第8話 縁は異なもの味なもの(7) 

 会場のごたごたが収まると、ざわついてはいるものの、民衆の熱狂はしずまってきた。

 俺とリーヴァスさん、ポポに乗ったナル、メルを残し、ルルたちは王宮の中に下がった。

 ぼうっとしていた頭が、やっと晴れてきた俺は、今になってルル、コルナ、コリーダが何をしたか分かってきた。

 彼女たちは、『英雄』と呼ばれた俺がどうなるか予想していた。

 そのため、陛下への不敬となるのも畏れず、俺を救おうとしてくれたのだ。

 三人の気持ちを思い、俺は胸が熱くなった。


「我が孫ながら、良い娘たちですな」


 すでに、コルナとコリーダを実の孫として扱っている、リーヴァスさんらしい言葉だ。


「ええ、俺にはもったいないですよ」


「ははは、もう少し、あなた自身を評価してあげなされ」


 リーヴァスさんは、俺の肩をポンポンと叩いた。


 ◇


 ショーカが再び青い通信クリスタルを手にする。


「それでは、ここで陛下からお后になられるヒロコ殿に、プレゼントがおありになります」


 会場は、期待から再び静かになった。


「えっ!?

 なに?

 ジーナス、私、聞いてないんだけど……」


 ヒロ姉が、陛下に小声で話しかける。


「それはそうだ。

 そなたを驚かせようと、シロー殿に頼んだのだからな」


「えっ?

 史郎君?」


 ヒロ姉が俺の方を見る。

 俺はウインクし、肩をすくめて見せた。

 王宮の大扉が開き、三人の人物が出てくる。


「皇太后様!?」


 先頭の人物を見て、ヒロ姉が驚きの声を上げる。

 しかし、彼女が本当に驚くのは、その後ろの二人を目にしてからだった。


「お母さん!

 それに、お父さんも!

 ど、どうしてここに?」


 二人は、式の直前、俺が地球世界から連れてきたのだ。

 ショーカが拡声用クリスタルを通し説明する。

  

「ご紹介します。

 皇太后さま、そして後ろのお二方は、勇者カトーのお父上、お母上であり、ヒロコ殿のご両親でもあらせられます」


 広場から耳が割れるほどの歓声が上がった。  


「おい、お后様って勇者の妹だったのか!?」

「いや、お姉様らしいぜ」

「それより、お后様のお母さま、あの衣装すごいな!」

「あんな綺麗な衣装、見たことないわ!」

「英雄の奥方たちの衣装も美しかったが、こっちも凄いな」


 点を飛ばし民衆の声を聞くと、そんな事を話していた。 

 民衆が加藤のおばさんの服に驚いたのも当然だ。

 おじさんと、おばさんは、この場に和服で来ているが、ここだけの話、おばさんの着物だけで一億円近く掛かっている。

 加藤とミツさんの結婚式に備え、俺が前もって準備しておいたものだ。

 黒地に鯉の意匠が凝らされた和服だけでなく、髪留めから小物に至るまで、全て一流の職人による手作りだ。

 もちろん値段について、おばさんには内緒にしてるけどね。


 母親に抱きつき泣きだしたヒロ姉を、おじさんと陛下が左右から抱えるようにして王宮に入った。

 俺とリーヴァスさん、王族も、ここで一旦、王宮内に下がる。


「シロー様、お后様がお呼びです」


 年配の侍従が、俺に声を掛ける。

 俺は彼の後について、ヒロ姉の控室に入った。


 ◇


 控室には、ソファーに座り涙を拭くヒロ姉とおばさん、ソファの後ろに立ち二人の背中に手を当てるおじさんの姿があった。

 

「史郎君……ありがとう!」


 ヒロ姉が、殊勝な表情でそう言った。

 多分、こんなことは最初で最後だろう。


「史郎君、本当にありがとう!

 感謝するよ」


 おじさんが、俺に頭を下げる。


「おじさん、気にしないでください。

 俺が受けた恩に比べたら、こんなこと――」


「それでも、ありがとうねえ」


 おばさんが、涙を浮かべた目をこちらに向ける。

 後ろで控室の扉が開く音がする。


「ボー!

 ありがとうな!」


 振りむくと、加藤とミツさんが入ってくるところだった。

 加藤が差しだした手を握る。

 

「みなさん、おめでとうございます」


 みんなが感謝の言葉を口にするので、こそばゆくなった俺が部屋から出ていこうとすると、ヒロ姉に呼びとめられる。


「史郎君!」


 ぎゅっと俺をハグしたヒロ姉は、耳元で囁いた。


「君は、私たちの家族よ」


 そう言った後、彼女はいつものように、右手で俺の髪をくしゃくしゃにした。

 

「お幸せに」


 俺はそう言いのこし、控室を出た。


 ◇


「それはもう、怖かったんだから!」


 俺たち家族の控室に入ると、コルナが涙目になっていた。

 彼女たちは、ショーカから直接お叱りを受けたらしい。


「ショーカさんって、あんな方だったの?」


 コリーダも、ショーカへの評価を改めたようだ。


「きっと、大変なお仕事なんですよ」


 この場にいないショーカを、ルルがフォローする。

 

「彼は怒らせると怖いからね」


 ショーカが微笑みながら、ピエロッティ暗殺計画を話したときの事を思いだし、俺は、ぶるっと震えた。 

 

「シローを怖がらせるとは、大した人物ですな」


 リーヴァスさんが、感心したようにそう言った。


「パーパ、怖いの?」

「大丈夫?」


 ナルとメルが心配そうに俺を見上げる。


「大丈夫だよ。

 もう、怖くなくなったからね」


「何が怖いんです?」


 その声で振りむくと、ショーカが立っている。


「な、なんでもありましぇん!」 

   

『(*'▽')つ ご主人様が噛んだ!』


 また、点ちゃんが、変な言葉を覚えてるぞ。

 みんなと話ができるようになってるから、誰かから習ったんだろうけど。

 きっと、加藤からだな。


「陛下が、先ほどのことは不問にするとのことです。

 本当に、こちらの命が縮みましたよ」


 いえ、こちらも命が縮みました。


「シロー殿、何か言いたいことでも?」


「い、いえ、ありましぇん」


「おじちゃんが、パーパを怖がらせてるの?」

「怖がらせてるの?」


「お、おじちゃん!?」


 ナルとメルに睨まれ、ショーカがたじたじとなる。

 さすがのショーカも、二人には敵わないらしい。


「先ほどは、孫たちが、ご迷惑おかけしましたな」


 リーヴァスさんが、ショーカに頭を下げる。


「リ、リーヴァス殿、頭をお上げください。

 元はと言えば、シローさんの意に反し、我々が彼を『英雄』と呼んだことから始まったこと」


「そう言っていただけますか。

 かたじけない」


「では、軽いお食事など用意させておりますから、どうぞそれを召しあがってください。

 その後は、民衆へのお披露目も兼ね、馬車で城下を回る予定です」


 ショーカの言葉を聞き、思わず尋ねる。


「ショーカさん、城下を回るって、俺たちは関係ないよね」


「いえ、もちろん、シローさんにもご参加いただきますよ。

 何かご不満でも?」


「いえ、ありましぇん……」


 こうして、結婚式に続き、くつろげないイベントに参加することになった。


『(*'▽')つ ご主人様、へたれーっ!』

    

 点ちゃん、「へたれ」ってねえ……。

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