁止ーっ!)


 えっ、あ、そうか。俺、さっきちょっと腹立ててたな。


『へ(u ω u)へ やれやれ、ご主人様は、これだからね、ブランちゃん』

「ミィミィー」(困ったものです)


 ◇


 なにが間違っていたのか?

 私は、召喚した青年の姿を見てそう思った。

 のんびりした表情、冴えない服装、何の武器も持っていない。

 小さな白い獣を連れていたが、それもただの愛玩動物のようだった。

 伝説通り黒髪なのだが、どう見ても勇者ではない。

 これで、計画に使えるのだろうか?

 

 案の定こちらの頼みを拒絶した青年を連れ、隠し小屋まで歩く。

 これからどうすればいいのか。

 何の能力もない青年を、自分の計画に巻きこんでいいのだろうか?

 いや、この計画だけは何があっても成しとげなければならない。

 私の命に替えても。


「おいっ!

 お前、何かしただろう!」


 タムが、召喚者に突っかかった。

 

「何にもしてないよ」


 青年は茫洋とした顔を変えず、そう言った。

 

 彼に殴りかかったタムの身体が空中でくるくる回った。

 私は心臓が鷲掴みにされるような恐怖を感じた。

 麻酔銃を出し、青年に狙いを定める。


 引き金を引こうとしたが、それは出来なかった。

 なぜか麻酔銃が青年の手に移っていたからだ。


「なっ!

 どういうことっ!?」


 一体、何が起こったのか?


「勝手に人を召喚しておいて、この扱いはないんじゃないか」

 

 静かにそう言う青年を見た私は、彼の平凡な顔が、恐ろしいほど美しく変わったことに気づいた。

 その美しさは、人のものとはとても思えなかった。

 私は何を召喚してしまったの?

 神? それとも、悪魔?


 思わずのけぞった私は、椅子から滑りおちた。

 ひ、ひいいっ!


 白い獣の鳴き声を最後に、私は意識を失った。


 ◇


「着替えておいで」


 俺は少年に声を掛け、地面に倒れ動かなくなった銀仮面を抱えあげた。

 一度、小屋から出て、隣にある扉を足で押す。中は薄暗く狭い部屋で、ベッドが一つ置かれていた。

 先ほどの部屋は床が無く、地面がむき出しだったが、こちらは板敷になっている。

 俺は冒険者ブーツのまま板敷に上がり、ベッドに銀仮面を下ろした。

 仮面を取ろうと手を伸ばしてみたが、結局それはしないでおいた。

 

 扉を閉め、隣の部屋に戻る。

 少年は切り株の椅子に座ったまま、まだ震えていた。


 ナルの着替えとして点収納に入れておいた、ジーンズを出してやる。

 体格からいって娘と同じくらいだから、着れないことはないだろう。


「これに着替えるといい」


 少年は放っておいて、ポンポコ商会の焼きたてクッキーをテーブルの上に出し、蜂蜜をかける。その横に、お茶が入ったカップを並べる。 

 

「これ、食べていいよ」


 そう言いのこし、俺は小屋から外に出た。

 そこをとり囲んでいる木立を抜ける。


 森の中は木々の香りで気持ちよく、小鳥のものだろう鳴き声が耳に優しかった。

 とりあえず、一服しようか。


 低めのテーブルを出し、その上にエルファリアのお茶が入ったカップを置く。

 テーブルの横にコケットを並べ、そこに横たわる。

 木漏れ日の下、木々の「声」を聞きながら体を伸ばすと、まるで天国にいるような気分になる。

 ブランは俺のお腹に跳びのってくると、すぐに丸くなった。

 おへその辺りにブランの重さと温かさを感じると、よけいに眠くなってくる。


『( ̄ー ̄) 知らない世界に来て、まずすることが昼寝って……』  


 点ちゃんのそんな声が聞こえたが、俺はそのまま眠りに落ちた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る